注ぐは、水と

小春佳代

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「タンタカ、タンよ。タンタカ、タン」

お酒じゃないんだから、と幼児を前にして心の内側で呟く。厳しい口調とは裏腹に、今行っていることを冷めた気持ちで見ている自分がいる。

「先生……、できません」

小太鼓のバチを持った小さな両手と頭はうなだれている。運動会の練習で、グラウンドに綺麗に整列している年少組。確かに他の幼稚園に比べて、この年頃に見合っていないレベルの高いことをやらせようとしている。

「できないじゃない、やるの」

これはここの幼稚園の教育方針のひとつだ。良く言えばここに通わせればしっかりした子が育つという、悪く言えば……そんなことを考え出すと教員二年目の私の心は揺らいでしまう。

「それじゃあもう一度やるよ、はい、タンタカ……」

君たちはつるつるとしたおたまじゃくしのような輝きを放ちながら入園してきた。先生たちは君たちが立派なカエルになるように厳しい環境に身を置いてあげよう。私たちが持つホースから、周りの水が吸い取られていく音がする。そして混じり聞こえる。

先生、窮屈だよ、という声も。

「こらっ、ちゃんとやりなさいっ」

主任教員の怒号が響く。あの子かっ。

「ぼくのママはチアガールしてたんだあーっ」

バチを両手に列から颯爽と抜け出して駆けてゆく眩しいあの子。

全体的にピリピリムードだった園児たちの緊張の糸を、あの子が風を起こしながらプツンプツンと切っていく。

先生陣がすぐに来られない滑り台のてっぺんにひょいひょい上り、一本のバチは左手と共に腰に、そしてもう一本のバチを器用に八の字に回しながら体の左側から頭上を通り右側へと円を描いた。

その華麗なバトンさばきを思わせる動きに、子供たちや先生までもが目を見開いて彼に注目している。

極めつけにあの子はもう一度同じようにバチをくるくる回しながら体の周りで円を描き。

「ほーれえっ」

その反動でバチを空高く放り投げた。

大きく緩やかに回転しながら空を目指す一本の棒。

下を向きがちだった園児たちは今や、きらきらした日の光を浴びながら顔をほころばせて上を向いている。

私には、まるで棒の先から輝く無数の水滴がみんなに降り落ちかかっているかのように見えた。

恵みのシャワーがたくさんの固まった幼い心をほぐしてゆく。

やがてバチは、滑り台のてっぺんで片手を天に掲げて佇む小さなヒーローに受け止められた。

「わあああああ」

歓声と同時に肩に衝撃を受けた。

「早くっ、何してるのっ。示しがつかないでしょっ」

「はいっ」

主任教員に肩を叩かれ、私は急いで滑り台の階段を上り始めた。

あの子は私が受け持つクラスの子であり、この厳しい園ではかなり稀有な問題児と言われているような存在だ。

「真人まさとくーんっ」

ヒーローはにんまり笑って、いとも簡単に輝く鉄板の上を滑り降りた。
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