11 / 69
第十一話 俺に残された時間が終わるまで
しおりを挟む
■レナード視点■
「サーシャ? どうやら気絶してしまったようだな……」
俺の腕の中にすっぽりと収まっている愛しのサーシャを見ながら、ぽつりと呟く。
いきなり唇を奪ったのだから、こうなってしまうのも無理はなかったか……これ以上サーシャへの気持ちが抑えきれなくて、ついしてしまったのは失敗だったかもしれない。
「それにしても、サーシャは寝顔も可愛いな。いくらでも眺めていられそうだ」
昔と比べて、とても大人びた顔立ちになったサーシャだが、寝顔は幼い頃の愛らしい雰囲気が残っている。
「よっと……か、軽すぎやしないか……?」
サーシャをベッドに寝かすために、お姫様抱っこをすると、その軽さに思わず驚いてしまった。
華奢な容姿をしているから、軽いのは想像に難くはなかったが、ここまで軽々と持ち上げられるのは想定外だった。
あれだけ劣悪な環境で生活をさせられていたのだから、昔からきっとまともに食事を与えられなかったのだろう。そう思うと、怒りでどうにかなってしまいそうだ。
「ふう、落ち着け……俺がここって怒ったところで、サーシャを起こしてしまうだけだ」
何度も深く深呼吸をして、溢れ出る怒りを胸の奥にしまい込むと、サーシャを俺の……いや、俺達のベッドへと優しく寝かし、その頬に優しくおやすみのキスをした。
「さてと。サーシャが少しでも聖女の仕事がしやすいように、どの地域から周るのが効率がいいか調べないと」
サーシャのために、俺が出来ることならなんでもやりたい。そのための第一歩……となるはずだったが、俺の気持ちを邪魔するかのように、胸の奥が異様に強く高鳴った。
「うぐっ……こんな時にか……!」
俺は急いで部屋を出ると、なるべく急いで、月明かりに照らされた屋敷の外に出た。
「うっ……ごほっ、ごほっ! はぁ……はぁ……」
咳の音がなるべく使用人やサーシャに聞かれないように、ハンカチで口を抑えて抵抗する。おかげで息苦しいし、ハンカチが血で汚れてしまったが、余計な心配をかけずに済むなら安いものだ。
「ごほっごほっ! 今日は随分と酷いな……」
激しい咳と全身の痛みに耐えながら、常備している小袋に入った薬を、乱暴な手つきで口に含む。水なしで飲めるのは良いが、苦くて仕方がないのが難点だ。
「くそっ……日に日に発作の間隔が短くなっている……血の量も増えている……俺に残された時間は、あまり多くないようだな……」
薬を飲んでも、すぐに発作は収まらない。日によって多少前後するが、いつも通りなら、少しの間大人しくしている必要がある。
だから、俺はサーシャの元に戻りたい気持ちをグッと抑えてから、庭にある木に寄りかかり、ぼんやりと夜空を眺めて時間を潰しはじめた。
「今日は綺麗な三日月だな……だが、三日月の美しさを持っても、サーシャの美しさの足元にも及ばないな」
そんなの大げさだって思う人間もいるだろうが、俺は至って真面目だ。なぜなら、俺は世界で一番美しくて、優しくて、気高くて……全ての要素を持った素晴らしい女性が、サーシャだと信じて疑わないものでね。
「サーシャ……君と一秒でも一緒に過ごすため、君の聖女の使命を果たす手伝いをするため、そして……君と幸せになるため、俺は頑張るよ」
サーシャを捜索している時から、もし一緒に過ごせるようになったら、残された人生は全て彼女に捧げようと誓っている。だから、俺はこの身が朽ちるまで、彼女を愛し続ける。
もちろん、俺に奇跡が起きた時は、この先何十年もあるだろう月日の中、毎日サーシャを愛し、一緒に笑顔で幸せな日々を送るつもりだけどね。
「……少し落ち着いてきたな。早く仕事を……と思ったが、今日のはいつも以上に酷かったから、無理して徹夜をしたら、さらに悪化する可能性も……仕方がない、明日はサーシャに休んで疲れを取ってもらって、その間に調べよう」
無理をすれば酷くなるのは、この頼りない足元が良い例だ。こんな生まれたての小鹿のような状態で、一体何が出来るのか。自分でもわからないくらいさ。
「――ただいま、サーシャ」
「すぅ……すう……うぅ……」
かなりゆっくりと部屋に戻ってくると、サーシャはベッドの上で、なんだか苦しそうな顔をしていた。
「やめ、て……治療します……だか、ら……叩かないで……ごめ、んなさ、い……ごめんなさい……ごめんなさい……」
……どうやら、かなり酷い悪夢を見てしまっているようだ。内容からして、まだ向こうの屋敷に住んでいる時のものだろう。
起こしてあげたいのは山々だが、こういう時に起こすのはあまり良くないと聞いたこともある……そうだ。
「サーシャ、大丈夫。俺がいるよ」
うなされるサーシャの前に寝転がると、サーシャの体をそっと抱き寄せる。そして、何度も大丈夫……大丈夫……と呟きながら、背中をリズムよく、そして優しくトントンと叩いていると、いつの間にかサーシャは気持ちよさそうな寝顔になっていた。
「うまくいったようだ。今度こそおやすみ、サーシャ」
さっきしたけど、もう一度だけお休みのキスをしてから、俺はサーシャを抱き抱えた状態のまま、眠りにつくことにした――
「なるほど、一緒に寝る緊張とはこれのことか……愛しの人が隣にいるなんて、ただ嬉しくて愛おしいだけだと思ったが……胸の鼓動がうるさい……これは眠れそうもないな……」
「サーシャ? どうやら気絶してしまったようだな……」
俺の腕の中にすっぽりと収まっている愛しのサーシャを見ながら、ぽつりと呟く。
いきなり唇を奪ったのだから、こうなってしまうのも無理はなかったか……これ以上サーシャへの気持ちが抑えきれなくて、ついしてしまったのは失敗だったかもしれない。
「それにしても、サーシャは寝顔も可愛いな。いくらでも眺めていられそうだ」
昔と比べて、とても大人びた顔立ちになったサーシャだが、寝顔は幼い頃の愛らしい雰囲気が残っている。
「よっと……か、軽すぎやしないか……?」
サーシャをベッドに寝かすために、お姫様抱っこをすると、その軽さに思わず驚いてしまった。
華奢な容姿をしているから、軽いのは想像に難くはなかったが、ここまで軽々と持ち上げられるのは想定外だった。
あれだけ劣悪な環境で生活をさせられていたのだから、昔からきっとまともに食事を与えられなかったのだろう。そう思うと、怒りでどうにかなってしまいそうだ。
「ふう、落ち着け……俺がここって怒ったところで、サーシャを起こしてしまうだけだ」
何度も深く深呼吸をして、溢れ出る怒りを胸の奥にしまい込むと、サーシャを俺の……いや、俺達のベッドへと優しく寝かし、その頬に優しくおやすみのキスをした。
「さてと。サーシャが少しでも聖女の仕事がしやすいように、どの地域から周るのが効率がいいか調べないと」
サーシャのために、俺が出来ることならなんでもやりたい。そのための第一歩……となるはずだったが、俺の気持ちを邪魔するかのように、胸の奥が異様に強く高鳴った。
「うぐっ……こんな時にか……!」
俺は急いで部屋を出ると、なるべく急いで、月明かりに照らされた屋敷の外に出た。
「うっ……ごほっ、ごほっ! はぁ……はぁ……」
咳の音がなるべく使用人やサーシャに聞かれないように、ハンカチで口を抑えて抵抗する。おかげで息苦しいし、ハンカチが血で汚れてしまったが、余計な心配をかけずに済むなら安いものだ。
「ごほっごほっ! 今日は随分と酷いな……」
激しい咳と全身の痛みに耐えながら、常備している小袋に入った薬を、乱暴な手つきで口に含む。水なしで飲めるのは良いが、苦くて仕方がないのが難点だ。
「くそっ……日に日に発作の間隔が短くなっている……血の量も増えている……俺に残された時間は、あまり多くないようだな……」
薬を飲んでも、すぐに発作は収まらない。日によって多少前後するが、いつも通りなら、少しの間大人しくしている必要がある。
だから、俺はサーシャの元に戻りたい気持ちをグッと抑えてから、庭にある木に寄りかかり、ぼんやりと夜空を眺めて時間を潰しはじめた。
「今日は綺麗な三日月だな……だが、三日月の美しさを持っても、サーシャの美しさの足元にも及ばないな」
そんなの大げさだって思う人間もいるだろうが、俺は至って真面目だ。なぜなら、俺は世界で一番美しくて、優しくて、気高くて……全ての要素を持った素晴らしい女性が、サーシャだと信じて疑わないものでね。
「サーシャ……君と一秒でも一緒に過ごすため、君の聖女の使命を果たす手伝いをするため、そして……君と幸せになるため、俺は頑張るよ」
サーシャを捜索している時から、もし一緒に過ごせるようになったら、残された人生は全て彼女に捧げようと誓っている。だから、俺はこの身が朽ちるまで、彼女を愛し続ける。
もちろん、俺に奇跡が起きた時は、この先何十年もあるだろう月日の中、毎日サーシャを愛し、一緒に笑顔で幸せな日々を送るつもりだけどね。
「……少し落ち着いてきたな。早く仕事を……と思ったが、今日のはいつも以上に酷かったから、無理して徹夜をしたら、さらに悪化する可能性も……仕方がない、明日はサーシャに休んで疲れを取ってもらって、その間に調べよう」
無理をすれば酷くなるのは、この頼りない足元が良い例だ。こんな生まれたての小鹿のような状態で、一体何が出来るのか。自分でもわからないくらいさ。
「――ただいま、サーシャ」
「すぅ……すう……うぅ……」
かなりゆっくりと部屋に戻ってくると、サーシャはベッドの上で、なんだか苦しそうな顔をしていた。
「やめ、て……治療します……だか、ら……叩かないで……ごめ、んなさ、い……ごめんなさい……ごめんなさい……」
……どうやら、かなり酷い悪夢を見てしまっているようだ。内容からして、まだ向こうの屋敷に住んでいる時のものだろう。
起こしてあげたいのは山々だが、こういう時に起こすのはあまり良くないと聞いたこともある……そうだ。
「サーシャ、大丈夫。俺がいるよ」
うなされるサーシャの前に寝転がると、サーシャの体をそっと抱き寄せる。そして、何度も大丈夫……大丈夫……と呟きながら、背中をリズムよく、そして優しくトントンと叩いていると、いつの間にかサーシャは気持ちよさそうな寝顔になっていた。
「うまくいったようだ。今度こそおやすみ、サーシャ」
さっきしたけど、もう一度だけお休みのキスをしてから、俺はサーシャを抱き抱えた状態のまま、眠りにつくことにした――
「なるほど、一緒に寝る緊張とはこれのことか……愛しの人が隣にいるなんて、ただ嬉しくて愛おしいだけだと思ったが……胸の鼓動がうるさい……これは眠れそうもないな……」
791
お気に入りに追加
1,972
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
本日より他人として生きさせていただきます
ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
令嬢は大公に溺愛され過ぎている。
ユウ
恋愛
婚約者を妹に奪われた伯爵家令嬢のアレーシャ。
我儘で世間知らずの義妹は何もかも姉から奪い婚約者までも奪ってしまった。
侯爵家は見目麗しく華やかな妹を望み捨てられてしまう。
そんな中宮廷では英雄と謳われた大公殿下のお妃選びが囁かれる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王太子妃よりも王弟殿下の秘書の方が性に合いますので
ネコ
恋愛
公爵令嬢シルヴィアは、王太子から強引に婚約を求められ受け入れるも、政務も公務も押し付けられ、さらに彼が侍女との不倫を隠そうともしないことにうんざり。まさに形だけの婚約だった。ある日、王弟殿下の補佐を手伝うよう命じられたシルヴィアは、彼の誠実な人柄に触れて新たな生き方を見出す。ついに堪忍袋の緒が切れたシルヴィアは王太子に婚約破棄を宣言。二度と振り返ることなく、自らの才能を存分に活かす道を選ぶのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結保証】ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ
ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
偽りの家族を辞めます!私は本当に愛する人と生きて行く!
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のオリヴィアは平凡な令嬢だった。
社交界の華及ばれる姉と、国内でも随一の魔力を持つ妹を持つ。
対するオリヴィアは魔力は低く、容姿も平々凡々だった。
それでも家族を心から愛する優しい少女だったが、家族は常に姉を最優先にして、蔑ろにされ続けていた。
けれど、長女であり、第一王子殿下の婚約者である姉が特別視されるのは当然だと思っていた。
…ある大事件が起きるまで。
姉がある日突然婚約者に婚約破棄を告げられてしまったことにより、姉のマリアナを守るようになり、婚約者までもマリアナを優先するようになる。
両親や婚約者は傷心の姉の為ならば当然だと言う様に、蔑ろにするも耐え続けるが最中。
姉の婚約者を奪った噂の悪女と出会ってしまう。
しかしその少女は噂のような悪女ではなく…
***
タイトルを変更しました。
指摘を下さった皆さん、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる