12 / 82
しばらく会わないように
しおりを挟む ゼーウェンが幼い頃より育ち、また魔術師として修行を積んできた賢神の森を出てから一月余り。
今朝岩山の大きな風穴の影で簡単に朝食を済ませ、再び飛行を続ける。
飛竜の疲れを見ながらの旅だ。
ゼーウェンの飛竜――騎乗用として用いられるグルガンのような竜種は、ある程度体に脂肪を溜め込むと、そのまま飲まず食わず2週間は持つ。
竜の代謝経路は本当に良く出来ていて、脂肪からエネルギーと水分を無駄なく取り入れられる。腎臓も、かなりの尿の濃縮に耐えられる。
このような死の大地では欠かすことの出来ない交通手段となるのだ。
竜が環境に耐えられるとはいえ、万が一病気にでも罹られれば即ち死を意味する。その上、こんなところで盗賊にでも襲われたらたまったものではない、とゼーウェンは思う。
――早く目当ての物を得て死の大地を出なければ。
厳しい環境だからこそ、希少価値の高い飛竜を狙う賊もいない訳ではないのだから。
「――! 見えた」
前方に遠く小さく見える岩山より少し左。
一段と高いそこは、ゼーウェンが目指す死の大地の頂である。
ゼーウェンは、すぐさま意識を静め、周囲の場を探った。
間違いない、かの頂のそれはとてつもない諸力の高まりを見せている。意識下で意識が眩む程の強い光を感じた。
辿り着くまで後2クロー(約1時間半)程だろうか。
***
意識下で見る光の渦はどんどんその強さを増してゆく。飛竜を着地させるために、その頂の周りを旋回し、首を返して上方から下降しようとした、その時。
ゼーウェンの魔術師としての目に、頂に奇妙な靄がかかっているのが映った。
「なんだ、あれは」
近づくにつれ、その形が何かに似ている、と思い。
人影だ、と直感した瞬間突然そこが眩い光に包まれた。
「グルガン、しっかりしろ!」
ゼーウェンはすばやく呪文を唱え、目を眩まされた飛竜を回復させる。同時に体勢を立て直すと再び上昇した。頂上の光はもはやなく、意識の目にも暗黒の穴が周囲の場を引き込んでいるのが分かる。
不安と焦りと絶望が入り混じったような感情が彼の心を支配しはじめた。
――誰かいる!
先ほどまでは人の気配が感じられなかったのに。あの人影だろうか。
もしや、花を先に奪われてしまったのだろうか。
ゼーウェンは今度は下方から真っ直ぐ飛ぶようにグルガンに指示した。
湧き上がる、自分自身への怒り。
――油断した、何たる失態だ!
母の形見だという指輪をした手をぎゅっと握り締めた。
――奪われたのなら取り戻す――我が師の恩に報いる為にも、何としてでも『花』を持ち帰らなければ!
***
この大陸にあるグノディウス王国とアリア皇国の南方に接するフォルディナ公国。その辺境、カーリア地方に、かつて、暗黒森と呼ばれていた広大な森が広がっている。
そこは昔から入ると必ず迷い、二度と出て来る事は出来なかった。故に、人々は、その森には魔物が棲んでいて、入ったものは魅入られ喰われてしまう、と噂しあった。
いつしかそこは暗黒森と恐れられ、忌み嫌われるようになったのである。
18年前、一人の男がこの地にやって来た。
男は魔術に長けており、この森にある種の結界が施されている事に気が付いた。男がその結界を解いて結びなおした事で、人々は森に入って歩き彷徨っても必ず出口に辿り着けるようになったのである。
後に、暗黒森であったそこは、魔術師の男に畏怖と敬意を表してセルヴェイの森もしくは賢神の森と呼ばれる様になった。
セルヴェイとは魔術師の男の名。賢神とは風の神フォーンを指し、フォーンは魔術と知恵の神でもあった。
セルヴェイは森の中央に庵を結んだ。そして、ゼーウェンの師となったのである。
ゼーウェンが物心ついた時には師であるセルヴェイと共に暮らしていた。
自分自身、養い親でもある師について知ることはあまりなかった。近くの村に買出しに行ったついでに村人達から色々師について聞かれることがあった。
しかしゼーウェンが知っているのは、かつて師が北方のグノディウス王国に仕えていたということと、偶に身分の高そうな人物が尋ねて来ること位だった。
そんな時、いつも心なしか師が暗い表情をしていたのを覚えている。
何者であるかは兎も角、セルヴェイ師は森を安全にした功労者として村人達に歓迎されていた。ただ一人、村のウルグ教の神官を除いてだが。
治療の知識や珍しい薬草を持っているセルヴェイ師は、医者がいない辺境の小さな村では貴重な人物である。ウルグ教会の説くところの魔術は禁忌であるとか、邪術であるとかいう思想はここではあまり意味を成さなかったとも言える。
彼はまたよき教師、親であり、ゼーウェンはそんな師のもとだからこそ魔法の才能を最大限に発揮できたと思う。
一人前の魔術師になる為には、師から出された試練を乗り越えなければならなかった。
試練はそれぞれの導師によって、また弟子によって違う形式で与えられるが、概ね旅にでて、何かを証として持ち帰る――凡そ手に入れにくい物がその対象となったが――が一般的である。
よって、それは俗に『試練の旅』と言われていた。
ゼーウェンに試練の旅として与えられた課題、それは。
死の大地の中心、術場の高まる瞬間に現れる『花』を持ち帰ること、だった。
今朝岩山の大きな風穴の影で簡単に朝食を済ませ、再び飛行を続ける。
飛竜の疲れを見ながらの旅だ。
ゼーウェンの飛竜――騎乗用として用いられるグルガンのような竜種は、ある程度体に脂肪を溜め込むと、そのまま飲まず食わず2週間は持つ。
竜の代謝経路は本当に良く出来ていて、脂肪からエネルギーと水分を無駄なく取り入れられる。腎臓も、かなりの尿の濃縮に耐えられる。
このような死の大地では欠かすことの出来ない交通手段となるのだ。
竜が環境に耐えられるとはいえ、万が一病気にでも罹られれば即ち死を意味する。その上、こんなところで盗賊にでも襲われたらたまったものではない、とゼーウェンは思う。
――早く目当ての物を得て死の大地を出なければ。
厳しい環境だからこそ、希少価値の高い飛竜を狙う賊もいない訳ではないのだから。
「――! 見えた」
前方に遠く小さく見える岩山より少し左。
一段と高いそこは、ゼーウェンが目指す死の大地の頂である。
ゼーウェンは、すぐさま意識を静め、周囲の場を探った。
間違いない、かの頂のそれはとてつもない諸力の高まりを見せている。意識下で意識が眩む程の強い光を感じた。
辿り着くまで後2クロー(約1時間半)程だろうか。
***
意識下で見る光の渦はどんどんその強さを増してゆく。飛竜を着地させるために、その頂の周りを旋回し、首を返して上方から下降しようとした、その時。
ゼーウェンの魔術師としての目に、頂に奇妙な靄がかかっているのが映った。
「なんだ、あれは」
近づくにつれ、その形が何かに似ている、と思い。
人影だ、と直感した瞬間突然そこが眩い光に包まれた。
「グルガン、しっかりしろ!」
ゼーウェンはすばやく呪文を唱え、目を眩まされた飛竜を回復させる。同時に体勢を立て直すと再び上昇した。頂上の光はもはやなく、意識の目にも暗黒の穴が周囲の場を引き込んでいるのが分かる。
不安と焦りと絶望が入り混じったような感情が彼の心を支配しはじめた。
――誰かいる!
先ほどまでは人の気配が感じられなかったのに。あの人影だろうか。
もしや、花を先に奪われてしまったのだろうか。
ゼーウェンは今度は下方から真っ直ぐ飛ぶようにグルガンに指示した。
湧き上がる、自分自身への怒り。
――油断した、何たる失態だ!
母の形見だという指輪をした手をぎゅっと握り締めた。
――奪われたのなら取り戻す――我が師の恩に報いる為にも、何としてでも『花』を持ち帰らなければ!
***
この大陸にあるグノディウス王国とアリア皇国の南方に接するフォルディナ公国。その辺境、カーリア地方に、かつて、暗黒森と呼ばれていた広大な森が広がっている。
そこは昔から入ると必ず迷い、二度と出て来る事は出来なかった。故に、人々は、その森には魔物が棲んでいて、入ったものは魅入られ喰われてしまう、と噂しあった。
いつしかそこは暗黒森と恐れられ、忌み嫌われるようになったのである。
18年前、一人の男がこの地にやって来た。
男は魔術に長けており、この森にある種の結界が施されている事に気が付いた。男がその結界を解いて結びなおした事で、人々は森に入って歩き彷徨っても必ず出口に辿り着けるようになったのである。
後に、暗黒森であったそこは、魔術師の男に畏怖と敬意を表してセルヴェイの森もしくは賢神の森と呼ばれる様になった。
セルヴェイとは魔術師の男の名。賢神とは風の神フォーンを指し、フォーンは魔術と知恵の神でもあった。
セルヴェイは森の中央に庵を結んだ。そして、ゼーウェンの師となったのである。
ゼーウェンが物心ついた時には師であるセルヴェイと共に暮らしていた。
自分自身、養い親でもある師について知ることはあまりなかった。近くの村に買出しに行ったついでに村人達から色々師について聞かれることがあった。
しかしゼーウェンが知っているのは、かつて師が北方のグノディウス王国に仕えていたということと、偶に身分の高そうな人物が尋ねて来ること位だった。
そんな時、いつも心なしか師が暗い表情をしていたのを覚えている。
何者であるかは兎も角、セルヴェイ師は森を安全にした功労者として村人達に歓迎されていた。ただ一人、村のウルグ教の神官を除いてだが。
治療の知識や珍しい薬草を持っているセルヴェイ師は、医者がいない辺境の小さな村では貴重な人物である。ウルグ教会の説くところの魔術は禁忌であるとか、邪術であるとかいう思想はここではあまり意味を成さなかったとも言える。
彼はまたよき教師、親であり、ゼーウェンはそんな師のもとだからこそ魔法の才能を最大限に発揮できたと思う。
一人前の魔術師になる為には、師から出された試練を乗り越えなければならなかった。
試練はそれぞれの導師によって、また弟子によって違う形式で与えられるが、概ね旅にでて、何かを証として持ち帰る――凡そ手に入れにくい物がその対象となったが――が一般的である。
よって、それは俗に『試練の旅』と言われていた。
ゼーウェンに試練の旅として与えられた課題、それは。
死の大地の中心、術場の高まる瞬間に現れる『花』を持ち帰ること、だった。
80
お気に入りに追加
4,527
あなたにおすすめの小説

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。
えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】
アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。
愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。
何年間も耐えてきたのに__
「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」
アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。
愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる