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恋の入口

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 お母様から恋について教えていただいてから、ジークハルト様とお会いすると、どこか気恥ずかしい気持ちになるようになりました。

 ジークハルト様は以前と変わらず、わたくしとの適度な距離感を保ってくださっていますのに、わたくしはそれがもどかしいような、近づきたくないような、変な気持ちになるのです。

 エリック殿下がユリア様と親しくされていても気になりませんでしたのに、コストナー男爵令嬢様がジークハルト様のお名前を呼んでいるのを思い出すと胸の奥がムカムカしてしまうのです。

「お兄様。わたくし、病気なのでしょうか」

 お食事は家族と同じものをいただいていますのに、胸がムカムカするなんて。

 そうお伝えしたら、お兄様に盛大なため息を吐かれました。

 お兄様、失礼ですわ。

「アリスはエリック殿下が他の女性と親しくしていたら、どう思う?」

「それはユリア様以外で?もしそうなら軽蔑しますわ。あんなにユリア様をお好きだと振る舞っていましたもの」

「じゃあ、ジークハルトが他の女性と親しくしていたら?」

「・・・わ、わかりませんわ。ジークハルト様はその方をお好き・・・だということですわよね。ジークハルト様は誠実な方ですもの。きっと真摯にその方のことを・・・」

 そこまで言ったとき、お兄様がわたくしのことをぎゅっと抱きしめて下さいました。

「お兄様?」

 お兄様がわたくしを抱きしめるのなんて、幼い子供の頃以来ですわ。

 わたくしには生まれながらに婚約者がいましたし、お兄様がキャスリーン様と婚約してからは家族といえど過度な触れ合いは控えるようになっていました。

 エリック殿下は気になさらなかったでしょうけど、わたくしが家族に大切にされていることはキャスリーン様もご存知ですもの。

 あまり良い気持ちにならないと思ったのです。

「泣くほど、嫌?」

「え?」

 泣く?わたくし、泣いてなどいませんわ。

「アリスはずっと、自分を殺すように生きてきた。セオドア王家が憎たらしいよ。本当なら、年頃になれば殿方に想いを寄せることもあっただろう。王命などでなければ、アリスの婚約だって何としても回避したはずだ」

「でも、わたくしは公爵家の娘ですわ。政略結婚は自然なことかと」

「うちは僕がいるから後継の心配は要らないし、アリスに政略結婚を求めるほど父上たちも権力を求めていない。何より、父上たちも僕もアリスに幸せになってもらいたいんだ」

「わたくし、幸せですよ?お父様やお母様、お兄様にこんなに愛されていますもの」

 わたくしはお兄様にギュッと抱きつきました。

 いつもわたくしを守ってくれる、大切な家族ですわ。

 

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