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第百五話 罰は私が!

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「なぜ……そこまでアンデルクの民を憎むんですか?」

 一人で何とかしようと意を決した私は、よろよろとしながらも、何とかその場で立ち上がり、まっすぐクレシオン様を見つめる。

 体中が痛いし、意を決したくせにいまだに怖くて仕方がないけど、目を逸らすわけにはいかない。

『そんなこと、決まっている。貴様らが俺を裏切ったからだ!』
「裏切ったって……どういうことですか……?」
『まだしらばっくれるか……なら教えてやろう! 貴様らアンデルクの民は、国を作る際に、俺と契約をしたのだ! その契約とは、荒れ果てた地であったアンデルクを緑豊かな地にする代わりに、俺に感謝の意を捧げ続けるということを!』

 私が田舎の村で育ったからだろうか? アンデルクを作った精霊様のことは知っていたけど、感謝の意のことは聞いたことがない。

 それに、私も含めたアンデルク民は、あくまで精霊様のことは伝説程度の認識というふうに聞いているから、感謝をしているとは考えにくい。

『精霊の中には、人と契約をして生きる糧とする者もいるのよ。クレシオンはアンデルクの建設の時点で、かなり高齢だったから、その糧が無いと存続が危ぶまれるの』
『その通りだ。なのに、最近のアンデルクの民は俺のことを忘れ、一切の感謝を捧げなくなった! それでも、俺はまだ自分の怒りを抑え、存続することが出来た! 聖女達の祈りがあったからな!』
「せ、聖女の……?」

 歴代の聖女は、毎日精霊様に祈りを捧げていたというのは知っている。もちろん、私も例に漏れずに毎日祈りを捧げていた。

 でも……私はカーティス様の一件で、城を離れてしまった……。

『なのに、貴様は突然アンデルクを離れ、俺への祈りを捧げなくなった! それどころか、俺と契約した王族の子孫が、俺に最大の屈辱を与えてきた! 思い出しただけで、怒りで頭がどうにかなりそうだ!』
「まさか……精霊の像に、蹴られたような足跡があったけど、もしかしてそれが?」
『そうだ! あの時、俺に蓄積された怒りと憎しみが爆発した!」

 ということは、石化病の原因を作り出したのは、私が城を飛び出してしまい、代わりの聖女が見つからなかったから……。

 全ての原因は……私だったの……?

「……た、確かにそれは、私が城を離れたのが原因です。私が外に出たいなんて、分不相応なことを考えたから……でも! アンデルクの民にはなにも責任はありません!」
『そうよそうよ! 姿も見えない、声も聞こえないあたし達を精霊をずっと覚えているのは、さすがに無理があるわよ!』
『ふん、ファファル……一人で気ままに過ごしている貴様にはわかるまい! 人間どもから忘れ去られ、心の拠り所だった祈りも無くなり、屈辱を与えられた俺の怒りはな!』
『きゃあ!!』

 身を乗り出して抗議をするファファルは、クレシオン様の力によって地面に叩きつけられてしまった。

 体の半分が地面にめり込んでいるという事実が、いかにクレシオン様が遠慮なしに攻撃を仕掛けてきたかがよくわかる。なんて酷いことを……!

「ファファル、大丈夫!?」
『いった~い……とりあえず大丈夫よ。あたしは見た目以上に頑丈だからね』

 よかった、思ったより酷いケガじゃないみたいだ。これでファファルまで犠牲になったら、私は……。

「お願いします、もうこれ以上みんなを傷つけないでください! 責任は私にあるんです! だから、私に出来ることなら、なんでもしますから!」
『な、なにを言ってるのエリンちゃん! 一人で背負い込む必要は無いって!』
『……面白い。それなら、一つ賭けをしようじゃないか』
「賭け……?」

 今までずっと怒りの形相だったクレシオン様は、私の前で初めて口角を上げた。

 良い予感は全くしないけど、断るなんて選択肢を取ることは出来ないわね。

『俺が人間から受けた怒りや憎しみを、貴様が肩代わりしろ。もしそれに耐えられたら、民達を助けてやってもいい』
「っ……! それでみんなを助けられるなら……やります!」
『地獄のような苦しみだが、本当にやるのか?』

 恐ろしいことを言うものだから、恐怖感がさらに増してしまったけど、それでも私は逃げずに頷いた。

「私は薬師で、聖女です。城を出る時に、この力で多くの人を助けたいって思ってました。そんな私が多くの人を巻き込んでしまった……だから、許してもらえるとは思ってませんが、それで治る可能性があるなら、どんな苦しみだって受けてみせます!」
『その心意気だけは褒めてやろう』

 クレシオン様の体の一部が、紫色の煙に変化した。そして、その煙は私の体をゆっくりと包み込んだ。

 一体何が始まるのだろうか……今のところは、特に変わったことはないけど……そう思った瞬間、全身が引き裂かれるかのような強い痛みに襲われた。

「うわぁぁぁぁぁあ!?!? い、いたい!! いたいぃぃぃぃ!!」
『エリンちゃん!? あんた、一体何をしたのよ!!』
『俺の怒りや憎しみを、痛みとしてエリンに与えているだけにすぎん。俺の積もり積もった感情は強い。たかが人間如きでは、持って数秒だろう』

 どこかで何かを話している声が聞こえてくるけど、そんなのを聞いている余裕はなかった。

 あまりにも激痛過ぎて、なにがなんだかわからない。右腕は燃えるように熱いし、左腕は氷水に漬けているかのように冷たく、尋常ないくらい痛んでいる。頭はハンマーで殴られているような衝撃が響いているし、胸やお腹にはナイフで抉られているような鋭い激痛が走っている。

 あまりにも痛すぎて、逆に意識がはっきりしてしまい、気絶することすら許されない。

 でも……負けてたまるもんですか……! 私のせいで、多くの人を……愛する人を巻き込んでしまったんだ! この痛みはその罰で、みんなを助ける第一歩と思えば……耐えられる!

『ほう、人間如きがよく耐えるものだ』
『もういいでしょ! これ以上はエリンちゃんが持たない!』
『何を寝ぼけたことを言っている? 俺の憎しみは、まだこんなものではない』
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!?」

 先程までの痛みが治まったと思ったら、今度は全身が強い痺れに襲われた。体中が痙攣して、立っていることすらままならない。

『ははははっ、いいぞいいぞ! もっと悲鳴を聞かせろ! そうすれば、多少は俺の怒りと憎しみも晴れるというものだ!』
『あったまきた……! これ以上、あたしの友達をいじめるなぁ!!』
『ふん、羽虫程度の分際で、俺にたてつこうとはな!』

 ファファルは、その小さな体で何度もクレシオン様に体当たりをするが、顔色一つ変えることすらできなかった。

 しかし、そんなファファルが鬱陶しく思ったのか、クレシオン様はファファルを握りしめると、遠慮なしに握りつぶそうとした。

『俺と貴様の差は歴然なのが、なぜわからない……ファファル!』
『そ、そんなの……わかってるよ! でも……目の前で友達が苦しんでるのに、黙ってみていられるわけないじゃん!』
『そうか。下らん友情だな』
『うぐっ……!』

 フンッと見下すように鼻で笑うクレシオン様は、ファファルのことを手で掴み、ギリギリと握りつぶそうとした。

 私のせいで、これ以上犠牲を増やしたくない……!

「や、やめ……て……ひどい、こと……しな……」
『エリンちゃん……!』
「に、げ……て……わたし……だいじょ……」
『まだ口を利く余裕があるのなら、出力を上げても問題ないな』
「いやぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 強すぎる痺れも耐えきった私の体は、灼熱の炎で全身を焼かれているかのような、強い痛みと熱に襲われた。その痛みは想像を絶するほどで……私の限界を超えるものだった。

 も、もうダメ……視界がぼやけてきた……こんどこそ、私はここで死ぬんだ。

 私、聖女なのに……苦しんでいる人達を助けられなかった……それどころか、私がみんなを巻き込んだんだ……私が外の世界に出たいだなんて、勝手なことを言ったから……。

「エリン!!」

 諦めかけたその時、私の名を呼ぶ声と共に、何かがクレシオン様に向かって飛び込んできた。そのおかげで、私はクレシオン様の地獄よりも苦しい激痛から解放された。

「ごほっごほっ……」
「しっかりしろ、エリン!」
「えっ……?」

 まだ意識がしっかりしていない状態だったけど、私を心配する声の主を判断するのに、時間はいらなかった。

 だって……私を助けてくれたのは、私の愛する人だったのだから。
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