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第四十六話 幼い誓い
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■レナード視点■
当時から既に、今と変わらない優しさを持ち合わせていたサーシャは、すぐに俺の手当てをしようとしてくれた。
当然、俺は断った。いくら俺とあまり変わらない歳の子供とはいえ、それすらも信じられないほど、俺は人間不信になっていたんだ。
まあ、そんな俺の気持ちなどお構いなしに、サーシャは治療を始めたんだけどね。
まだ聖女として未熟ということもあり、一回の治療では俺の傷は癒えなかった。聖女の力を使うと起こる疲労で、サーシャはすぐに疲労困憊になっていた。
それでもサーシャは、決して治療を止めなかった。
もういいと何度も断っても、自分は聖女の卵なのだから、苦しんでいる人がいたら絶対に助けるんだの一点張りだったのを、鮮明に覚えているよ。
結局、その日は俺の治療は終わらず、サーシャは帰ることになったんだが……その時に、俺のことを教会の人に伝えると言ってきたんだ。
あの時の俺は、誰も信じられなかった。だから、その教会という所にいる人間も信じられなかった。だから、自分のことは黙っててくれと伝えたら、サーシャは渋々了承してくれた。
少しだけ楽になったのを感じながら眠り……翌朝になると、またサーシャはやってきた。その小さな両手を食べ物で一杯にしながら。
俺はまだ疑いながらも、自分が食べるために近場で採ってきた少量の果物と一緒に、その食事を食べた。あの時の食事ほどおいしかったものは、今後も登場しないだろうね。
そうそう。治療をしてくれたお礼に、果物を少し分けてあげようとした時に、自分は聖女として贅沢は出来ない、だから甘いものは食べられないと言っていたサーシャは、少し面白かったね。
どういうことかって? 言葉では拒絶しているのに、視線が果物に突き刺さっていたんだよ。小さくて可愛い口元には、うっすらとよだれも出ていたしね。
だから、俺は少し無理やり果物を食べさせたんだ。そうしたら、飛び上がるほど喜んでくれた。あの時は、人生で初めて異性のことを可愛い、愛おしいと思った瞬間だった。
おそらくその時の俺は、既にサーシャに対する警戒心は解けて、異性として意識し始めてたんだろう。
その気持ちは、毎日通い続けてくれて、治療や食料を分けてくれたサーシャと過ごすことで、どんどんと膨らんでいった。
……サーシャに出会うまでは、俺は自分を不幸にした国を恨み、国への復讐心で一杯だった。
しかし、献身的なサーシャを見て、いつの間にか復讐心は無くなっていた。その代わりに、サーシャを支えたい、一緒に幸せになりたいと思ったんだ。
俺の心に芽生えた恋心は、俺に思わぬ行動をとらせた。
ある日の夜、珍しく体の調子が良かった俺は、教会にいるサーシャに会いに行ったんだ。
そこで……俺は見てしまったんだ。教会の人間と思われる修道服を着た女性が、俺を追っている国の兵士と話をして、大金を貰っているところを。
一体どんな話をしていたのか、今では知る由もない。だが、当時の俺にとっては、その光景だけで十分だった。
俺がこのまま森にいれば、いつか教会や追っ手に見つかってしまう。そうなれば、俺は確実に消されるだろう。
それ以上に嫌だったのが、俺のせいでサーシャにも迷惑がかかることだ。そんなのは、俺の望まないことだった。
だから、断腸の思いで決めたんだ。サーシャと……別れることを。
翌朝、俺は事情があって森を離れることをサーシャに告げた。もちろん、俺が追っ手に追われていることや、国と教会が何かしらの繋がりがあることに関しては、一切話さなかった。
その話を聞いたサーシャは、まだ治っていないのに旅に出たら危険すぎるし、初めて出来た親しい人と別れたくないと、泣きじゃくった。
泣いているサーシャを見るのはつらかった。それでも、俺はサーシャを守るために、意思を曲げることはしなかった。
でも、これ以上サーシャを悲しませたくないし、離れたくないし、一緒に幸せになりたいと思うのも、俺の意志だった。
だから、俺はサーシャに誓ったんだ。必ず迎えに来る、そしてその時は結婚しようとね。
サーシャは驚きながら聞いてきた。自分は普通の子じゃないのに、本当に結婚してくれるのかと。
確かにサーシャが普通じゃないのは知っていた。なにせ、赤い目を持っているのは悪魔の子だというのは、田舎出身の俺ですら知っているくらい、有名な話だからね。
けど、そんなのは俺には関係なかった。たとえ悪魔の子だろうが、サーシャはとても優しくて魅力的で、素晴らしい女性だというのはわかってたからね。
それを話したら、サーシャは顔を真っ赤にして、クリッとした大きな目に沢山の涙を溜め込みながら、頷いてくれた。
それがあまりにも嬉しくて、必ず君を守り、幸せにすると誓った。まだ子供だというのに、我ながら大きく出たなと笑ってしまうね。
その時に、サーシャも俺にとあることを誓ってくれた。それが、聖女として立派になり、一人でも多くの人を助けるというものだった。今でもその誓いは、サーシャの中で生き続けているね。
俺達は誓い合い、再会を約束しながら抱擁をしてから、俺は再び長い逃亡の旅に出た。
――その後、俺は数年に渡って追っ手から逃げ続けていたんだが、ある日野盗に襲われている商人を発見した。
皮肉にも、俺は逃走の旅のおかげで、だいぶ体も魔法の力も鍛えられたから、野盗程度を追い払うのは簡単だった。
その商人は、クラージュ家に荷物を届ける途中だったそうで、こんな目に合うのはもう嫌だから、屋敷まで護衛してほしいと頼まれた。
丁度俺も金が無かったから、その護衛を引き受けて、クラージュ家に向かい……クラージュ家の当主、つまり義父上に初めてお会いした。
偉大なる魔法使いのアレクシア様の唯一の弟子である義父上には、会った瞬間に俺の体のことに気づかれてしまってね。そんな体で一人で旅をするなんて危険だと言われたんだ。
その気持ちは嬉しかったけど、俺はさっさと屋敷を後にしようとした。そんな俺に、義父上は思わぬ提案をしてきたんだ。
それは、クラージュ家の養子となって、この家で過ごさないかというものだった。
あまりにも突然すぎて、何か企んでいるのかと思ったけど、義父上にはそんな気持ちはサラサラなかった。それどころか、義父上は俺のことを知っていたんだ。
詳しくは知らないが、義父上は昔、国の中枢に関わる仕事をしていたそうで、この国で起きたことに関してはとても詳しいお方なんだ。だから、俺の村で起こった爆発事故や、生き残りの俺を始末しようとしていることもご存じだった。
全てを知っていてなお、どうして俺を始末しないで住まわせようとするのか、全く意味が分からなかった。だから、直接義父上に聞いたんだ。
そうしたら、義父上は俺の頭を少し乱暴に撫でながら仰ったんだ。たった一人で逃げ続け、苦しんでいる子供を救うのは、当然のことだ。それが納得できないのなら、今回の護衛の報酬ということにすればいいと、俺に都合のいい逃げ道まで義父上は用意してくれた。
ここまで知った上で、好意を無下にするのは申し訳ないと思い、俺はクラージュ家で生活するようになった。
ここで過ごすようになってから、追っ手が来なくなったんだ。きっと、義父上が何かしらの手を打ってくださったのだろう。
そのおかげで、俺はすくすくと体とサーシャへの想いを成長させ、社交界で君のことを見守り続けて……あとは君に以前話した通りの流れだ。
以上が、俺がどうして残滓を持っているのか、村を追われたのか、クラージュ家で世話のなるようになったかのお話さ。
当時から既に、今と変わらない優しさを持ち合わせていたサーシャは、すぐに俺の手当てをしようとしてくれた。
当然、俺は断った。いくら俺とあまり変わらない歳の子供とはいえ、それすらも信じられないほど、俺は人間不信になっていたんだ。
まあ、そんな俺の気持ちなどお構いなしに、サーシャは治療を始めたんだけどね。
まだ聖女として未熟ということもあり、一回の治療では俺の傷は癒えなかった。聖女の力を使うと起こる疲労で、サーシャはすぐに疲労困憊になっていた。
それでもサーシャは、決して治療を止めなかった。
もういいと何度も断っても、自分は聖女の卵なのだから、苦しんでいる人がいたら絶対に助けるんだの一点張りだったのを、鮮明に覚えているよ。
結局、その日は俺の治療は終わらず、サーシャは帰ることになったんだが……その時に、俺のことを教会の人に伝えると言ってきたんだ。
あの時の俺は、誰も信じられなかった。だから、その教会という所にいる人間も信じられなかった。だから、自分のことは黙っててくれと伝えたら、サーシャは渋々了承してくれた。
少しだけ楽になったのを感じながら眠り……翌朝になると、またサーシャはやってきた。その小さな両手を食べ物で一杯にしながら。
俺はまだ疑いながらも、自分が食べるために近場で採ってきた少量の果物と一緒に、その食事を食べた。あの時の食事ほどおいしかったものは、今後も登場しないだろうね。
そうそう。治療をしてくれたお礼に、果物を少し分けてあげようとした時に、自分は聖女として贅沢は出来ない、だから甘いものは食べられないと言っていたサーシャは、少し面白かったね。
どういうことかって? 言葉では拒絶しているのに、視線が果物に突き刺さっていたんだよ。小さくて可愛い口元には、うっすらとよだれも出ていたしね。
だから、俺は少し無理やり果物を食べさせたんだ。そうしたら、飛び上がるほど喜んでくれた。あの時は、人生で初めて異性のことを可愛い、愛おしいと思った瞬間だった。
おそらくその時の俺は、既にサーシャに対する警戒心は解けて、異性として意識し始めてたんだろう。
その気持ちは、毎日通い続けてくれて、治療や食料を分けてくれたサーシャと過ごすことで、どんどんと膨らんでいった。
……サーシャに出会うまでは、俺は自分を不幸にした国を恨み、国への復讐心で一杯だった。
しかし、献身的なサーシャを見て、いつの間にか復讐心は無くなっていた。その代わりに、サーシャを支えたい、一緒に幸せになりたいと思ったんだ。
俺の心に芽生えた恋心は、俺に思わぬ行動をとらせた。
ある日の夜、珍しく体の調子が良かった俺は、教会にいるサーシャに会いに行ったんだ。
そこで……俺は見てしまったんだ。教会の人間と思われる修道服を着た女性が、俺を追っている国の兵士と話をして、大金を貰っているところを。
一体どんな話をしていたのか、今では知る由もない。だが、当時の俺にとっては、その光景だけで十分だった。
俺がこのまま森にいれば、いつか教会や追っ手に見つかってしまう。そうなれば、俺は確実に消されるだろう。
それ以上に嫌だったのが、俺のせいでサーシャにも迷惑がかかることだ。そんなのは、俺の望まないことだった。
だから、断腸の思いで決めたんだ。サーシャと……別れることを。
翌朝、俺は事情があって森を離れることをサーシャに告げた。もちろん、俺が追っ手に追われていることや、国と教会が何かしらの繋がりがあることに関しては、一切話さなかった。
その話を聞いたサーシャは、まだ治っていないのに旅に出たら危険すぎるし、初めて出来た親しい人と別れたくないと、泣きじゃくった。
泣いているサーシャを見るのはつらかった。それでも、俺はサーシャを守るために、意思を曲げることはしなかった。
でも、これ以上サーシャを悲しませたくないし、離れたくないし、一緒に幸せになりたいと思うのも、俺の意志だった。
だから、俺はサーシャに誓ったんだ。必ず迎えに来る、そしてその時は結婚しようとね。
サーシャは驚きながら聞いてきた。自分は普通の子じゃないのに、本当に結婚してくれるのかと。
確かにサーシャが普通じゃないのは知っていた。なにせ、赤い目を持っているのは悪魔の子だというのは、田舎出身の俺ですら知っているくらい、有名な話だからね。
けど、そんなのは俺には関係なかった。たとえ悪魔の子だろうが、サーシャはとても優しくて魅力的で、素晴らしい女性だというのはわかってたからね。
それを話したら、サーシャは顔を真っ赤にして、クリッとした大きな目に沢山の涙を溜め込みながら、頷いてくれた。
それがあまりにも嬉しくて、必ず君を守り、幸せにすると誓った。まだ子供だというのに、我ながら大きく出たなと笑ってしまうね。
その時に、サーシャも俺にとあることを誓ってくれた。それが、聖女として立派になり、一人でも多くの人を助けるというものだった。今でもその誓いは、サーシャの中で生き続けているね。
俺達は誓い合い、再会を約束しながら抱擁をしてから、俺は再び長い逃亡の旅に出た。
――その後、俺は数年に渡って追っ手から逃げ続けていたんだが、ある日野盗に襲われている商人を発見した。
皮肉にも、俺は逃走の旅のおかげで、だいぶ体も魔法の力も鍛えられたから、野盗程度を追い払うのは簡単だった。
その商人は、クラージュ家に荷物を届ける途中だったそうで、こんな目に合うのはもう嫌だから、屋敷まで護衛してほしいと頼まれた。
丁度俺も金が無かったから、その護衛を引き受けて、クラージュ家に向かい……クラージュ家の当主、つまり義父上に初めてお会いした。
偉大なる魔法使いのアレクシア様の唯一の弟子である義父上には、会った瞬間に俺の体のことに気づかれてしまってね。そんな体で一人で旅をするなんて危険だと言われたんだ。
その気持ちは嬉しかったけど、俺はさっさと屋敷を後にしようとした。そんな俺に、義父上は思わぬ提案をしてきたんだ。
それは、クラージュ家の養子となって、この家で過ごさないかというものだった。
あまりにも突然すぎて、何か企んでいるのかと思ったけど、義父上にはそんな気持ちはサラサラなかった。それどころか、義父上は俺のことを知っていたんだ。
詳しくは知らないが、義父上は昔、国の中枢に関わる仕事をしていたそうで、この国で起きたことに関してはとても詳しいお方なんだ。だから、俺の村で起こった爆発事故や、生き残りの俺を始末しようとしていることもご存じだった。
全てを知っていてなお、どうして俺を始末しないで住まわせようとするのか、全く意味が分からなかった。だから、直接義父上に聞いたんだ。
そうしたら、義父上は俺の頭を少し乱暴に撫でながら仰ったんだ。たった一人で逃げ続け、苦しんでいる子供を救うのは、当然のことだ。それが納得できないのなら、今回の護衛の報酬ということにすればいいと、俺に都合のいい逃げ道まで義父上は用意してくれた。
ここまで知った上で、好意を無下にするのは申し訳ないと思い、俺はクラージュ家で生活するようになった。
ここで過ごすようになってから、追っ手が来なくなったんだ。きっと、義父上が何かしらの手を打ってくださったのだろう。
そのおかげで、俺はすくすくと体とサーシャへの想いを成長させ、社交界で君のことを見守り続けて……あとは君に以前話した通りの流れだ。
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