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第百七話 真っ直ぐな気持ち

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「えっ……?」
『もっと悲鳴を上げて苦しむ姿を堪能するか、さっさと殺してこの激情を発散してやろうかと思ったが……興が削がれた』

 クレシオン様は、まるで憑き物が落ちたかのように大人しくなった。それに伴い、私達を襲っていた激痛は完全に無くなった。

「エリン、大丈夫か?」
「はい。オーウェン様こそ大丈夫ですか? 私のせいで巻き込んでしまって、なんてお詫びすればいいか……」
「いいんだ。エリンが無事なら、それでいい」
「うぅ、オーウェン様……!」

 私の頭を優しく撫でるオーウェン様の胸に中に飛び込むと、背中に手を回して強く抱きしめてくれた。

 一時はどうなることかと思ったけど、確実に事態は収束に向かっている。本当に……本当に良かった……!

『……ふん』

 クレシオン様は、小さく息を漏らしながら、右手を天高く掲げると、パチンッ! と指を鳴らす。すると、あの禍々しい様子だった繭が崩れ始め、跡形もなく消えた。

『俺の呪いは解いた。これでアンデルクを蝕む病の力は、急速に弱まる。同時に、薬に対する抵抗力も格段に落ちただろう』
「それじゃあ、私の作っていた石化病の薬でも治るんですか!?」
『それは知らん。あとは貴様達で何とかするといい。それくらい出来るだろう?』

 クレシオン様に問いかけられた私とオーウェン様は、力強く頷いた。

 投げやりな言い方ではあったけど、否定しないということは、治る可能性は大いにあるということね。早く元の世界に戻って、薬を作らないと!

『ちょっと、なんでそんなに丸投げなのよ! ちゃんと皆を治しなさいよ!』
「ファファル、落ち着いて。私たちは大丈夫だから。クレシオン様、許してくださって、ありがとうございます!」
『……俺に礼を言うなんて、おかしな人間だ……貴様らのような人間が少しでも増えれば、こんな怒りを抱かずに済んだのかもしれないな……』

 どこか遠い目をしながら、クレシオン様は煙のように姿を消した。

 ……まだ油断は出来ないけど、さすがに疲れちゃったわ……少しだけ休憩させてもらおう。

『はぁ、無事に終わったから良かったものの……アルブ、どうして手を出さなかったの!? それどころか、あたしが助けようとしたのを止めたよね!?』
『人間達が、必死にクレシオンに向き合おうとしているのを、我らが邪魔する必要もあるまい。それに、あの二人なら……どんな困難でも乗り越えられると確信していた』
『なにさ、カッコつけちゃって! まあ、あたしも信じてたけど……やっぱり心配だし、助けたくなっちゃうよ』
『それがファファルの考えなら、我に口出しする権利はない』

 何も知らない人が聞いたら、アルブ様は傍観者に徹しているだけの様に聞こえるけど、本当に危なくなったら、助けに来てくれたような気がするわ。

 なぜかって? アルブ様は真面目で、ちゃんと借りは返そうとする義理堅さも持ち合わせている、素晴らしい精霊様だからよ。

「二人共、信じてくれてありがとう」
「俺からも礼を言わせてほしい。色々と本当にありがとう」
『気にしなくていいよ! それよりも、ほら!』

 クレシオン様がいたところから緑が生まれ、辺り一面がとても美しい森の中へと変化した。それにつられてか、周りから色々な精霊が出てきた。

 私達のような人型の精霊もいるし、ファファルのような小さな精霊もいる。アルブ様のような植物の精霊もいるし、動物や虫の精霊もいて、一気ににぎやかになった。

「わぁ……精霊様が沢山……!」
「これが本来の精霊の世界の姿なんだな」

 私達の目的は、あくまでもアンデルクの民を助けることだけど、結果的に精霊様の国を助けられて、本当に良かったわ! 精霊様だって、助けられるなら助けたいもの!

『さて、これで借りは返した。我は森に帰るとしよう』
「本当にありがとうございました、アルブ様!」
「心より感謝させていただきたい。そうだ、ここに来る前にいただいた葉っぱは、お返しした方がいいだろうか?」
『不要だ』

 このまま立ち去るのかと思いきや、私とオーウェン様の足元から、にゅるっと木の根っこが生えてきて、私達の手の辺りで止まった。

 これって、握手ってことで良いのよね? わぁ、やっぱり木の根っこだから硬いけど、ほんのりと暖かさもあって、不思議な感覚だ。

『さらばだ』

 その言葉を最後に、アルブ様は地面の中にもぐって消えてしまった。

 アルブ様、助けてくれてありがとうございます。このご恩は、いつかお返しさせてくださいね。

『あたしもそろそろ帰るよ。あ、ちゃんと元の世界には戻してあげるから、安心してね』
「ファファル、今回も助けてくれて本当にありがとう」
『お礼なんていいって! あたしたち、友達なんだからさっ!』
『ファファル!』
『だ、だからハグは加減してよ~! って……あんまり痛くない!』
「さすがに私だって学ぶわよ」
「ふっ……なんだか二人は、友達でもあり、中の良い姉妹みたいだな」

 それは自分でも思っていることだったりする。ファファルは面倒見がいいお姉ちゃんって感じで、話していて楽だし、頼りになるの。もちろん、オーウェン様だってとっても頼りになるんだから!

『ささっ、帰り道はこっちだよ~』

 ファファルの案内で連れていかれた場所は、小さな泉だった。

 しかし、ただの泉ではない。まるで炭酸水が爆発したかのように、シュワシュワした泡のような物が、泉から空に向かって出続けているの。

 これはこれで幻想的で好きだわ。音が結構大きいから、オーウェン様とのデートにはちょっと向いてないかもしれないけどね。

 ……こんなことを考えられるくらいには、気持ちに余裕が出てきたみたいだ。

『このシュワシュワに飛び込めば、元の世界に帰れるよ。あ、何かやり残しはある? 帰ったら、ここにはもう戻れないよ! まあ、何か持って帰ったりとかは出来ないけどさ』
「私は大丈夫。オーウェン様は?」
「俺も問題ない。なぜなら、ファファル殿も、アルブ殿にも、クレシオン殿にも、会おうと思えば会えるからな」
『ふふっ、クレシオンはわからないけど、あたし達は大歓迎よ! でも、次に会う時は二人の愛の結晶なんかを見せてくれると嬉しいな~』
「ふぁ、ファファル!?」
『なーんてね! それじゃ!』

 突然のファファルの発言に反論をする前に、私達はファファルに押されてシュワシュワの中に入った。

『元気でね~!! また会おうね~~!!』
「ファファルも元気で!」
「皆によろしく言っておいてくれ!」

 泡のせいで見えにくいけど、確かにファファルは、体を大きく使って手を振り、私達への別れの挨拶をしていた。

 それに負けないように、私はオーウェン様と手を固く繋ぎながら、大きく手を振っていると、いつの間にか意識を失っていた――
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