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25.深い眠りの底
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暗い。暗い世界で、王妃様の声だけが聞こえる。
「アイシュは、ウィリアムの婚約者。そんな気持ちは消してしまいなさい。ウィリアムの妃に相応しい身分も容姿も能力も、全て揃っているのはアイシュだけよ。良いわね?絶対に忘れさせなさい」
こんな厳しい声の王妃様は、初めて。
幼い頃から、王子妃教育と王太子妃教育のために、毎日のように王宮に通っていた。
それこそ、もう一組の両親のように、毎日お顔を合わせていたわ。
いつもお優しかった王妃様が、こんな厳しいお声を出すなんて。
幼い私が、あの年代なら王子妃教育だと思う、の後に王妃様とお茶をいただいている。
そのままソファーに眠り込んだ私の髪を、王妃様がゆっくりと撫でているのが見えた。
「ゆっくり眠りなさい。そして、忘れてしまうのよ」
王子妃教育の後のお茶会で眠ってしまった記憶はある。
何度か眠ってしまって、王妃様に謝罪したわ。
王妃様は、勉強で疲れたのだろうから気にしなくて良いっておっしゃってくださったけど。
「アイシュ・フローレンス。あなたにとってアスラン・クライゼンは大切な友達です。それ以上でもそれ以下でもない。友達。良いですね?」
「アスラン様は・・・友達」
「そう。友達です」
知らない女性が、眠る幼い私の耳元で何度も「アスラン様は友達」だと繰り返す。
それを聞いていた王妃様が、不満そうに声をあげた。
「大切な友達だなんて。単に預かっているだけの他人でいいじゃないの」
「駄目です、王妃殿下。好きだという気持ちを友情に置き換えるのです。そうでないと、アイシュ・フローレンス様の心が壊れてしまい、二度と人を好きになる気持ちを持てなくなってしまいます。術の成功のためです」
「・・・仕方ないわ。アイシュのことは大切だもの。それで、あと何回かければ大丈夫なの?」
「あと五回は。子供ですから、少しずつでないと後遺症が出る可能性がありますので」
何を言っているの?
術?後遺症?どういうことなの?
駄目。考えようとすると目の前がグラグラする。
「かわいそうに。だけど中途半端に思い出しては危険だわ。そうね・・・ウィリアム殿下との婚約がなくなり、アスラン殿下と再会したら思い出せるように種を仕込んでおくわ。ごめんなさい。こんなことしかできなくて」
王妃様がいない部屋で、あの女性が私の髪を撫でている。
この人は誰なのだろう。
きっと、この人も断ることが出来なかったのね。
それはそうよね。一国の王妃殿下相手だもの。
私は深い眠りの底で、幼い自分の眠る姿を見ながらそっと息を吐いた。
「アイシュは、ウィリアムの婚約者。そんな気持ちは消してしまいなさい。ウィリアムの妃に相応しい身分も容姿も能力も、全て揃っているのはアイシュだけよ。良いわね?絶対に忘れさせなさい」
こんな厳しい声の王妃様は、初めて。
幼い頃から、王子妃教育と王太子妃教育のために、毎日のように王宮に通っていた。
それこそ、もう一組の両親のように、毎日お顔を合わせていたわ。
いつもお優しかった王妃様が、こんな厳しいお声を出すなんて。
幼い私が、あの年代なら王子妃教育だと思う、の後に王妃様とお茶をいただいている。
そのままソファーに眠り込んだ私の髪を、王妃様がゆっくりと撫でているのが見えた。
「ゆっくり眠りなさい。そして、忘れてしまうのよ」
王子妃教育の後のお茶会で眠ってしまった記憶はある。
何度か眠ってしまって、王妃様に謝罪したわ。
王妃様は、勉強で疲れたのだろうから気にしなくて良いっておっしゃってくださったけど。
「アイシュ・フローレンス。あなたにとってアスラン・クライゼンは大切な友達です。それ以上でもそれ以下でもない。友達。良いですね?」
「アスラン様は・・・友達」
「そう。友達です」
知らない女性が、眠る幼い私の耳元で何度も「アスラン様は友達」だと繰り返す。
それを聞いていた王妃様が、不満そうに声をあげた。
「大切な友達だなんて。単に預かっているだけの他人でいいじゃないの」
「駄目です、王妃殿下。好きだという気持ちを友情に置き換えるのです。そうでないと、アイシュ・フローレンス様の心が壊れてしまい、二度と人を好きになる気持ちを持てなくなってしまいます。術の成功のためです」
「・・・仕方ないわ。アイシュのことは大切だもの。それで、あと何回かければ大丈夫なの?」
「あと五回は。子供ですから、少しずつでないと後遺症が出る可能性がありますので」
何を言っているの?
術?後遺症?どういうことなの?
駄目。考えようとすると目の前がグラグラする。
「かわいそうに。だけど中途半端に思い出しては危険だわ。そうね・・・ウィリアム殿下との婚約がなくなり、アスラン殿下と再会したら思い出せるように種を仕込んでおくわ。ごめんなさい。こんなことしかできなくて」
王妃様がいない部屋で、あの女性が私の髪を撫でている。
この人は誰なのだろう。
きっと、この人も断ることが出来なかったのね。
それはそうよね。一国の王妃殿下相手だもの。
私は深い眠りの底で、幼い自分の眠る姿を見ながらそっと息を吐いた。
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