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エピローグ

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 あの大事件から一週間後。しっかり休んで回復した私とレナード様は、馬車で少し遠出をして、大海原を見渡せる丘へとやってきました。

 本日ここにやってきたのは、レナード様とデートをするためというわけではございません。今私が抱き抱えている、小さくなったルナを、ここに眠らせるためですの。

 海が一望できる場所なら、ずっと汚い世界にいたルナの心が、広い海で癒されるのではないかと思ったのと、海風に乗って、もう自由にどんな所でも行っていいんだよという、願いを込めて決めましわ。

「ここならきっと、ルナも満足してくださいますよね」
「ああ、きっと」

 私は、火葬してくださった神父様の協力の元、ルナの骨の一部を粉状にしたものを手に乗せ、海に差し出すようにすると……優しい風が迎えに来て、ルナを運んでいってくださいました。

 その旅立ちを見送ってから、私はレナード様と一緒にルナを埋葬して差し上げました。

 ……ルナ、新しい世界で新たな生を授かり、今度こそ平和に過ごせることを……願っておりますわ。

「きっと彼女は、安らかに旅立てたと思うよ」
「レナード様……はい、きっとそうですわよね……ルナ、おやすみなさい」

 ルナとは、幼い頃から色々とありましたが、私は聖女として……そしてお義姉様として、彼女の平穏な眠りを願わずにはいられませんでした……。

「さあ、俺達の家に帰ろう。きっと、そろそろ裁判が終わって、帰ってきている頃だろう」
「はい。ルナ、落ち着いたらまた来ますわね」

 しばしの別れの言葉を告げてから、レナード様と共に屋敷に戻ると、ちょうど外出から帰ってきたジェラール様とばったり出くわしました。

「義父上、お帰りなさい。裁判はどうでしたか?」
「うむ。裁判の結果、クレマン・シエロ元国王陛下、ヴァランタン・メルヴェイの処刑が決まった。近いうちに決行される」
「処刑……」

 国全体を犠牲にする方法を取ったのだから、処刑は免れないとは思っておりましたが、改めて聞くと、なんだか複雑な気分です。

 私の故郷を破壊し、お母様を殺した国の長が処刑されるのも、私を利用した挙句、ずっと酷い仕打ちをしてきたお義父様が処刑されるのも、嬉しいはずなのですが……。

「そうだ、あれから瘴気の影響はどうですか?」
「サーシャが再び国のお抱えの聖女として、仕事をしてくれているおかげで、瘴気の被害は無くなった。新しく張ってくれた結界も、問題なく機能している」

 随分と疲労している状態で、急いでやったから、不備があったらどうしようかと心配しておりましたが、問題が無いようで安心いたしました。

「さて、あまり悠長に話している時間は無い。これから私は、国政のことでお師匠様や民の代表と話し合いに行かねばならない……レナード、サーシャ。君達にはまだ屋敷に避難している民達のことを頼む」
「わ、私達がですか!?」
「不安か?」
「……いえ! 私とレナード様がいれば、どんなことでも解決してみせます!」
「ははっ、先に言われてしまったね。義父上、俺達に任せてください!」
「ああ、頼んだぞ。私の自慢の義息子と義娘よ」

 嬉しそうに微笑んだジェラール様は、再び馬車に乗って何処かへと出かけていきました。

 聞いた話ですと、国王陛下や貴族達が、話し合って色々決めていた国のことを、今はジェラール様がいろんな話を聞いて、一人決めているそうです。

 ジェラール様なら、国をより良い方向へ導いてくれるとは思っておりますが……過労で倒れてしまわないか心配ですわ。

「レナード様、私達もこの国のために出来ることをいたしましょう!」
「そうだね。まず何からしようか?」
「避難してきた人達の、住む場所や仕事先を提供しないといけませんね」
「それはなかなか大変そうだ。だが……俺達なら必ずできる」
「はいっ! そうと決まれば、避難してきている人と話し合って、今後のことを決めましょう!」

 口では簡単に言っているが、それはとても大変なことでしょう。しかし、私は聖女として多くの人を助けるために、彼らをこのまま見捨てるわけにはまいりません。

 そう思ったら、自然と体に力が入ってしまい……レナード様の手を強く引っ張って、避難している方々がいらっしゃる所へ走りだしてしまいました――


 ****


 あれから二年の月日が経った。国王陛下やお義父様がいなくなり、国の行く末を決める指導者がいなくなってしまったことで、一時期混乱していた国はだいぶ落ち着き、それぞれが日常に帰ってきました。

 この二年の間に、避難していた方々は一つの村を作り、仕事もしながら平穏に暮らせていますわ。

 一から住む場所を作るなんて、大変なことでしたが……レナード様とジェラール様、そしてアレクシア様が色々と手引きしてくださったおかげで、さほど時間がかからずに生活が安定したのは、本当に良かったです。

 そうそう、ジェラール様ですが……あの事件が起きてから、再び宰相の座について、国政を担っていたのですが、最近は新しい国王陛下を誰にするかで頭を悩ませているようです。

 この二年の間、身を粉にして民のために働いたジェラール様を推す民や貴族の方が多いのですが、本人はあまり気乗りじゃないのか、久しぶりに一緒に食事を摂った時に、どうしたものか……と、頭を悩ませておりました。

 私も、ジェラール様のようなお方なら適任だと思うのですが……きっと当事者じゃないとわからない、考えることがあるのでしょう。

 そんな中、国のお抱えの聖女に再びなった私は、今日も国中をかけまわり、苦しんでいる人を助ける生活を送っていました。

「はい、これでもう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、聖女様……! こんなに腰が楽になったのは、久方ぶりです……!」
「これからも、お元気に過ごしてくださいね」

 治療を行ったご年配の夫婦に、何度も私に頭を下げられながら、私はお二人の家を後にしました。

 家を飛び出す前は、治療をしたところで感謝をされるどころか、気味悪がられていたのに、今では私のことを恐れる方は、だいぶ数が減りました。
 この二年の間に、ジェラール様やアレクシア様、そしてレナード様が、赤い目を持つ人間の真実を広めてくださったおかげですの。

 同時に、この国は二人の聖女様によって作られたことも知れ渡りました。これで、赤の聖女様の汚名をすすぐことができたと思います。

 そうそう、今まではずっと片目を前髪で隠して生活していたのですが、その必要が無くなったので、今では両目を出して生活しておりますのよ。視界が良くて、とても気持ちがいいんですの!

「さて、次のお方の家は……」
「サーシャ、今の家で今日は最後だよ」
「えっ? まだお昼ではございませんか。まだ二つくらいの町なら周れますわ」
「仕事熱心なのはいいことだけど、お医者様に無理はするなと止められただろう?」
「ですが……」
「君のおかげで、今急いで聖女の力が必要な人はいないよ。だから、無理をする必要は無い」

 私の心配をしてくださるのは、とても嬉しいことですが……どうしてもジッとしていると、なにかしなくてはと思ってしまうのです。

「あまり無理はしないでくれ。君の体は、もう君だけのものではないのだから」
「……そうですわね。ご心配をおかけして、申し訳ございません」

 レナード様は、きらりと光る指輪を薬指に嵌めた左手で、私のお腹をそっとさすりました。私も、誕生日でいただいた結婚指輪が光る左手で、お腹を撫でました。

 今、私のお腹にはレナード様との愛の結晶が宿っています。まだ妊娠したのがわかったぐらいの段階なので、出産自体は先になる予定です。

「わかってくれて嬉しいよ。実は、今日は君の大好きなケーキを用意していてね」
「本当ですの!? あ、でも……さ、最近その……お、お肉が……」

 レナード様が用意してくださるスイーツは、どれもおいしくて手が止まらなくなってしまいます。そのせいか、この二年でお腹にお肉がついてしまって……。

「俺はそんなの一切気にしないよ。とはいっても、食べ過ぎて病気になるのはいただけないけどね」
「それはそうですわね……よし、レナード様と健康のために、スイーツは少し減らして……この子のことが落ち着いたら、運動をしましょう!」
「おお、良い心がけだね。運動するなら、いくらでも付き合うよ」
「ありがとうございます、レナード様!」

 ふふっ、レナード様は相変わらずお優しい方ですわ……それに、一緒に運動出来るだなんて、今から楽しみでウキウキしてしまいます。

「運動……汗で輝くサーシャ……慣れない運動で頬が紅潮サーシャ……い、良い……」
「あ、あはは……」

 ……でも、こういうちょっとよくわからない嗜好だけは、ついていけませんわ……私の汗や紅潮することに、何の価値があるのでしょうか……?

「あ、よかった……聖女様、まだいたのですね!」
「どうかなさいましたか?」
「この先の山で、落石が起こったんだ! 俺の友達がそれに巻き込まれて、怪我をしてしまったんだ! 大怪我ってわけではないんだが……聖女様に診てほしくて!」

 落石ですって!? 大怪我でなくても、もし岩に足が潰されたままになっていたら、一大事です!

「すぐに向かいますわ!」
「あ、サーシャ! まったく……俺の妻は、本当に困った人だ……だが、そんなサーシャが、愛おしくてたまらない!」
「ちょっ!? レナード様!?」

 落石の現場へと走りましたが、後ろからレナード様のいつものやつが聞こえてきたので、急いで踵を返しました。

「こんなところで大声で叫ばないでくださいませ! 恥ずかしい……」
「おや、聞こえてしまったかい? つい、君への愛が暴走してしまったようだ!」
「どれだけ暴走すれば気が済まんですの!? ちゃんと、家以外では暴走しないようにしてくださいね!」
「よし、帰ったら覚悟しておいてくれ!」
「目が本気ではありませんか!?」

 二人きりなら、いくらでも言ってくださって良いのですが、こんな人がたくさんいるところでは、恥ずかしすぎます……周りの方々の暖かい笑顔や、キャーキャー叫ぶ声が、聞かれたことの証明となり、余計に恥ずかしいです。

「そもそと、恥ずかしがる必要など、どこにもないよ! 出来ることなら、周る村や町の全てで、この毎日積み重なるサーシャへの愛を、みんなに伝えたいくらいさ!」
「そんなことをされたら、恥ずかしすぎて爆発してしまいますわ!」
「な、なんだって!? サーシャが爆発してしまう……だと!?」
「そうです、頭からドッカーン! っと……いや、これは物の例え、冗談ですわ! いいから、早く向かいますわよ!」

 私は頬を赤くしながら、レナード様の手を引っ張りました。

 今も昔も、そしておそらくこれからも、変わらないレナード様に、ドキドキさせられながらも、嬉しくて口角を上げてしまうでしょう。

 だって、そういうレナード様の一面も含めて、全てが大好きですし、レナード様と一緒にいれば、なんだって乗り越えられると思うと、嬉しくてつい口角が上がってしまうのです。

 だから私は、大切で信じられるレナード様と共に、彼と交わした大切な誓いを果たすために、今日も元気よく走りだしました――
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