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32.今は帰るべきではない

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「ハァ・・・」

 お父様からの手紙に、小さく息を吐いた。

 やっぱり王妃様は、私を正妃にすることを諦めていないらしい。

 というのも、ウィリアム殿下が選んだディアナ・レブン男爵令嬢の王太子妃教育は、全くと言っていいほど進まず、暗礁に乗り上げるどころか出航すらできていない状態なのだとか。

 叱られれば泣く。泣いてウィリアム殿下に訴える。

 殿下はその愛らしい様子に慰めるものの、周囲の冷たい視線に庇うことはできない。

 それと実際問題、公務に支障が出始めていて、ディアナ様に構う時間が取れないみたい。

 そうすると、ディアナ様は余計に癇癪を起こして泣き喚くそうだ。

 あまりの酷さに、最近ではウィリアム殿下もディアナ様と距離を取っている、とか。

 ハァ。何をやっているのかしら。

 生まれた時からの婚約者、まぁ愛情はなかったとしても、その私ではなく彼女を選んだのでしょう?

 私だって、婚姻した後にもし子が授からなかったら、側妃や愛妾を娶ることだって認めたわ。

 だけど、婚約した状態のまま、しかも私に嘘をついたわよね。

 いくら愛情がないとはいえ、信じられない人を支えるなんて出来ないもの。

 アスラン様への恋心を思い出したことで、私はウィリアム殿下とディアナ様がちゃんと手を取り合って頑張ってくれると思っていた。

 好きな人のためなら、どんな逆境だって乗り越えていってくれるって。

 それなのに、公務を理由に避けるなんて。

 ウィリアム殿下がそんなだから、王妃様も私を諦めてくれないのよ。

 私はもう、クライゼン王国第二王子殿下アスラン様の婚約者だというのに。

 この状態で国に帰るのは、危険ね。

 王家にさらわれる可能性があるわ。
 貞操を奪われたら、さすがにウィリアム殿下に嫁ぐしかなくなる。

 マデリーン王国は、一応側妃や愛妾が認められていることもあって、花嫁の処女性は問われない。

 だけどクライゼン王国は違う。
一夫一妻制で、子が授からないことを理由としての離縁は良しとされない。

 どうしても離縁して再婚したい場合は、元妻が一生暮らしていけるほどの慰謝料を払わなければならない。

 もちろん、妻が不貞したなどの場合は別だけど。

 離縁された妻は、実家の領地の教会などで、神にその身を捧げて過ごすか、稀に望まれて後妻として嫁ぐこともある。

 ただその場合も、社交界に出ることはほとんどないのだとか。

 随分と女性蔑視というか、男尊女卑な考え方だと思うけど、そういう国が多いことも事実だ。

 どちらが正しいというわけでもない。

 ただ、アスラン様に嫁ぐためにも危険は避けなければならない。
 

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