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馬鹿に話が通じない件②

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「は、白紙撤回?」

「ええ。陛下も王妃様もそれはそれは深く頭を下げてくださって。お父様があまりにキツくおっしゃるものですから、申し訳ないくらいでしたのよ。わたくしはに償っていただければかまいませんのに」

 ルーナは相変わらず扇で口元を隠しているので、その瞳が笑みの形なためにその怒りの深さが三人には通じない。

 いや。あからさまに怒って見せても、馬鹿には通じないかもしれないが。

 周囲の護衛たちは、ルーナの声色が怒りを含んでいることに気づいて、馬鹿三人の方に數歩近付く。

 お嬢様は立派な淑女だから相手をむやみに怒らせることはないと思うが、お嬢様に危害を加えるようなことがないようにだ。

 お嬢様の嫌味は通じていないと思うが、馬鹿には常識が通じない。

 そのことをヴァレリア公爵家の護衛たちは、よく理解していた。

 何せ、公爵夫人だと勘違いしていた平民は、お嬢様に手を上げたことがあるのだ。

 あの勘違い女・・・尻軽・・・阿婆擦れがお嬢様にいじめられたとか言ったのだろう。

 お嬢様が視線で「手を出さないよう」とおっしゃったからセレナは耐えたが、ルーナが止めなければ腕の一本や二本、折っていただろう。

 尊いお嬢様を打つ手など、必要のないものだと全員が思っている。

「ちょっと待て。僕はそんな話聞かされてないぞ。当人に言わずに白紙撤回など・・・」

「何の問題もありませんわ。わたくしと殿下・・・もう殿下ではありませんわね。何と呼べば良いのかしら?お名前は呼びたくありませんし。元殿下というのも変ですし・・・」

 ルーナの言葉に、ダミアンは顔を引き攣らせ、護衛たちは笑いを堪えた。

 スッとセレナがルーナの耳元に顔を寄せ「家名でよろしいかと」と囁く。

「ありがとう、セレナ。ベネツィオ様とわたくしとの婚約は、ベネツィオ王家とヴァレリア公爵家との契約。いわゆる恋とか愛とかは一切当人同士にはありません。ならば、契約者として陛下とお父様が白紙撤回とおっしゃるのなら、それが最善。わたくしたちはあくまでも政略結婚の駒。わざわざ駒に許可など取る必要はありませんわ」

 もちろん、ルーナを愛してくれている父ダグラスは、ルーナの意向を問うてくれた。

 国王陛下も王妃殿下も、ルーナの望むようにしてくれていいと言ってくれた。

 ただ、本当に破棄でも解消でも白紙撤回でも、ダミアンと縁が切れるならどうでもいいと思っていたルーナは「お任せします」と言ったのだ。

 この国では、婚約が破棄されようと、解消されようと、注目の視点は『原因が何か』である。

 他国のように、婚約解消されたからといって令嬢が疵を負い、修道院に行くか後妻になるか、ということはない。

 いや。以前は他国と同じだったのだが、今から十五年前に制定し直されたのだ、

 発案者はヴァレリア公爵であった。

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