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第百話 外道

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「こっちだ。カーティス陛下にくれぐれも粗相の無いように」

 城に連れてこられた私とオーウェン様は、城の最上階にある一室の前へと連れていかれた。

 城の最上階は、王族の人達が暮らす部屋がある場所だ。私も前の国王様……カーティス様のお父様に当たる方の状態を診に来るために、何度か訪れたことがある。

「……それで、なんであなたもここにいるのですか?」
「ふふん、アタクシがあなた達を連れてきたと証明するためですわ! これでアタクシはカーティス様に認められ、汚名を挽回できますわ!」
「失礼ですが、汚名は返上するものです」
「あっ……しょ、少々興奮してしまって間違えただけですわ! 天才薬師であるアタクシが、そんな初歩的なミスをするとお思いで!?」

 この人、一応ここがカーティス様の私室の前だということをわかった上で、こんな大声で話しているのかしら……? 間違った言葉の使い方もしているし、もしかしてこの人……いや、やめておこう。

「カーティス陛下、エリンをお連れいたしました」
「入れ」
「はっ!」

 先程先頭に立っていた兵士に連れられて部屋の中に入ると、大きなベッドの上にカーティス様が横になっていた。

 こんな昼間から寝ているなんて、考えにくい。ということは……カーティス様も……。

「久しぶりだな、エリン。まさか生きているとは思ってもなかった」
「……お久しぶりです」

 もう二度と会いたくないと思っていた人は、既にかなり石化病が進んでいるようだった。顔にまで石化は広がり、髪の一部まで石化してしまっている。熱も高いのか、まだ無事な肌色の部分が、赤く染まっている。

「その女から、エリンという名の聖女がいると聞いてね。まさかと思って連れてこさせたら、本当に本人だとは驚きだ。あんな遺書を残して、実は陰で生きていたとは、思ったより策士じゃないか」

 遺書……? 一体何の話だろうか? 私はそんなものを書いたことなんて、一度も無いのだけど……。

「まあいい。それよりも、さっさとこれを治す薬を作れ。これは命令だ」
「言われなくても、すでに薬は作っています。まだ完成はしていませんが、症状の進行を抑える薬はあります」
「ほう、さすがは聖女と言っておこう。その薬を僕に寄こせ」
「…………」

 本当は断りたかったけど、ここで変に反発して余計に話がこじれるのを避けるために、私は素直にカーティス様に飲み薬を飲ませ、塗り薬を渡した。

「今のは私は、医療団の人達と一緒に動いているんです。だから先程の病院に返してください」
「ダメだ。あんな病院にいたら、薬が完成しても、その場で僕とバネッサに飲ませられないじゃないか。それに、わざわざあそこから僕とバネッサを診るためにいちいち移動していたら、それこそ時間の無駄だ」

 カーティス様は、はんっと忌々しそうに鼻を鳴らした。

 本当にこの人は、自分のことしか考えていないのね。全然昔と変わってなくて、逆に安心感を覚えるくらい……いや、そんなことはないか。呆れと怒りから逃れる為に、変なことを思っちゃってるだけね。

 ……って、今普通に聞き流しちゃってたけど……バネッサって言ってたわよね? もしかして、バネッサも石化病に?

「バネッサも罹ってしまったのですか?」
「そうだ。僕ほど進行はしていないが、代わりにずっと意識が無い。このままでは、僕は最愛の妻を失ってしまう。そんなの許されるはずがない! だから、早く薬を――」
「それよりも、アタクシへ何か言うことがあるのではなくて!?」

 カーティス様の話を、品の無い大声で遮る彼女の姿は、はっきり言って本当に貴族なのかと疑うほど下品だった。

 これなら、まだ外では良い顔が出来るカーティス様やバネッサの方がまともかもしれない。

「案ずるな。貴様には既に謝礼を用意している。それの受け渡しが終わった後、ゆっくり話をしよう」
「ふん、それならいいですわ。その謝礼というのは、どこにあるんですの?」
「案内してやれ」
「はっ!」

 彼女は兵士に連れられて、上機嫌で部屋を後にする。それから間もなく、部屋の外からザシュッ! という変な音と、甲高い悲鳴が聞こえた。

「い、今の声は……!?」
「なに、気にする必要は無い。聞いているかもしれないが、あの女は貴様の後釜として連れてきた薬師でね。聖女が見つからなかったから、代わりに呼んだんだが……無能すぎて、すぐに追い出した」
「ひ、酷い……」
「役に立たなかったのだから仕方がない。本当は殺すつもりだったが、あの女の親から必死に止められてね。金を積まれたから、仕方なく追放に留めた。とはいえ、さっきから随分と調子に乗っていたから、地獄に叩き落とすのも一興と思ってな」

 まさか……それじゃあ今の悲鳴は……そんな、なんて酷いことを……!!

「カーティス・アンデルク……! どこまで地に落ちれば気が済むんだ!?」
「地に落ちた、か……エリン、貴様の従者は、随分と目が腐っているのだな」
「なんだと!?」
「僕は国王、つまりこの国の神だ。神として天に君臨してもいいが、僕は自らの意志で、愚かな民達と同じ地に降り立っている。それを言うに事を欠いて、地に落ちただと? バカすぎて頭痛がしてくるな」

 頭痛がするのはこっちの方よ! 自画自賛もここまで酷いと、体調に影響が出てくるわ!

「言っておくが、逆らおうなんて思わないことだな。先にあの世に行った、バカ共のようになりたくないのならな」
「ど、どういうことですか!?」
「そうか、エリンは知らなかったな。僕は優しいから、教えてやろう。貴様が城を出て行った後、脱走を止められなかったハウレウと、ハウレウを庇い、エリンを逃すのに貢献した若者を処刑したのさ」
「なっ……!?」

 嘘でしょ……? そんなの信じられない……き、きっと私を騙して楽しむための嘘に決まってるわ!

「信じられないか? 希望するなら、全てが終わった後に墓参りをさせてもいいぞ? なにせ僕は優しいからな」
「っ……! ハウレウ……ジル様……私のせいで……ごめ、ごめんなさい……!」

 私が城を出たいなんて言ったから、二人の尊い命を犠牲にしてしまった。その悲しみと自責の念で、涙がとめどなく溢れてきた。

「どこまで外道なんだ、この男は……!」
「貴様、いい加減にしろよ? 先程の無礼は見逃してやったが……落ちぶれた貴族の分際で、それ以上の侮辱が許されると思ったか?」
「……俺のことを、ご存じなのですか」
「ああ、もちろん。ヴァリア家のことは、アンデルク王家の耳にも入っていたからね。なんとも哀れな最期を遂げた家だとな!」
「っ……!!」
「確か、犬死しておいて、守ってもらった国民に散々非難されたんだってな? あぁかわいそうに! 考えるだけで涙が溢れてきそうだ!」

 その場でぺたんと座って涙を流す私の隣で、オーウェン様は腰につけている剣に手を添えた。

 私にはわかる。きっとオーウェン様の中で、何かがプツンッと切れてしまったことが。だって、とても大切にしている家族を馬鹿にされたんだもの。

 は、早く止めないと、大変なことになってしまう……泣いてる場合じゃない!

「オーウェン様、ダメです! カーティス様の口車に乗っちゃ!」
「離せ! エリンは憎くないのか!? こいつは君の大切な人を殺したんだぞ!」
「そ、そうですけど!」
「俺は憎い! エリンをずっと苦しませ、裏切って心に大きな傷を残し、大切な人を殺し、俺の大切な人までを貶したこいつが……憎くて憎くて仕方がない!!」

 想像を絶する怒りのせいで、いつもの優しい雰囲気や口調を完全に捨てたオーウェン様を、必死になだめる。

「この人は最低な人です! 私もこの人が憎い! 今すぐにでも敵を取りたいです! ですが、この人だって患者の一人には違いありません! それに、私の知っているあなたの剣は、弱っている人に振るわれるようなものじゃないです!」
「……エリン……」
「復讐なんかに使ったら、きっとお父様もお母様も、とても悲しむんじゃありませんか!?」

 必死の説得がオーウェン様に届いたのか、体からスッと力が抜けたのが私にもわかった。

 オーウェン様の剣は、お父様とお母様の形見であり、崇高な騎士道が詰まったものだと私は思っている。そんな剣を、こんな醜い人の血で汚す必要なんて無いわ。

「はははっ、急に喜劇でも始まったのか? 普段なら楽しんでやるが、僕は機嫌が悪い。おい、そいつを殺してエリンを連れていけ」
「なっ……!?」

 カーティス様の命を受けて、ぞろぞろと入ってきた兵士が一斉に剣を抜く。もちろんオーウェン様もそれに対抗して剣を抜くが……この数が相手では、オーウェン様といえど分が悪い。

「ついに本性を現したか……!」
「やめてください! 彼は私の恋人で、助手でもあるのです! 彼を殺すというなら、私は舌を噛みきって死にます!」
「エリン!?」
「聖女である私が死ねば、困るのはあなたじゃありませんか!?」
「ほう……ただのバカな女だと思っていたが、少しは頭を使えるようになったのか。確かに今、貴様に死なれては困る。兵どもよ、下がれ」

 敵意をむき出しにしていた兵士達は、カーティス様の一言で剣を収め、部屋から出て行った。

「さて、余興を楽しむのもこの辺にしておこう。生憎僕には時間がない。部屋は以前使っていた部屋を使うといい。道具と素材も準備してある」
「……わかりました。最後にお聞きしたいんですけど……もし病気の薬が出来たなら、国民に配るんですか?」
「さすがの僕も、今回のは異常事態だからね。薬を配る方向で進めているよ」

 ……本当に配るのかしら。カーティス様の今までの行いから考えると、するとは思えないけど……今の私には、頷く選択肢以外は取れないだろう。

「それ、絶対に守ってくださいね」
「もちろんだ」
「……では、失礼します」

 私はカーティス様に頭を下げてから、オーウェン様の手を引いて部屋を後にする。部屋を出てすぐのところに、何か変なシミがあった気がしたけど、気にしないことにした。

 ……病院に置いてきてしまった患者達が気になって仕方がないけど、きっとメーディン様達がなんとかしてくれると信じて、私は少しでも早く薬を作らないと。



「くくくっ……つくづくバカな女だ。僕がそんなの守ると思うなんてな。薬で僕とバネッサが治り次第、莫大な額で売るに決まっているだろう……バカな連中がこぞって買いに来て、飛ぶように売れるだろう。そして僕達の資金は潤沢になり遊び放題! 国民に薬なんて、一滴たりとも渡すものか! はーっはっはっはっ……!」
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