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真実の愛と元婚約者《サイード視点》

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 母上の冷たい視線に負けないように、顔を上げた。

 母上は、いや父上も兄上も、ナターシャと会ったことがないから知らないだけなんだ。
 ナターシャが、どれだけ素晴らしい女性なのかって。

 ナターシャは明るくて優しくて、いつも僕のことを励ましてくれる。

 自分の意見もバンバン言うし、僕に甘えてくれる。

 アリスは確かに可愛いけど、伯爵家の令嬢にしては気弱だし、僕にはっきり自分の気持ちを言わない。

 婚約解消を切り出した時は、珍しく僕に言い返してきてたけど、普段は大人しいし、甘えても来ない。

 僕は確かに王女殿下のお茶会で、アリスに一目惚れした。

 この国では珍しい、淡いピンク色の髪に目をひかれた。

 薄氷色の瞳は大きく、小柄なアリスは守ってあげたくなるというか庇護欲をかき立てられたんだ。

 だけど、ナターシャに会って分かったんだ。
 僕は、ただ、か弱い女の子を守る騎士というものに憧れていただけだと。

 アリスの方もスペンサー侯爵家からの婚約の申し込みを受けてくれたけど、僕を好きなわけじゃないって。

 だって、一度も好きだと言われた覚えがない。

「父上、母上。アリスも婚約解消を望んでいたに違いありません。僕が切り出した時も、アッサリと父上に頼めと言われたのです」

「ハァ。お前は婚約した時の話を聞いていなかったのか?ジョージアナ伯爵家側は、我がスペンサー侯爵領の蚕産業に興味を持っていた。そして、旱魃により我が領地が打撃を受けたこともあり、蚕産業の引き渡しと引き換えに援助を受けることになったのだ。だが、そこにお前とアリス嬢の婚約が浮上した。未来の婿の実家ということで、ジョージアナ伯爵家は蚕産業の提携という形で、援助してくれることになったのだ」

 は?
蚕産業の引き渡し?

「だが、お前の有責の婚約解消だ。今までの援助金の代わりに、蚕産業はジョージアナ伯爵家に引き渡す。そして、慰謝料として伯爵領に接している領地を渡すことになった」

「ち、父上。僕は不貞などしておりません。確かにアリスに婚約解消は願いましたが、それはアリスも望んだことです。彼女は平然と、僕たちの婚約は政略的なものだから、父上にお願いしろと言ったのですよ」

「当たり前ではないの。いずれ伯爵家を継ぐアリスちゃんの入婿に、あなたを望んでくれたのは、蚕産業の提携のためよ。きっかけはあなたの一目惚れだったかもしれないけど、お互いに利があるから結んだ婚約なのよ。それを、当主の許可なく解消するなんて」

 母上は冷たい表情を崩すことなく、呆れたようにそう言った。

 お互いの利のための婚約なら、勝手に解消しようとしたことはまずかったが、不貞をしたとしての慰謝料は納得がいかない。

 僕はナターシャを愛していると言っただけじゃないか。

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