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ヴェルセット伯爵家

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「美味しい」

 仕事を終え迎えに来てくれたハデス様が、帰りにカフェへと誘ってくれた。

 帰って夕食を食べなきゃだから、ケーキとかは頼めなかったけど、頼んだ紅茶に付いていたクッキーが美味しくて、ケーキへの期待が高まる。

「今度は休みの日に来よう。そうしたらケーキを食べれる」

「ふふっ。約束ですよ」

「ああ」

 私とハデス様の生活は、こんなふうに何気ない約束がたくさん増えていく。

 結婚式まで半年を切って、色々と忙しいのだけど、こんなふうに穏やかな時間を過ごせることがとても嬉しい。

「帰ったら、夕飯だな。今日は何だろう」

「ハンナお得意のシチューですよって、今朝言っていましたわ」

「ジュエルの大好物だな。ハンナにケーキを買って帰ろうか」

「はい!ハンナはフルーツのタルトが好きなんです」

 私がエレメンタル帝国に来た時、護衛として付けられたハンナは、私付きの侍女として我がヴェルセット伯爵家に仕えてくれることになった。

 ハデス様は、ウェルズ公爵子息からウェルズ伯爵子息になり、一旦貴族籍から抜けた。

 そしてエレメンタル帝国皇帝陛下が、新たな貴族籍を授けることになり、それがヴェルセット伯爵なの。

 私はまだリビエラのままだけど、あと半年すればヴェルセット伯爵夫人になるのよね。

 慣れるかしらと言ったら、ハンナに笑われたわ。

 誰に嫁いだとしても家名は変わるのだから、それが新たに付けられた家名だとしても同じことでしょう、と。

 そう言われればそうね。

 ちなみにハンナには家名はない。
平民なの。

 皇帝陛下が気に入って、皇妃様付きにしていたのですって。

 誰かに何かされそうになっても勝てるように、陛下が護身術を覚えさせたのだとか。

 そうしたら本人とものすごく相性が良かったみたいで、一般の騎士様よりも強くなったらしいわ。

 そんな優秀なハンナを、皇妃様は「ハンナも行きたいと言うから」と、私付きの侍女にして下さった。

 皇妃様付きだったから、所作も綺麗だし、どこかの貴族の養女になる道もあったけど、ハンナは平民のままでいたいのですって。

 聞いたら、恋人が平民なのだとか。

 その恋人も、ヴェルセット伯爵家で雇っている。

 元はガラス工房に勤めていたらしいんだけど、雇い主さんが病気で倒れて、子供さんのいるところへ引っ越すことになったそうなの。

 だから工房をたたむ事になって。

 せっかくなので、皇帝陛下にお願いしてその工房を買い取ってもらったの。

 私、ローゼン王国で王太子妃教育を受けていた時に思ったことがあるの。

 手に職があることは素晴らしいことで、そういう工芸があることは国を豊かにするんじゃないかって。

 だからハンナの恋人さんには、これからもそこで働いてもらおうって。

 ヴェルセット伯爵家がオーナーになることにしたのよ。

 
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