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第六十三話 禁忌の魔法

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 禁忌という言葉を皮切りに、ジェラール様は今起こっていることを説明してくださいました。

 今起こっている現象は、王家と国政に関わる貴族しか知らない魔法の影響だそうです。その魔法の効果は……聖女一人を生贄にして発動し、結界の破壊と再構築、瘴気の回収、および増大をさせる魔法だそうです。

「なんて規模が大きい魔法だ……まさか瘴気を集めるだなんて。しかし義父上、最近結界が機能しているか疑わしかったですし、多くの地域で発生している瘴気を一箇所に集められるなら、良いことなのでは?」
「瘴気が巨大化していると、お師匠様が仰っていただろう? この魔法は……最終的に超高密度な瘴気を国中に蔓延させて、滅ぼす魔法なのだ」
「ほ、滅ぼすですって!? どうしてそんな恐ろしい魔法が、この世にあるんですの!?」
「まだこの国が出来て間もない頃、他国から侵略されたり、内乱が起きてどうしようもなくなった際に、共倒れするために作った魔法と聞いたことがある」

 魔法の効果も、作られた経緯も、全てが恐ろしい魔法ですわ……そんな身の毛もよだつような魔法が存在しているだなんて、にわかに信じられません。

「ワシもそのような話は聞いたことがない。ジェラールよ、ワシに昔からからかわれていたからといって、仕返しをしているわけではなかろうな?」
「そんな悪趣味なことはしませんよ」
「冗談だ」

 もう、アレクシア様ったら……今は冗談を言っている場合ではございませんわ。

 あ、もしかしたら……場の空気を和ませるために、わざと言った可能性も? 最年長者のアレクシア様なら、全然おかしくはございません。

「……大方、民の反乱や自分達の悪行を知る実験体を失ったことで、心中するといったところでしょうか?」
「それは少し彼らを甘く見過ぎだぞ、義息子よ。彼らの欲は底知らず……こんなところで心中するはずが無い。必ず自分達は助かる術を用意しているはず」

 以前の私だったら、そんな酷いことをする人なんていない! なんて呑気な考えが出来たでしょうが、赤の聖女様から色々聞いた後だから、否定どころか肯定しか出来ませんわね……。

「なんとかその結界を破壊して、民を逃がさなくては……」
「それも無理だろう。新しい結界は、瘴気の他にも物理的に何も通さなくなるのだ」
「ワシの感知した限りでは、結界の魔力が尋常じゃないほど高い。破壊するのは、並大抵の力では無理だろう」
「そんな……」

 そこまで強固な結界を相手に、私に出来ることはあるのでしょうか? 自慢ではありませんが、私は誰かを傷つける魔法は、何一つ使えませんのに……。

「皆の力を合わせても無理なのですか?」
「やってみないとわからんが、完全に破壊するのは時間がかかるのは間違いない……そもそも、民を全て逃す時間もないだろう。その間に超高密度な瘴気が国中に広まり……」

 あまりにも濃すぎる瘴気は、生命を一瞬にして死に至らしめる……ジェラール様の雰囲気から察するに、広がる瘴気はそれほどの規模なのでしょう。

 このままでは、国中の人々が犠牲になってしまいます。そんなの……絶対にあってはならないことです!

「…………」

 考えろ、どうにかして誰も犠牲に出させない方法を……超高密度な瘴気の対処法を……必ず手立てがあるはず……瘴気……瘴気……?

「あの、ジェラール様。いくら規模が大きいといっても、瘴気に違いは無いのですよね?」
「その通りだが……まさか!?」
「はい。私がお城に向かい、集まっている瘴気を浄化してきますわ!」

 私の言葉に、三人の姿勢が一斉にこちらを向きました。その目は、驚いているようにも見えますし、心配してくれているようにも見えます。

「無茶だサーシャ! いくら君の力が強くなったからといって、相手は未知の魔法なんだよ!」
「無茶かもしれませんが、このままでは確実に犠牲者が出てしまいます。なら、誰も犠牲者を出さない方法があるのなら、試してみる価値はございます!」
「サーシャ、勇気と無謀は違う。確かにそなたの魔力は強くなったが、それでも出来ないことはこの世にはあるのだ」
「出来る、出来ないではありません! やるんです! 私は聖女なのですから、助けられる可能性がほんの少しでもあるなら、絶対に諦めません!」

 淡々と私を説得してくださったアレクシア様に、私は声を荒げて自分の気持ちを吐露しました。

 確かに今回の一件は、いくら新しい力を手に入れたからといって、私一人ではどうすることも出来ないかもしれません。
 それに、正直言うと、怖くて怖くてたまりません……でも、私は聖女として、そしてレナード様との誓いを果たすため、逃げるわけにはまいりません!

「まったく、サーシャは……わかった。俺も一緒に行くよ」
「レナード様!? 一緒にって……」
「サーシャ、それ以上は言う必要は無い。だって、なにを言われてもついていくからね」

 一緒に行ってくださるのは、とても心強いのですが……これから向かう所は、今まで経験してきた瘴気とは比較にならないくらいのものでしょう。そんな場所に、瘴気に対抗手段が無いレナード様を連れていくのは、あまりにも危険すぎます!

「サーシャ、きっと君のことだ。聖女としての使命とか、俺と交わした誓いのために、そしてみんなを危険な目に合わせないように、一人で頑張ろうとしてくれているんだよね」
「……凄いですね。レナード様には何でもお見通しなんですね」
「君の婚約者だからね。でも君は……一つ大切なことを見落としてないかい?」
「大切な……?」
「俺達が交わした誓いは、聖女として多くの人を助けるだけじゃない……そうだろう?」
「っ……!」

 そうだ、私達の交わした誓いは……私の聖女としての誓いだけじゃない。結婚の約束と……レナード様は私を守り、幸せにしてくれるという、とても大切な誓いがあったではありませんか。

 なのに、私は自分一人でなんとかしようとだけ考えて、レナード様の気持ちを蔑ろにしてしまいました……。

「レナード様、ごめんなさい……私……」
「いいんだ。君は正義感が強いからね。それで……一緒に連れていってくれるか?」
「はい。私の愛しい人……私を守ってくださいませ」
「よろこんで、愛しい人。君が望むなら、地獄の底でも共に行き、いかなるものからも守ってみせよう」

 レナード様は私の手を取ると、手の甲にそっとキスをしてきました。

 まるで、お姫様に誓いを立てる王子様のようで、ドキドキしてしまいますわ。

「義父上、俺達に行かせてください」
「……なにがあるかわからない。それでも行くのか?」
「「はいっ!!」」

 ジェラール様の最後の確認への返事が、レナード様と重なってしまいましたわ。こんな所でも息がピッタリなのは、嬉しくもあり、少しだけ恥ずかしくもあります。

「わかった。なら私とお師匠様は、結界の破壊に向かう。決して無理はしないように」
「ジェラール、正気か? 大切な子供を死地に向かわせるつもりか?」
「彼らは確かに私の大切な子供ですが、彼らはもう幼い子供ではございません。大切なものを守るために奮闘する、立派な大人です。親として、彼らを見送るのが私の務めだと思いました」
「……あの半人前が、偉そうな口を利くようになったもんだ」

 呆れているような物言いでしたが、アレクシア様はどこか嬉しそうに口角を上げておられました。

「若造共、ワシら老いぼれより先に死ぬなんて愚かなことはせんようにな。必ず無事に帰ってこい」
「もちろんですわ。アレクシア様に私たちの結婚式に出席してもらわないとなりませんからね」
「まったくその通りだね。それじゃあ義父上、アレクシア様……行ってきます!」

 決意を新たに、レナード様と一緒に外に出ると、なにやら重苦しい空気を感じました。

 見た目はいつも通り、平和で静かな夜の景色なのですが……これも禁忌の魔法のせいでしょうか? それとも、ただの思い過ごし?

 ……この際、どちらでも構いませんわ。今はそれよりも、早くお城に向かいませんと!

「サーシャ、少し待っててくれないか?」
「なにか忘れ物ですか?」
「いや、早く城に着くための魔法を使うのさ」

 そう仰ったレナード様は、私から少しだけ離れると、勢いよく右手を前に突きだしました。すると、手の先に大きな魔法陣が現れ……中心から何かが飛び出てきました。

「こ、これは……翼の生えた白馬……まさか、召喚魔法!?」
「その通りだ。今までは瘴気の残滓が浸食していた影響で、召喚魔法を含めた多くの魔法が使えなかったけど、君のおかげで再び使えるようになったんだ」

 簡単に召喚魔法と仰っていますが、この魔法は長い歴史の中でも、ほとんど使い手がいない超高等魔法の一つです。それを使いこなすだなんて……やっぱりレナード様は、凄いお方ですわ!

「さあ、早速出発しよう。サーシャを乗せてやってくれ」
「ヒヒーン!」

 召喚された馬が嘶くと、私の体がフワッと浮かび上がりました。そして、そのまま馬の大きな背中に乗せられました。

 わあ、馬を触ったことは何度もありますけど、背中に乗るのは初めての経験です。お、思ったより高いのですね……ちょっと怖いですわ。

「サーシャ? 顔が引きつっているけど……怖いのかい?」
「す、少しだけ……馬に乗るのは初めてなものでして。それに翼があるということは、飛べるということですよね?」
「そうだね。でも大丈夫、どんな状況に陥っても俺が君を守るよ」

 レナード様は、頼もしい言葉を私に送ってくださった後、慣れた動きで馬の背中に乗り、手綱を握りしめました。

 その際に、私を後ろから抱きしめるような形になってくれたおかげで、さっきまで感じていた恐怖は無くなっていました。

「レナード様、行きましょう……この国の民を助けるため、私達の誓いを果たすため、そして……私達の幸せな未来を守る掴むために!」
「ああ、行こう! 俺達なら必ずできるさ!」
「はいっ!」

 私達の気持ちに反応して、白馬は走りだしました。そして、徐々に加速していって……大空へと駆け出していきました。
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