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第百三話 限界

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 あれから更に一週間が過ぎた。未だに私は石化病の薬を完成させる事は出来ず、今日も試薬を作り続ける日々を送っている。

 とは言っても、すでに私の石化病もかなり進行してしまっており、高熱で頭も視界もぼやけ、それとは対照的に、体のかゆみだけはしっかりしている。

 症状を抑える薬は、もちろん毎日飲んでいるけど、それもあまり効果が無くなっていた。

 一方のオーウェン様は、数日前から意識を保っていることが出来なくなってしまい、今はベッドに横になっている。体も半分は石化してしまい、見ているだけで心が痛む。

「早く……早く作らないと……頑張らないと……うっ……」

 もはや気力だけでなんとか薬を作っていたが、ついに限界が来てしまった。私は椅子から滑り落ちて、うつ伏せに倒れてしまった。

「こんなところで、寝ているわけには……」

 私が倒れたら、誰が石化病の薬を作るの? 誰がアンデルクの民を助けるの? 誰が……オーウェン様を助けるの……?

「動いて……私の体……」

 なんとか顔だけ上げるものの、ついに力尽きてしまった私の意識は、どんどんと薄れていく。

 私には……できなかったというの……? オーウェン様……ココちゃん……お母さん……ハウレウ……みんな……ご、めんね……。


 ****


「…………?」

 目を開けると、そこは一面の暗闇だった。前も後ろも、左右も上下も、完全な闇……そのせいか、自分が立っているのか座っているのかすらわからない。

 どうして私、こんな所にいるのだろうか……確か、限界が来て倒れて……そのまま目を閉じて……。

「ああ、そっか。私……死んじゃったんだ」

 ということは、ここは死後の世界なのね。まさか、死んじゃったらこんなに寂しい場所に来るなんて、思ってもなかったわ。

 結局私は、薬を作れなかった。大切な人も、多くの人も犠牲にしてしまった。私の力が足りなかったばっかりに……!

「ぐすっ……みんな、ごめんなさい……ごめ……えっ?」

 暗闇の中で泣き崩れていると、私のポケットがほんのりと光っていることに気が付いた。そのとても暖かい光は、この暗闇には、あまりにも似つかわしくないものだった。

「こ、これは……」

 光の正体は、故郷に住む精霊のファファルからもらった、真っ白な種だった。

 どうしてこれが光っているのだろうか……それに、どうして私は死んじゃったはずなのに、これを持っているのだろうか?

 色々と疑問に思っていると、種は更に光を帯びていき、私の体を包み込んでいった。

「ま、眩しい……!」

 あまりの眩しさに、思わず目を閉じてしまった。それから間もなく、私のほっぺを何か小さいものがムニムニとしている感覚を感じた。

「な、なに……?」
『やっほー!』

 恐る恐る目を開けると、そこには故郷で出会った精霊のファファルが、楽しそうに手を振っていた。

「ファファル? 一体どうして!?」
『ふふっ、助けに来たのよ!』

 た、助けにって……一体どういうこと? 突然現れてそんなことを言われても、はいそうですかと言えないわ。

『実は、エリンちゃんにあげた白い種ね、あれはエリンちゃんもよく知っている白い花の種でもあるけど、種を通してエリンちゃんの状況が、あたしに伝わるようになっているの。だから、あたしも大体の状況は知ってるよ』

 あの白い種には、そんな力があったなんて……それに、助けるって……石化病を治す手伝いをしてくれるってこと!? すごい、精霊様の力があれば、きっと百人力よ!

『状況を知ったあたしは、何が石化病の原因か調べていたんだけど……エリンちゃんが絶体絶命のピンチだったから、急いで助けに来たの! ほら、別れ際に約束したでしょ? 助けに来るって!』
「っ……! ありがとう、ファファル!」
『ぎゃ~! 痛い~苦しい~死ぬぅ~! ちょっと、体格差を考えてよねっ!』
「ご、ごめん……うれしくてつい……」

 相手は手の大きさとさほど変わらない大きさだというのに、嬉しくて思わず胸元に持っていって強く握ってしまった。

「……ちょっと待って。私はもう死んじゃってたんだった……」
『まだエリンちゃんは死んでないよ』
「え? でも、ここは死後の世界じゃないの?」
『あはは、違うよ。ここはね……』

 ファファルはコロコロと笑ってから、小さな指をパチンっと鳴らす。すると、辺りの闇が一瞬にして晴れた。そしてそこにあったのは、草木が生い茂り、川のせせらぎがとても耳に心地いい、幻想的な光景だった。

『あたしたち精霊が生まれた世界だよ!』

 せ、精霊様達が生まれた……? ここでファファルは生まれたの……?

「精霊様が生まれる世界って、こんな綺麗な所なのね……」
『そうだよ~。この世界は、人間の住む世界とは別の世界なんだ。ここで生まれた精霊は、ここに残って暮らす精霊もいるし、人間の世界に行く精霊もいる。あたしは後者ってわけだね。ちなみに、精霊なら行き来は簡単なんだよ』

 ファファルが言っていることは、特別難しい内容ではない。でも、あまりにも突然の出来事過ぎて、頭の整理が追い付かない。

「その精霊の世界に、どうして私を連れてきたの? それに、どうやって?」
『エリンちゃんの意識を、人間の世界から連れてきたんだよ。どうやったかは、エリンちゃんが一番よくわかるんじゃない?』
「えっ? 私?」
『あたし達精霊と心を通わせられる、聖女の力……その力は、意識をこの世界に送ることが出来るのよ。それをちょっと借りたってわけ!』

 ファファルは自慢げに胸を張りながら、私にピースをしてみせた。

 せ、聖女にそんな力があっただなんて、全然知らなかったわ。本当に聖女の力って不思議な力なのね……。

『あ、本体はそのままだから、急いだ方がいいかもしれないよ。エリンちゃん達もだけど、アンデルク全体に、石化病がさらに蔓延しているみたい』
「そんな……私、どうすれば……」
『エリンちゃんをここに連れてきた理由だけどね。今回の黒幕っていうか……原因がこの世界にいるからよ』
「原因って、石化病の!?」

 思わず身を乗り出しながら問いかけると、ファファルは深く頷いてみせた。

 石化病は、薬の作り方もわからなかったけど、同時にどうして爆発的に蔓延したのかもわからなかった。まさかその理由が、別世界である精霊の故郷にあるだなんて、思いもしなかったわ。

『これからその原因の元に行くの。あたし達精霊には、もうどうすることもできないけど……聖女の力があるエリンちゃんなら、きっと何とか出来るはずよ!』
「自信はないけど……わかったわ!」
『……ファファル、案内は上手く出来たようだな』

 ファファルの案内で進もうとすると、地面がボコボコと盛り上がってきた。そしてそこから、大きな木が生えてきた。

 これって、もしかして……!

「あなたは、森の精霊様!?」
『久しいな、人間。その節は世話になった』

 この大きな木……そして幹にある黒い目と口! やっぱりそうだわ! オーウェン様の騎士時代の後輩である、ヨハンさんの依頼で訪れた町、オーリボエの森を守っていた精霊様だわ!

 あれから一度も会っていなかったから、再会できてとっても嬉しいわ!  精霊様が存命ということは、オーリボエの森も大丈夫なのね!

『あれあれ、アルブってば、エリンちゃんと知り合い?』
『ああ。少し前に世話になった』
「精霊様……じゃなくて、アルブ様と仰るのですね。この方に、故郷の花のことを教えてもらったのよ! アルブ様、お元気そうでなによりです!」
『貴様も息災そうでなによりだ』

 相変わらず怖い雰囲気というか、威圧的というか……でも、アルブ様は大切な森を絶対に守る意思と優しさを持つ、素晴らしい精霊様だと知っている。

『アルブはね、あたしが協力者を探している時に、いの一番に立候補してくれたのよ!』
『ふん、勘違いするな。我は人間に借りを作りたくないだけだ』

 あれ? もしかして照れてる? ふふっ、怖いと思っていたアルブ様にも、可愛らしい一面があるのね。ちょっとだけ親しみやすくなったかも!

『あの人は、どこに行ったか知ってる?』
『わからない。だから、これから探しに行く。奴の力は、必ず役に立つだろうからな』
「あっ……どこに行くんですか?」
『迷子探しだ』
『ちょっとちょっと! あたしがあげた種は、ちゃんと持ってるでしょうね!』
『問題ない』

 アルブ様は端的にそれだけを言うと、また地面の中に戻っていった。

 あの人って、一体誰のことだろう? 他の精霊とか? わからないけど、言葉のニュアンス的に、悪い人では無さそうね。

『相変わらず無愛想なんだから! さあ、いきましょ!』
「ええ!」

 私はヒラヒラと飛ぶファファルの案内の元、自然の中を進んで行く。

 この辺りは草原が広がっていて、所々に大きな木が生えている。近くでは小川が流れていて、さらさらと水が流れる音がとても心地いい。

「ねえファファル、この辺りには、他の精霊様はいないの?」
『いつもはいるんだけど、最近怯えちゃって、出てこないんだよね』

 怯える……もしかして、さっき言ってた原因のせいなのかしら? それを何とかできれば、精霊様達は元気に暮らせるのかしら?

 そう思うと、がぜんやる気が出てきたわ! 元凶を突き止めて、アンデルクと精霊界、そしてオーウェン様を助けるんだから!

『この辺りから歩きにくいから、気を付けてね!』

 ファファルの言う通り、さっきまで草原で歩きやすかったのに、いつの間にか空は紫色に染まり、足元はドロドロして歩きにくくなっている。草木は完全に枯れ果てて、空と同じ色の霧に包まれている……まさに死の大地というのがしっくりくる。

「本当に、こんなところにいるの?」
『そうだよ。あっ……見えた!』
「えっ?」

 ファファルの指差す所には、枯れ木に囲まれた湖があった。そして、その湖の中心には、毒々しい紫色をした、謎の塊が鎮座していた。

 あ、あれって……なにかしら? 卵? いや……繭かしら?

「これが原因?」
『ええ、そうよ』
『憎い……人間が憎い……!』

 今の声……聞き覚えが……そうだ! オーウェン様になぜか急に攻撃をしてしまった時に、この声が聞こえてきたわ!

 なるほど、確かにこれが原因でほぼ間違いなさそうね――そう思った瞬間、繭が突然振動し始め……私達は謎の力に吹き飛ばされてしまった。
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