注ぐは、水と

小春佳代

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彼の表情の変化は、数年経った今でもはっきり覚えている。

幼稚園教員への道を一歩踏み出した、短大合格発表の日のことだ。

思いの丈をまくし立てるように話した私は、最後に自立の喜びを口にした。

すると石像のように微笑みを湛え続けた彼の表情から、私への執着が剝がれ落ちてゆく。

はらはらと、はらはらと。

どうしてそんな満ち足りていないような顔をするの。

最後に彼はこう言った。

「カエルになれたんだね」



クラクションにハッとした。

青信号だ。私は急いで車を発進させる。

ここのところ、園への通勤途中によく彼のことを思い出すようになった。逃避なんだろうか。

当時、彼は間違いなく私の命に水を注いでくれていた。

『水』という優しさを。
それなのに。
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