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第百六話 あなたと一緒なら

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 どうしてここにオーウェン様がいるの? ああ、そうか。死ぬ前に見る走馬灯ってやつね……幻とはいえ、最後にオーウェン様に出会えてよかった……。

「しっかりしろ、エリン!」
「うぅ……」

 走馬灯のはずなのに、オーウェン様の熱を感じる。体も強く揺さぶられている気がする。走馬灯って、こんなにリアルなのね……死ぬ前に変な発見をしちゃったわ。

『意識が混濁しているようだ。人間、そこを退け』

 最後にオーウェン様の顔を胸に刻んでおこうと思い、ボーっと見つめていると、木のオバケが視界に入ってきた。しかも、その木の葉っぱから緑色の光が溢れだし、私の体を包み込んだ。

 ……これが空へのお迎え方法なのかしら。もっと天使みたいな可愛いものが来ると思っていたんだけど……木のオバケだなんて、ちょっと変なような……あ、あれ?

「……体が、痛くない……?」
「エリン!」
『エリンちゃん!』

 さっきまで、確かに体中にありとあらゆる痛みがあったというのに、今は全く痛みがない。それどころか、薄れていた意識が、今ははっきりしている。

「オーウェン様……ファファル……それに、アルブ様まで……」
「大丈夫か!?」
「は、はい……」
「そうか……間に合ってよかった……!」
『ぐすっ……よがっだ~!』

 何がどうなったのか全然わからないまま、オーウェン様とファファルに抱きつかれてしまった。

 まあ……理由なんて今はあまり関係ない。大切な友達を安心させられたし、また愛する人に会えたことを素直に喜ぼう。

『バカな!? 俺の怒りと憎しみによる痛みに耐えただと!?』
『哀れな。怒りで状況判断も出来なくなったか、クレシオン』
『アルブ……! そうか、貴様の再生能力か!』
『そうだ。我の森を再生する力を応用し、崩壊したエリンの精神を修復したのだ』

 余裕たっぷりに答えるアルブ様とは対照的に、クレシオン様は忌々しそうに舌打ちをする。

 アルブ様にそんな力があるだなんて。本当に精霊という存在は不思議で一杯だ。

「でも、オーウェン様はどうやってこの世界に来たんですか? それに、どうしてここがわかったんですか?」
『実はね、エリンちゃんを連れてくる時に、彼も一緒に連れてきたの。でも、あたしのミスでエリンちゃんと違う場所に送っちゃって……だから、アルブが探しに行ってくれたのよ』

 そういえば、アルブ様が別れ際に迷子探しと言っていたけど、それってオーウェン様を探しに行ってくれていたのね。

『それで、見つけたらすぐ合流できるように、あたしの種をアルブに渡しておいたの! エリンちゃんも知ってるでしょ?』
「前に私にくれた種のことよね? そっか、それでこっちの状況が伝わっていたってことね」
「そういうことだ。クレシオンといったな。種を通して、あなたの話は全て聞いていた。その心情も理解できないとは言わない。だが……それがエリンやアンデルクの民を傷つけていい道理にはならない!」

 オーウェン様は遠慮なしに、クレシオン様に向かって剣を振り抜く。しかし、クレシオン様の体は、姿を現した時のように紫色の煙となって攻撃を避けた。

『無駄だ。先程は不意を突かれたが、そのような二流の剣では、俺に触れることは二度と叶わん』
「二流だと? 言ってくれる……!」
「ま、待ってください!」

 このまま放っておいたら、本格的に争いに発展してしまう。そう思った私は、二人の間に割って入った。

「元はといえば、私が悪いんです! 私が城を出たのが原因なんです!」
「それは、カーティスがエリンを利用していたからだろう? だが、それを言っても彼には理解されない。だから……斬るしかないんだ」
「ダメです! クレシオン様だって、被害者なんです!」

 確かにクレシオン様は、多くの人を巻き込んだわ。でも、クレシオン様だって好き好んでそんなことをしたわけじゃない。契約を破られて、酷いことまでされたから、こんなに怒っているだけなんだ。

「私が、クレシオン様の怒りと憎しみを肩代わりすればいいだけなんです!」
「ふざけるな! そんなの、俺が絶対に許さない!」
「でも、これ以外に方法はありません!」
「……方法ならある! あなたの怒りをエリンではなく、俺にぶつけろ!」
「え、えぇ!?」

 い、一体何を言っているの!? これは私が引き起こした問題なんだから、オーウェン様が苦しむ必要は無い!

「ダメです! これは私への罰なのですから!」
「ならその罰は、俺も共に背負う! さあ、早く俺にぶつけろ!」
『……ふんっ、俺に刃を向けるその胆力に、強い覚悟……面白い。後悔するなよ?』
「うっ……ぐぁぁぁぁぁ!?」
「オーウェン様!!」

 私の時と同じ様に、オーウェン様の体を紫色の煙が包み込む。そして、同じ様にオーウェン様も苦しみ、その場でもがき始めた。

 い、いやだ……オーウェン様が苦しむ姿なんて、見たくない!

「やめてください! やるなら私にしてください!」
『ふっ……お望みなら、再び極限の痛みをくれてやろう!』
「うぐっ……!!」

 オーウェン様にもクレシオン様の感情が行っているおかげか、さっきほどの痛みはない。とは言っても、その痛み自体は想像を絶するもので……思わずうずくまってしまった。

 い、痛い……痛すぎて、息が苦しい……けど! ……泣き言なんて言っていられない!

「しっかりしろ……! 大丈夫だ、俺がついてる! 一緒にこの罰を乗り越えて、皆を助けよう……!」
「は、はい……!」

 オーウェン様は、私を励ましながら、うずくまる私の肩を抱いた。

 きっと、私と同じくらい……いや、下手したら私よりも痛みが酷いかもしれないのに、私のことを心配して、励ましてくれて……どこまでも優しい方だ。

 ……不思議ね。痛みは和らいでいないのに、オーウェン様に励まされただけで、体に力が湧いてくる。この困難にも、負けないと思える!

『……貴様らは、なぜそうまでして、アンデルクの民を守ろうとする? 貴様らにとって、全てが他人に過ぎないというのに』
「……私の答えは変わりません……私は……聖女の力で、多くの人を助けると……決めたんです! だから……今回だって、みんなを助けたい……! そして、愛する人を助けたい!」
「俺も、薬屋の一人として……救える命は一つでも救い、愛する人も救う!」
『…………』

 私はゆっくりと体を起こすと、それに合わせて、オーウェン様も体を起こしてくれて……そのまま硬く手を繋いで、ついに立ち上がることが出来た。

『……ふんっ、その絶対に折れない心の強さ……奴とそっくりだ。荒野に降りたち、多くの人が助け合い、笑顔で溢れる国を作りたいと言っていた、あの女と……』

 なにかをぽつりとつぶやいた後、クレシオン様は初めて表情を和らげると、スッと腕を下ろした。

『……やめだ』
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