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第八話 どこまでも私を第一に

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「ふふっ……ふふふっ……サーシャ……俺の愛しのサーシャ……」

 愛の告白をされてから間もなく、私はレナード様に肩を抱かれながら、終始ニコニコしているレナード様のお顔を眺めていました。

 ずっと冷たい人だと思っていたレナード様が、まさかこんなに明るくて、私の事を愛してくれていただなんて……先日までの私に聞かせても、絶対に信じなかったでしょうね。

「サーシャ……あっ!」
「どうかなさいましたか?」
「俺としたことが、浮かれすぎてずっと呼び捨てに……それに、ずっとくっついて……!」
「そんな、お気になさらず。人と触れあうことなんてほとんどなかったので、その喜びと暖かさを噛みしめていたところですわ。それに、呼び方や話し方も、ご自由になさってください」
「そ、そうですか? では……サーシャ」
「はい」

 ただ名前を呼ばれただけなのに、なんだかとてもくすぐったいけど、心が暖かい。こんな気持ち初めて……いえ、きっと昔の私も、こんな気持ちだったのでしょう。

「サーシャも、昔のように俺をレナくんと呼んでも良いんだよ?」
「えぇ!? 昔の私、そんな呼び方をしていたのですか!?」
「ああ、そうだよ。あの時の無垢で元気なサーシャは、とても素敵だった。もちろん今の清楚でお淑やかなサーシャも、心の底から愛しているよ」
「っ……あ、ありがとう……ございます。その、呼び方に関しては検討しておきますわ……」

 今日一日だけで、どれだけの愛情を貰ったのでしょうか? 過剰摂取をし過ぎて、眩暈がしてまいりましたわ……。

 このままでは、まだまだ愛情を注いでくれそうなので、少々話題を変えた方が良さそうですわね。

「あの、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「なにかな?」
「あなたのお気持ちはとても伝わりました。ですが、どうして社交界では私に冷たくしていたのですか? てっきり、嫌われてるとばかり……」
「なるべく、君に注目されないように、わざと冷たい態度を取っていたんだ」
「……?」

 どういうことでしょうか? 注目されない必要が、どこにあったのでしょう?

「俺がこの家で生活するようになり、とある日の社交界に出席した日、君が社交界にいたのを見かけたんだ。その時は、自分の目を疑ったよ。まさか、こんな所で再会できるとは……とね。しかし、声を掛けられなかった」
「どうしてですか?」
「もう既に、君は聖女として忙しい日々を送っていたし、婚約者もいた。俺が君に接触したら、きっと君の邪魔をしてしまう……俺達が交わした誓いは、果たすのはもう不可能だ。そう自分に言い聞かせた俺は、冷たい態度を取りつつ、君を陰から見守っていたんだ」

 まさか、ご自身の気持ちを押し殺してまで、私のことを考えて……?

「そんな驚いた顔をする必要はないよ。俺にとって、君と幸せになることも大切だが、君が幸せになることが一番だからね」

 このお方は、どれだけ私のことを想ってくれているのでしょうか? どれだけ私のことを愛してくれているのでしょうか?

 自分で言うのもなんですが、そこまでしていただくほど、自分に魅力があるとは思えませんわ。面白いわけでもありませんし、特別美人というわけでもありませんし……なんなら悪魔と呼ばれておりますし……。

「だから、君が国のお抱えの聖女の座から降ろされたことや、婚約破棄をされたと聞いた時は驚いたよ。そして、今なら迎えに行っても良いと思ったんだ。ははっ、卑怯者だろう?」
「そんなこと、絶対に思いませんわ!」
「ありがとう。それで、いざメルヴェイ家に挨拶に伺ったら、君は失踪したと聞いてね。劣悪な環境にいることも知ったんだ。このままでは、君の身が危険だ! そう思い、急いで捜索願を出して……今に至るというわけさ」

 私の知らないところで、そんなことがあったのですね。すぐに私のことを探してくださったレナード様には、感謝の言葉もございません。

「レナード様、少々よろしいでしょうか?」
「ん? ああ、入ってくれ」

 控えめなノックと共に部屋に入ってきたのは、お年を召した男性の使用人だった。くっついたままの私達を見て、とても微笑ましそうに笑っている。

 ……レナード様、他のお方がお越しになられたのですから、解放していただけないでしょうか……さすがに恥ずかしいですわ。

「お食事の準備が出来ましたので、ご連絡を差し上げに参りました」
「ありがとう。ここに運んでもらっていいかな?」
「かしこまりました」

 男性が答えてから間もなく、まるですでにここに運ぶ準備していたかのように、料理が乗せられたワゴンを持った使用人がやってきた。

 わぁ、とってもおいしそうですわ……って、私の食事ではないのですから、あまりジッと見ていては失礼……なんだか、ワゴンの数が多いような?

「あ、あの……レナード様……?」

 私が目を白黒させている間に、どんどんと料理が部屋の中に運ばれてきて……いつの間にか、この部屋にある大きなテーブルを埋め尽くすほどの、多種多様の料理がズラッと並んでおりました。

「れ、レナード様は、随分と沢山お食べになるのですね」
「ははっ、さすがに一人でこの量は食べられないよ。これは君の分もあるからね」
「わ、私の!? こんなにたくさんの料理を!?」
「とてもお腹をすかせているかもと思ってね」

 確かに屋敷を出てから、あまり食べておりませんので、お腹はすいております。なんなら、屋敷にいる時から、まともな食事を食べさせてもらった経験がございません。

 なので、こんなおいしそうで豪勢な食事を前にしたら、無意識にお腹と喉が鳴ってしまいました。

 やだっ、恥ずかしい……今の音、聞かれてないでしょうか……?

「レナード様、こんなに用意していただいたのは、とても感謝しておりますが……さすがに食べきれないかと……」
「大丈夫、無理して食べる必要はないからね。そうだ、俺が食べさせてあげよう!」
「お、お気持ちだけで十分なので!」
「そ、そんな……そうだよね、余計なお世話だよね。申し訳なかった……」

 まるでこの世の終わりかのように落ち込むレナード様。そこまで私に食べさせたかったのでしょうか……なんだか申し訳なく思えてきましたわ。

「そんなに落ち込まないでください……その、一回だけなら……」
「っ!? 本当かい!? ああ、俺に任せてくれ! どれが食べたい?」
「で、では……このスープで」
「これだね! 熱いから気を付けるんだよ。はい、あーん」
「あーん……はふっ」

 事前に注意されたにもかかわらず、熱さに負けて変な声が出てしまいました。でも、優しい野菜の甘みを感じる、おいしいスープです!

「こんなおいしいもの、生まれて初めて食べましたわ!」
「それはなによりだ。さあ、好きに食べてくれ。あ、それともまた食べさせてあげようか?」
「そ、それはまたの機会に!」

 私は生まれて初めて、自分の食欲に全てを任せて食事を食べ進める。パンやお魚料理、お肉料理、野菜を使った料理……どれも絶品で、食べるたびにほっぺたが落ちそうになりますわ。

「レナード様は、いただかないのですか?」
「え、俺も食べるよ?」
「そのわりには、さっきから食べておりませんが……」
「それは仕方がないさ。君が何かを口にするたびに、本当に幸せそうな顔をするんだから。それをしっかり見て、一生忘れないように頭に刻み込むのに必死でね」
「うっ……うぅ~……恥ずかしいですわ……」

 なんだか、今日は愛情過多の他にも、恥ずかしさもたくさん摂取している気がします……でも。

「サーシャは本当に愛らしいなぁ……ふふっ……どれだけ俺を夢中にさせるんだ?」

 こんな嬉しそうなレナード様を見ていると、恥ずかしさよりも、嬉しさの方が勝りますわ。

 ――なんてことを考えながら食べておりましたが、さすがにもうお腹がいっぱいになってしまいました……食べ過ぎるとお腹がポッコリと出るというのは、本当なのですね。

「満足してもらえたかな?」
「はい、大満足です! このお礼は、必ずさせてください!」
「そんな大げさな! 気にしなくていいさ!」
「そういうわけにはまいりませんわ!」
「サーシャは律義だね。そうそう、デザートもいくつか用意したんだけど、どうだい?」
「で、デザート!?」
「ははっ、目の色が変わったね。すぐに用意させるから待っててくれ」

 そう言うと、レナード様は一旦部屋の外へと出ていった。

 デザートということは、もしかしたら、甘いものが出てくるかもしれません。そう思うと、思わずソワソワしてしまいます。

 実は私、甘いものが大好きで大好きで! 幼い頃から、聖女として甘味に酔いしれていてはいけないと言われて、甘いものは食べない生活をしていたのですが……たまたま果実を少し食べる機会がありまして。それを食べた時の衝撃は、今でも覚えております。

 それ以来食べておりませんから……何年振りかわからないくらいの甘いものですわ! ど、どうしましょう……よだれが出ちゃいそう……早く拭きませんと。レナード様、今だけはお戻りにならないでくださいませ!

「ふう、無事に拭けましたわ……さあ、デザート! デザート! うふふ……誓い合った相手と再会できて、レナード様と婚約をして、ずっと憧れだったデザートを食べられて……こんなに幸せになっても良いのかしら……!?」

 きっと良いに違いないわ。レナード様から頂いた幸せや愛情を、私の聖女の魔法の力に変えて、沢山の人を助ければいいんだもの!
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