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第三十二話 師匠と弟子

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 レナード様と共に、アレクシア様のお部屋に着くと、様子を見に来た数人の使用人の方々に出迎えられました。

「とりあえず降ろしてくださいまし」
「ああ」

 お姫様抱っこから解放された後、アレクシア様の状態を確認しましたが、今はとても安定していているみたいで、静かに寝息を立てています。

「実は、不幸中の幸いともいうべきでしょうか……治療の中でアレクシア様の体を魔法で調べたら、いくつかの器官の動きが悪くなっているのを発見しました。このまま放っておいたら、どのみち長くない命でした」
「そんな……アレクシア様は、普段から治療をしていなかったのか?」
「はい……璃月実は……普段からアレクシア様は、ご自身のお体の不調は認知しておりました。しかし、治療は拒絶しておりました。本人曰く、自分は長く生き過ぎたから、これ以上生きるつもりはない、と……」
「えっ!? も、申し訳ございません! 私……聖女の魔力を使って、アレクシア様の体の器官を補ってしまいました!」

 心配で見に来てくださった使用人から話を聞いた私は、勢いよく頭を下げました。

 私は善意で治療を行いましたが、アレクシア様の気持ちを無視した、最低な行いではありませんか。

「お師匠様の? サーシャ、一体どういうことだ?」
「端的にお伝えしますと……気休め程度ではありますが、私の魔力がアレクシア様を延命させてしまったのです! まさか、ご自身の意志で治療をしていなかったとは知らずに……!」
「な~ん~だ~と~?」
「きゃあああああ!?」
「話は聞かせてもらったわい!」
「も、申し訳ございません! 申し訳ございません!」

 自責の念に苛まれていると、突然パチッと目を開けたアレクシア様が、目が見えていないはずなのに、まるで怨霊のようにゆらゆら揺れながら、私の両肩に手を乗せた。

 これ、絶対に怒られるやつですわ……! 私が罰を受けるのは構いませんから、レナード様達は許して――

「よくやった! ありがとう!」
「……え?」

 私の想像とは裏腹に、アレクシア様の口から出たのは、感謝の言葉だった。それはあまりにも予想外過ぎて、思わず足から力が抜けてしまいました。

「確かにワシは長生きしすぎて、もう生きるつもりは無かった。だから治療も受けなかった。そのせいで、既にワシの体はもう取り返しがつかなくなっていた。このままお迎えが来るまで待とうと思っていた。だが、ジェラールの息子が、ついに嫁を見つけてきたと聞いて、ワシはあと五年は生きて、結婚式と孫を見たい……そう考えを改めた。そこに、そなたがワシの命を救ってくれたというわけだ。感謝してもしきれんよ」
「…………」

 ……よかった、私のしたことは間違っておりませんでしたのね。レナード様やジェラール様にご迷惑をおかけしなくて済んで、安心しましたわ。

 それに、アレクシア様が生きることに前向きになってくれたことが、なによりも嬉しいです。

「アレクシア様、必ず私達は結ばれて幸せになりますわ。だから、その日が来るまで元気でいてくださいませ」
「うむ。レナード、こんな良い子はそうそうおらんからな、しっかりと近くで守ってやるのだぞ」
「もちろんです! 俺は一生をかけて、サーシャを守り続けますよ!」

 あ、改めてそんなカッコいいことを仰ったら、照れてしまいますわ……えへへ……顔がにやけるのを止められません……。

「お師匠様の無事も確認できましたし、パーティーは中止になりそうなので、我々は失礼させていただきます。お師匠様もお疲れでしょうし、サーシャも少し休ませないとなりませんので」
「そうか。それなら、この屋敷に客人用の部屋があるから、そこで休ませると良い。その間に、こちらで帰りの馬車の手配をしておくわい」
「ありがとうございます、アレクシア様! さあサーシャ、行こうか」
「はい――だ、だから自分で歩けますので!」

 私は再びお姫様抱っこで持ち上げられると、抵抗虚しくアレクシア様の部屋から運ばれてしまいました……。


 ****


■ジェラール視点■

「やれやれ、人様の家だというのに、我が息子ときたら……お師匠様、申し訳ございません」
「微笑ましくて、よいではないか。もしかしてジェラールは、彼らに喧嘩してもらいたいと申すか?」
「いえ、そのようなことは決して」

 相変わらず、お師匠様は私をからかうことがお好きなようだ。私も既に良い歳なのだから、子ども扱いをするのはやめていただきたいものだ。

「それにしても、まさかお師匠様の体調が、そこまで悪くなっているとは、思ってもみませんでした」
「我慢することにおいては、体に染みついておるからな。それは、そなたもそうだろう? 散々我慢をさせられて、結果的に切り捨てられたのだからな」
「…………ええ。弟子の時代から、あなたの冗談やお戯れに耐える日々を送っておりましたから」
「あのはなたれ小僧が、そんな冗談を言えるようになるとは、時の流れとは面白くもあり、恐ろしいものよ」
「お師匠様の弟子になったのが、今から五十年も前のことですからね。私も成長しますよ」

 お師匠様の言葉を借りる形になるが、時の流れは本当に恐ろしいものだ。歴代最強の宮廷魔術師とか、大魔法使いとか呼ばれ、いつまでも衰えないと思っていたお師匠様が、今ではこんなに小さく、衰えてしまっているのだから。

 かくいう私も、全盛期と比べると衰えていることは否めない。まだまだ若い者には負けるつもりは無いがな。

「そうだ、ジェラール。レナードのことはサーシャに伝えているのか?」
「本人に聞いてみましたが、言うつもりは無いとのことでした。私といたしましては、伝えた方が良いと考えているのですが、こればかりは当人の問題ですので」
「それもそうだが、レナードの体に刻み込まれたあれは、確実に大きくなっているのが見て取れた」
「それは、お師匠様の魔力でレナードを見た結果ですか?」
「左様。以前会った時の状況から計算するに、もう時間はあまり残っておらんだろう。下手したら、ワシの想定よりも長く持たないかもしれん」

 それは、私もわかっている。だからこそ、どうにかしてレナードの体が治るように、仕事で遠方に行くたびに、寝る間も惜しんで色々な薬を仕入れているのだが……結果が全く伴わないのが現状だ。

 だが、私は諦めるつもりは無い。想い続けていれば、いつか必ず報われる……必ずレナードを助ける方法がきっとあるはずだ。

「まあ、聡明なジェラールのことだから、ワシが老婆心を出さんでも、わかっておるか。いらん心配だったな」
「そのようなことはございません。お気遣いいただき、ありがとうございます」
「さて、そろそろそなたも戻るがいい。こんな老いぼれと話すよりも、大切な家族との時間を大切にしろ」
「お師匠様との会話も、私にとっては大切なものでございますが?」
「バカもんが、ワシとの会話など、何十年も腐るほどしたではないか」

 それは間違っていないが、だからといってお師匠様と話す機会を自ら捨てる理由にはならない。

 だが……お師匠様がそう仰るのだから、素直にその厚意に甘えよう。

「わかりました。では、本日はお暇させていただきます」
「うむ。ああ、言い忘れていたことがあったわい」
「なんでしょう?」
「風の噂で、最近そなたの仕事が随分と忙しいと聞いた。レナードのこともあるだろうが、少しは息抜きをせい。昔から、そなたは何でも根を詰めすぎなのだ」
「ははっ、この歳になってもお師匠様に心配されるようでは、私もまだまだですね」
「いくつになっても、ワシにとってそなたは唯一の弟子だ。心配するのは当然だろう」

 それは違いない。私も、レナードがいくつになっても、養子として迎え入れた時と変わらずに心配しているのだから。

「では、失礼します。またお会いできる日を楽しみにしております」

 私は、少しでも長くお師匠様が元気で過ごせるようにと願いを込めながら、お師匠様の前から去った――
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