注ぐは、水と

小春佳代

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耳に届く音は、どれも穏やかなものばかり。

川のせせらぎ、小学生が部活動に励む声、散歩中の犬と飼い主がまだまばらな落ち葉をかさかさ踏む音。目の前に広がるのは、木々に支えられ紅く染まり合う葉の群れだ。

深呼吸をすると、自分の中の淀みが少しずつ浄化されてゆく気がする。

自宅から近い土手は人々の散歩コースになっており、皆、秋を楽しんでいる。

幼稚園という職場から町を一つ挟んだ離れた地で暮らしているのは、休日に園児に会わないで済むようにしているためだ。

日々幼い人間たちを律することでしか存在できない自分を忘れたい。

小学校のグラウンドに目を向けると、低学年と思われる体格をしている子供たちがサッカーボールを追いかけ合っている。

感心するのは、小さな体で意外な技術が垣間見える瞬間だ。教え子もいずれあれぐらい背が伸びて、小学生になるんだ……。

「れまちゃーん、待ってー」

思わず見遣みやる。

自分の母ほどの年齢を重ねられた女性が教え子の名前を呼んだ。

今時珍しい名前じゃないものの、どんな場所にいたって遭遇する可能性はある。

「ばあば、もみじきれいーっ」

半分後ろを振り返りながら、その女性、ばあばに可愛らしく叫ぶのは、私が受け持つクラスの令麻れまちゃんであった。

私は少し動揺しながらも、気づかれないようにそっと背を向ける。髪型もいつもと違っておろしているし、おそらく後ろ姿では分からないはずだ。

「全部赤いよーっ」

空によく通る声は子供そのものであり、園での様子より快活だ。

「そうだねー、赤いねー」

先に駆けて来ていた令麻ちゃんは立ち止まり、ばあばと合流したようだ。

「幼稚園にももみじの木、ある?」

ばあばがふと出した話題にどきりとした。

「……あるよ」

彼女の世界の熱が急激に冷めていくのを感じた。

ばあばはそれを知ってか知らでか話を続ける。

「最近は幼稚園で何してるの?」

令麻ちゃんはとても手のかからない子で、運動会の練習をしている小太鼓だってすんなり……。

「怒られないようにしてるの」

流れる川も、少年たちの掛け声も、人の流れに沿い動く落ち葉も、音を失くした。

「毎日、先生に怒られないように」

飲み込む唾つばがないほどに、渇ききる喉。

私は、毎日、命から水を奪っている。
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