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過去⑦

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 自分の言うことを信じないセレスに、エルムンドは笑みを浮かべたまま、それなら付いておいでとセレスを執行部室へと招いた。

 セレスはリウスのことを信じていた。

 他の誰かを好きにならないということではない。

 セレスだって、リウス以外の誰かを好きになることがあるかもしれない。

 ただ、リウスの誠実さを信じていた。

 目の前の王太子殿下のように、リウスは美丈夫なわけではない。

 身分だって子爵令息だし、運動も苦手で騎士には向いていない。

 文官としての才はあったが、それでも高位貴族のご令嬢が望むようなタイプではない。

 それでも、セレスはリウスの誠実なところが好きだった。

 優しくて、人を思いやれるところが好きだった。

 だから、王太子殿下の言うとおりに他の誰かを好きになったのなら、セレスにキチンと伝えてくれる、そう信じていた。

 それなのに。

 連れて来られた執行部室の扉の隙間から見えたのは、下着姿のジュリエット様を、キスをしているリウス。

 息が止まりそうなほどの衝撃に、真っ青になったセレスを、エルムンドがそっと引き寄せる。

 呆然としたセレスは、エルムンドに手を引かれるままにその場を後にした。

 何も考えられなかった。

 目を開いていても何も映らない。
どこを歩いているのかも、頭が理解しない。

 頭の中は、どうして?という言葉がぐるぐると回っていた。

 信じていた。大好きだった。

 そんなリウスに裏切られたことが、セレスをズタズタにした。

 だから。

 反応が遅れた。

 気が付いた時、セレスは王宮の王太子の私室にいた。

 そして、エルムンドに後ろから抱きしめられていた。

「・・・ッ!お、離してください!王太子殿下っ!」

「どうして?頷いてくれたじゃないか。僕のものになるって」

 セレスは顔から血の気が引いた。

 王太子殿下のものになる。
そんなことを了承した覚えはない。

 だが呆然としていて、絶対に頷いていないとは言い切れない。

 セレスにとって、王太子殿下も公爵令嬢も雲上人だ。
 自分には関わることのない人である。

 たとえ、リウスが浮気をしていたとしても、他のご令嬢に本気になったとしても、自分も同じことをして良いわけはない。

「も、申し訳ありません。私、私・・・ぼうっとしていたみたいで・・・そのお話を全然聞いていなくて。だから、その・・・」

「リウスは君を裏切ったんだよ?」

「それでも、ちゃんとリウスと話したいと思います。それに、あの・・・殿下はジュリエット様と婚約されてますよね」

 エルムンドとジュリエットの婚約は、政略結婚なのかもしれない。
 だが、それゆえに簡単に解消できるものではないのだ。

「ハァ。やっぱり、こうするしかないか」

 ため息を吐いたエルムンドの手が、セレスの鼻口を覆う。

 その手に握られた布を吸い込んだセレスは、気が遠くなり意識を失った。

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