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第三話 広い世界への旅立ち
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お義父様から衝撃的な話を聞いてから三日後の夜中、私は国のお抱えの聖女として、無事に最後の一人まで治療を終えた後、部屋に置かれたボロボロのベッドの上に、静かに座っていました。
「……この小屋ともお別れですわね」
ボロボロのベッドとテーブル、そしてツギハギだらけの服が何着かしまわれているクローゼットを眺めていたら、少しだけ感傷に浸ってしまいました。
こんな劣悪な環境ですが、住んでみると愛着が湧くものです。実際に、お義父様や屋敷の方々との別れよりも、この小屋との別れの方が名残惜しいくらい。
「さあ、行きましょう。さようなら、お義父様、ルナ。あとはお好きにしてください」
なるべく目立たないように、クローゼットの中にあった、一番まともな服を身にまとった私は、物音を立てないように小屋を後にしました。
行くあてなんてありません。お金だって全くありません。ですが、こんな所にいるわけにはまいりませんもの。
「確かここに……ありましたわ」
小屋のすぐ近くにあった木に登り、なんとか屋敷の塀を乗り越えると、月明かりを頼りに進んで行きます。
木登りなんて、生まれて初めての経験でしたが、必要に迫られると、案外できるものですのね。
「暗いですわ……魔光石の一つでも持ってくるべきだったかしら……」
暗いところを照らせれば動きやすくはなりますが、そんなものを持ちながら、塀を超えられたとは思えませんし、屋敷の見回りに見つかったら元も子もございません。きっとこれが正解でしょう。
「はぁ……ふぅ……か、体が重い……まだ昼間に治療した影響が残っておりますわね……」
疲れている状態で慣れないことをしているせいで、自分が思ってる以上に体が悲鳴を上げておりますが、泣き言なんて言っていられません。
「こんな所で立ち止まってたら、あなたに笑われてしまいますわよね」
私はその場で足を止め、満天の星空を眺めながらぽつりと呟く。
――私がここまで聖女の活動にこだわる理由。それは、もちろん苦しんでいる民を助けるためでもありますが、もう一つ……とあるお方との誓ったことが関係している。
そのお方のことは、なぜか顔も名前も覚えておりませんが……そのお方と交わした誓いだけは覚えております。
その誓いとは、再び出会う時までに聖女として立派になり、多くの人を助けるというもの。
それと……もう一つ、とてもとても大切な誓いを交わしたはずなのですが、どうしても思い出せません。まるで、記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったかのようです。
この記憶に限らず、私には幼い頃の記憶がほとんどありません。気づいた時には教会で過ごしていて、聖女の力についての勉強をしておりました。
思い出したいのに、どうして思い出せないのでしょうか……もしかしたら、この旅でそのお方と再会して、忘れていたことを思い出せるかも……なんて、この広い世界で名前も顔も知らないお方と再会できるなんて、無理がございますね。
「考えていても仕方がありませんし、出来る範囲まで進んだら、今日は野宿をしましょう」
木登りだったり野宿だったり、今日は初めてのことが沢山です。もちろん、緊張や不安はありますが、新しいことにワクワクしている自分もおりますわ。
「この辺りにしましょう」
森と呼ぶには、些か木が少ない道にあった木の幹を、背もたれにするようにして座りました。
すると、足元に何かの果実が落ちていることに気が付きました。
「……ごくりっ……お、おいしいのかしら……?」
変なものを食べてお腹を壊したらとおもうと、正直気が引けてしまいますが……空腹ですし、なにより甘いものが大好きなので、我慢が……ええい!
「ぱくっ! もぐもぐ……っ!?」
一口で果実を食べた私に、大事件が起こりました。
「しゅ、しゅっぱ~い……!」
うぅ、この果実は甘いものではなく、すっぱいものだったんですの。この不意打ちは酷すぎますわ……私は甘い果実が食べたかったですわ。
「い、いえ……せっかく命をいただいているのですから、悪態をつくなんて失礼ですわね。もぐもぐ……うぅ……もぐもぐもぐ!」
終始涙目になりながらも、なんとか果実を食べきることが出来ました。少しだけお腹も膨れたことですし、今日のところは休みましょう。
幸いにも、辺りには落ち葉が沢山落ちているので、これを集めれば簡易ベッドにはなるでしょう。
「こんな感じでよろしいかしら。早速寝心地を……あら……? 葉っぱのベッド、思ったよりも悪くありませんわ!」
元々使っていたベッドを基準にしているせいか、葉っぱのベッドの快適さに驚いてしまいました。これならよく眠れそうですわ。
「念の為、この辺りに結界を張ってっと……これでよし。明日は良いことがありますように……」
明日への希望を願う言葉を呟きながら、私は初めて外の世界で夢の世界に旅立ちました――
「……この小屋ともお別れですわね」
ボロボロのベッドとテーブル、そしてツギハギだらけの服が何着かしまわれているクローゼットを眺めていたら、少しだけ感傷に浸ってしまいました。
こんな劣悪な環境ですが、住んでみると愛着が湧くものです。実際に、お義父様や屋敷の方々との別れよりも、この小屋との別れの方が名残惜しいくらい。
「さあ、行きましょう。さようなら、お義父様、ルナ。あとはお好きにしてください」
なるべく目立たないように、クローゼットの中にあった、一番まともな服を身にまとった私は、物音を立てないように小屋を後にしました。
行くあてなんてありません。お金だって全くありません。ですが、こんな所にいるわけにはまいりませんもの。
「確かここに……ありましたわ」
小屋のすぐ近くにあった木に登り、なんとか屋敷の塀を乗り越えると、月明かりを頼りに進んで行きます。
木登りなんて、生まれて初めての経験でしたが、必要に迫られると、案外できるものですのね。
「暗いですわ……魔光石の一つでも持ってくるべきだったかしら……」
暗いところを照らせれば動きやすくはなりますが、そんなものを持ちながら、塀を超えられたとは思えませんし、屋敷の見回りに見つかったら元も子もございません。きっとこれが正解でしょう。
「はぁ……ふぅ……か、体が重い……まだ昼間に治療した影響が残っておりますわね……」
疲れている状態で慣れないことをしているせいで、自分が思ってる以上に体が悲鳴を上げておりますが、泣き言なんて言っていられません。
「こんな所で立ち止まってたら、あなたに笑われてしまいますわよね」
私はその場で足を止め、満天の星空を眺めながらぽつりと呟く。
――私がここまで聖女の活動にこだわる理由。それは、もちろん苦しんでいる民を助けるためでもありますが、もう一つ……とあるお方との誓ったことが関係している。
そのお方のことは、なぜか顔も名前も覚えておりませんが……そのお方と交わした誓いだけは覚えております。
その誓いとは、再び出会う時までに聖女として立派になり、多くの人を助けるというもの。
それと……もう一つ、とてもとても大切な誓いを交わしたはずなのですが、どうしても思い出せません。まるで、記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったかのようです。
この記憶に限らず、私には幼い頃の記憶がほとんどありません。気づいた時には教会で過ごしていて、聖女の力についての勉強をしておりました。
思い出したいのに、どうして思い出せないのでしょうか……もしかしたら、この旅でそのお方と再会して、忘れていたことを思い出せるかも……なんて、この広い世界で名前も顔も知らないお方と再会できるなんて、無理がございますね。
「考えていても仕方がありませんし、出来る範囲まで進んだら、今日は野宿をしましょう」
木登りだったり野宿だったり、今日は初めてのことが沢山です。もちろん、緊張や不安はありますが、新しいことにワクワクしている自分もおりますわ。
「この辺りにしましょう」
森と呼ぶには、些か木が少ない道にあった木の幹を、背もたれにするようにして座りました。
すると、足元に何かの果実が落ちていることに気が付きました。
「……ごくりっ……お、おいしいのかしら……?」
変なものを食べてお腹を壊したらとおもうと、正直気が引けてしまいますが……空腹ですし、なにより甘いものが大好きなので、我慢が……ええい!
「ぱくっ! もぐもぐ……っ!?」
一口で果実を食べた私に、大事件が起こりました。
「しゅ、しゅっぱ~い……!」
うぅ、この果実は甘いものではなく、すっぱいものだったんですの。この不意打ちは酷すぎますわ……私は甘い果実が食べたかったですわ。
「い、いえ……せっかく命をいただいているのですから、悪態をつくなんて失礼ですわね。もぐもぐ……うぅ……もぐもぐもぐ!」
終始涙目になりながらも、なんとか果実を食べきることが出来ました。少しだけお腹も膨れたことですし、今日のところは休みましょう。
幸いにも、辺りには落ち葉が沢山落ちているので、これを集めれば簡易ベッドにはなるでしょう。
「こんな感じでよろしいかしら。早速寝心地を……あら……? 葉っぱのベッド、思ったよりも悪くありませんわ!」
元々使っていたベッドを基準にしているせいか、葉っぱのベッドの快適さに驚いてしまいました。これならよく眠れそうですわ。
「念の為、この辺りに結界を張ってっと……これでよし。明日は良いことがありますように……」
明日への希望を願う言葉を呟きながら、私は初めて外の世界で夢の世界に旅立ちました――
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