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過去⑨

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 王太子であるエルムンドは、セレスを解放しようとしなかった。

 常に体の動きを鈍らせる香を吸わせ、動けないセレスを凌辱する。

 セレスが諦めるのを待つように、何度も何度も繰り返される。

 セレスは自分が王宮に連れて来られて何日経つのかも、何も考えられなくなっていった。

 父様と母様は、心配しているんじゃないかしら。

 リウスは・・・今どうしているのかしら。

 意識が戻っても、体は重くて動かないし、扉には鍵がかけられていて外には騎士が立っているらしい。

 エルムンドのお手つきになったセレスには、修道院に行くしか未来はないだろう。

 それでもこのまま、王宮にいることは出来ない。

 父や母、そしてリウスと話をして、修道院に行こう。

 そう願うのに、エルムンドはセレスを解放するつもりはないみたいだった。

「駄目だよ、セレス。君は僕のものだ。誰にも渡さない。どこにもやらない」

 自分を愛しているというエルムンドの目が狂っているように見えて、セレスは恐ろしくなっていた。

 最初は凌辱された怒りや悲しさでいっぱいだったセレスだが、自分に向けられる緑の目の奥に深い闇がある気がしたのだ。

「セレス。君は僕だけを見て僕だけのことを考えていればいい」

「でも・・・」

「ご両親は君が僕の寵姫になったことをとてもお喜びだったよ」

 エルムンドはそう言うが、セレスには信じられなかった。

 学園に行ったまま戻らなかった娘が、いきなり王太子殿下の寵姫になったと聞かされて、それを信じる両親ではない。

 リウスとの婚約だってあるのだ。

 大体、側妃制度のないセントフォーリア王国で、婚約者の決まっている王太子の相手ということは、寵姫という名の愛妾である。

 身の丈に合う将来を望んでくれていた両親が、そんなことを言うはずがない。

 だが、ここは油断させて一度帰らせてもらうべきだ。

「王太子殿下」

「エルムンドだよ、セレス」

「え、エルムンド様。一度家に行かせてもらえませんか?宝物を取ってきたいのです」

 セレスはエルムンドを刺激しないように、自分の居場所がエルムンドの側であると言うように、家にと伝えた。

 何をどう言ったところで、王族に下位貴族の男爵家が反論できるわけがない。

 隙をついて、修道院に逃げ込むしかセレスには道がない。

 修道院は神殿の管轄であり、王家の権力が及ばない場所だ。

 だから、最後に両親とリウスに別れの挨拶がしたかった。

「宝物?」

「はい。え、エルムンド様にお見せしたいのです」

 セレスの従順な様子に、エルムンドは香の効果が切れる三日後にカメリア男爵家へ送ってくれると言った。
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