注ぐは、水と

小春佳代

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「小旅行ですか?って聞いて欲しいの?」

夕暮れの駅前。マフラーで隠した口元から出る白い息の合間から、視界に現れたブレザー姿の彼。

私立の中学校に行ってしまった彼とは、小学校の卒業式から5年ぶりの再会だった。

「聞いて欲しくないけど……ねえ、すっごく久しぶりだね」

セーラー服にカーディガン姿の私は、重いボストンバッグを肩にかけ直した。

ふと、おたまじゃくしに恵の水を注いでいる当時の彼を思い出す。

「そんな重そうなの、何入ってるの?」

彼は再会への余韻よりも、目の前にある不自然な荷物の大きさが相当気になるらしい。

「服とか」

「でも旅行じゃないんだ」

少し目にかかる前髪が好みだな、と思った。

「渡り鳥だよ」

「どこからどこへ?」

「叔母さんの家から伯父さんの家」

次の言葉を探すかのように、上品な唇は僅わずかに開いたまま一瞬時が止まる。

「お父さんがね、転勤で数年中国に行くことになって。お父さんラブのお母さんが私を置いて、ついてっちゃったの。それで一週間ずつ、行ったり来たりをする生活」

言葉を待たずして説明したことによって、上品な唇は穏やかさを取り戻した。

「良かった、何かもっと悲しい理由かと思った」

「うん、でも悲しくはないけど」

冬の風が肌を通り過ぎ、私は目を細める。

「居場所はないかな」

伏せたまつ毛を上げると、彼が私に向かって手を差し出していた。

「それ、持つよ」

不思議と吸い寄せられるボストンバッグを持つ手。

「親戚の家まで送るよ」

彼と私が、一瞬バッグの取っ手で繋がる。その手に今年初めての雪が舞い降りた。

はらはら舞い始めた雪を纏まとう彼の表情は、深い慈悲で満ちている。

それは時間にしてはほんの数秒の出来事だったのに、私にとっては永遠で。

あの時二人でおたまじゃくしを囲んでいた時を想う。

また命に水を注ぐ音が、しんしんとした雪の音がする。
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