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第二章 勇者と魔四柱
0.陽だまりの少女
しおりを挟むサケアの街は茶葉が名産の、のどかな街だ。
一面に広がる茶畑。その中に立つ風車の一つは、小さな魔術工房となっていた。
細々と構えるその工房は、強化魔法という、白魔法の中でも狭い分野では近隣にも知れ渡る名手といえた。
「え?筋力強化魔法?」
眼鏡を直し、中年の学者が少女に向き直る。
学者は若者が自分の専門に興味を持ってくれたことは嬉しかったが、少女が筋力強化魔法というそのチグハグさに困惑した。
こんな少女が、なぜ自分の魔法を必要とするのだろうか?
「ここで?残念だけど、僕の強化魔法は戦闘中を前提に構成してるんだよ。効果時間は30秒くらいだね…。」
「大丈夫なので…、あの、お願いします」
ふたつ結びのおさげの、あどけない顔の少女は人見知りがちに答える。この辺では見ない、奇麗な黒髪だ。
腰に剣をぶら下げてはいるが、妙に軽装だ。
「大丈夫って言ってもねぇ…、君冒険者なの?」
少女は頷き、銀貨3枚を差し出す。
少女はこのやり取りに慣れ、既に相場を把握していた。
「…うーん…、いいけど…、ホントにいいの?無駄になるよこのお金」
銀貨3枚となればかなりの大金だ。それをこんな使い方をしていいのだろうか。
後で保護者が出てきて返金を迫られたりしないだろうか。学者は不安になった。
「お願いします」
少女の懇願する顔と、2週間分の稼ぎに負け、
納得がいかなそうに学者が手をかざす。
「ストリングスニング…!」
沸き起こった青い光の粒子が少女の身体に吸い込まれていく。
少女は満足そうに微笑んだ。
「あの、他に瞬発力強化とか―――」
カァン、カァン、カァン
言いかけた少女は、激しく打ち鳴らされた鐘に遮られた。
魔獣の来襲を告げる鐘だ。
学者は緊張に冷や汗をかく。
「大丈夫、ここは結界が―― おい!」
学者が止める間もなく、少女は外へと飛び出して言った。
その黒い獅子は成人男性の身長を超えるほどの体高を持っていた。
確かに魔王軍の動きが活発になってきてから、魔獣の出現は増えていた。
今までは、街は自警団を組むなどしてこれに対応してきた。
しかし、この大きさともなると、誰の目にも自警団では対応できない事が分かる。
「ヒメナまでいって冒険者を呼んでくる!」
遠巻きに魔獣を見ながら自警団の若者が言う。
駆け出した若者と入れ違いに、少女は魔獣に歩み寄っていった。
「おい……なにしてる……」
自警団の面々は、少女を止めようとしてやめた。
魔獣が少女に気が付いたからだ。
もう助からない。
可哀そうだが、少女が食べられているうちに逃げるしかない。
少女は剣を正眼に構えた。
右足を送り、左足を引き寄せる。
はたから見た少女は、まるで地面を滑るように鋭く間合いを詰めた。
大きく振りかぶる。
「セエェェェェ」
少女は咆哮と共に左足で地面を蹴ると、右足と共に全身の体重を乗せて振り下ろした。
魔獣の額に深々と剣がめり込む。
少女は跳ねた返り血に、嫌そうに顔をしかめた。
「勇者様だ」
誰かが呟く。
「…そうか。確かに女の子だって聞いたぞ!」
誰かがそれに答えた。
「勇者ヒマリ様だ!」
思いがけない英雄の出現に、街は喝采に沸いた。
「強化魔法の使い手?」
学者が聞き直すと、勇者ヒマリは頷いた。
「勇者様がご希望の短時間の超強化はあんまり人気がないんだよ。ここらへんだと僕以外にはいないかな」
学者が済まなさそうに言う。
「ここらへん以外では、居るんですか?」
「うーん、いや、こんな名前を上げるのもアレだけど…。聖女ソフィア様とか?」
ヒマリの問いに学者は言葉を詰まらせながら言った。
「聖女ソフィア様…」
水坂 日葵はファンタジーめいたその肩書に、目を輝かせた。
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