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第九十一話 穏やかな時間
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「ふー……ふー……はい、あーん」
「あーん……うん、おいしいわ。オーウェンさんって、本当にお料理が上手なのね」
その日の夜。散々泣いて目も顔も赤く腫れぼったくさせた私は、オーウェン様が用意してくれた薬草粥を、お母さんに食べさせていた。
あれからお母さんの調子は、ほんの少しずつだけど良くなってきている。咳もしなくなったし、肌の色も半分くらいは元に戻っている。
無事に治ったと喜ぶ一方、聖女の力でもすぐに完治させられないくらい、お母さんの病気は酷かったんだと思うと、胸がとても痛む。
「えへへ……」
「なぁに? さっきからずっとニコニコして」
「お母さんが治って、本当に良かったって!」
「…………」
お母さんが治ったとわかってから、私は顔をにやけさせるのを止めることが出来ずにいた。
だって仕方がないでしょう? やっと会えたお母さんを助けられたのよ? 喜ばない方がおかしいわ!
「お母さん? どうしたの?」
「えっ?」
「なんか様子が変だよ? もしかして、まだ苦しいの!?」
「そんなことはないわ。エリンには、たくさん迷惑をかけちゃったと思ったら、申し訳なくて」
「どうして? お母さんを助けるのは当たり前のことだよ! 私こそ、中々帰ってこれなくてごめんなさい」
「謝らないで、エリン。こうして帰ってきてくれただけで、お母さんはとっても嬉しいのよ」
……謝りたくもなるよ。だって本当なら、私がずっと一緒にいてあげて、お母さんや村を支えたり、お母さんの看病をしてあげないといけなかったのに。
それに、これはもしかしたらの話だけど……私がいなくならなければ、お母さんは病気にならなかったかもしれないでしょう? そう思うと、申し訳なさで一杯になってしまうの。
「そんな悲しそうな顔をしていたら、せっかくの幸せが逃げちゃうわ。ほら、笑顔笑顔!」
「お母さん……」
笑いながら私に伝えてくれた言葉は、私がお母さんを励ます時に使った言葉だった。
そうよね、せっかくお母さんと一緒の穏やかな時間を手に入れたのだから、笑ってなきゃ勿体ないわよね。
「えへへ、こうかな?」
「素敵よ、エリン。あなたは世界で一番可愛い、自慢の娘だわ」
「も、もう……大げさだよ~」
「大げさなものですか。親なんだから、そう思うのは当然なのよ?」
そういうものなのかしら? こればっかりは、親になったことがない私にはわからないことだ。
いつかオーウェン様との間に子供が出来たら、私もお母さんの様になるのかな? もしそんな日が来るのがわかったら、お母さんにどうすれば良いお母さんになれるか、アドバイスを貰わなくちゃ!
「そうだ、お母さんに一つお願いがあるの」
「お願い? 一つと言わずに、たくさんお願いしても良いのよ? お母さんに出来ることなら、なんでもしてあげるわ」
「お母さんは優しいね。あのね……今日、一緒に寝てもいい?」
「それはもちろん構わないけど……このベッド、小さいしボロボロだし、とても綺麗とは言えないわよ?」
「全然いいよ! その……お母さんに甘えたいっていうか……」
「エリン……そうね、久しぶりに一緒に寝ましょうか」
「いいの? やったー!」
私はあまりにも嬉しくて、その場でピョンピョンと跳ねて、喜びを前面に押し出してみせた。
実は、密かな夢として……お母さんと一緒に寝たいっていうのがあったの。それで、たくさん甘えて……お母さんというものを感じたかったの。そう思うくらい、私がお母さんと引き裂かれていた時間は、長くてつらくて苦しいものだったの。
「失礼する。おや、食器を取りに来たら、随分と楽しそうだ」
「あ、オーウェン様! 今日の夜、お母さんが一緒に寝てくれるって言ってくれて!」
「それは良いね。俺の分まで、たくさん甘えるといいよ」
「あっ……」
そうだ、オーウェン様には、もうご両親はいないんだった。それなのに、オーウェン様の前で子供みたいにはしゃいで……私のバカ!
「どうかしたか?」
「……オーウェン様はもうご両親がいないのに……その……」
「気にしないでくれ。俺はエリンやココがいるから、何も問題はないよ」
「そ、そうなんですか? よかった……私、オーウェン様を傷つけちゃったのかもと思って」
「心配してくれてありがとう」
互いに顔を見合わせて笑っていると、それを見ていたお母さんも、優しく微笑んでいた。
今更だけど、笑ったお母さんの顔、凄く綺麗で……まるで聖母みたい。私もいつか、あんな綺麗な顔になれるのだろうか? もしなれたら、オーウェン様は喜んでくれるかしら?
「オーウェンさんは、とてもお優しい方なのですね」
「いえいえ、自分なんてお褒めの言葉をいただけるような人間ではありません。その言葉は、ぜひエリンに伝えてあげてください」
「わ、私!?」
「もちろん伝えますよ。でも、あなたにも伝えたいのです」
「なるほど。ではそのお言葉に、心からの感謝を込めて……こちらをどうぞ」
オーウェン様は懐の袋から、緑色の小さなフワフワした丸いものを取り出した。
これは……食べ物よね? 草の良い香りがして、とてもおいしそうだわ!
「まあ、これは草餅? この地の風土料理を、ご存じなのですか?」
「村長のモルガン殿から教わって作ってみました。それと、こちらはハーブディーです。せっかくの再会に茶も菓子も無いのは、少々寂しいと思いましてね」
そっか、オーウェン様は私達のことを気にして、より良い団欒の時間にしようとしてくれているのね。
そんなことをされたら……もっともっと好きになっちゃうよ。オーウェン様、優しい……すきぃ……えへへぇ……。
「あらあら、こんなメロメロな表情もするのね」
「実はそうなんですよ。少ししたら我に返るので、気長に待ちましょう」
「ええ、わかったわ。それにしても……あなたはとても愛されているのね」
「はい。もちろん俺も彼女を愛しています。天国だろうが地獄だろうが、どこにだってついていく所存です」
「本当に素晴らしい旦那様ね」
「あっ……二人共、何を話しているの?」
ふと我に返ると、なにやらオーウェン様とお母さんが、ヒソヒソと内緒話をしていたわ! もう、私抜きで内緒話なんて……お互いに、変なことを言ってたりしないわよね?
そう思っていると、家の扉がゆっくりと開いた。そこには、モルガン様をはじめ、まだこの村に住む、数人の老人がやってきた。彼らにも、薬の素材集めを手伝ってもらったのよ。
「アトレの調子はどうじゃ?」
「おかげさまで、回復に向かっています」
「みなさん、この度は協力してくれて、本当にありがとうございました」
「何を言っておるのじゃエリン。村の皆は家族と同じ。家族を助けるのは当然じゃ」
皆さんでお母さんの回復を喜び合っている場面を、私とオーウェン様は、寄り添い合いながら眺める。
「とても暖かい村だな。エリンの優しくて正義感のある性格は、この村があったからこそなのだろうな」
「ふふっ、そうかもしれませんね。私……この村に生まれてきて、本当に良かったです」
「ああ、俺もだよ。いつかは、この村に負けないくらいの家庭を作らないとな」
「そ、それって……」
「そういうことだ」
いつかは……この村に負けないくら、優しい子供達と一緒に、世界一穏やかで優し家族を作る。とても良い計画だ。
今の私の目標である、たくさんの人を助けること、そして故郷に帰ってくる……は達成済みだから、新しい二つ目の目標に入れよう!
「あーん……うん、おいしいわ。オーウェンさんって、本当にお料理が上手なのね」
その日の夜。散々泣いて目も顔も赤く腫れぼったくさせた私は、オーウェン様が用意してくれた薬草粥を、お母さんに食べさせていた。
あれからお母さんの調子は、ほんの少しずつだけど良くなってきている。咳もしなくなったし、肌の色も半分くらいは元に戻っている。
無事に治ったと喜ぶ一方、聖女の力でもすぐに完治させられないくらい、お母さんの病気は酷かったんだと思うと、胸がとても痛む。
「えへへ……」
「なぁに? さっきからずっとニコニコして」
「お母さんが治って、本当に良かったって!」
「…………」
お母さんが治ったとわかってから、私は顔をにやけさせるのを止めることが出来ずにいた。
だって仕方がないでしょう? やっと会えたお母さんを助けられたのよ? 喜ばない方がおかしいわ!
「お母さん? どうしたの?」
「えっ?」
「なんか様子が変だよ? もしかして、まだ苦しいの!?」
「そんなことはないわ。エリンには、たくさん迷惑をかけちゃったと思ったら、申し訳なくて」
「どうして? お母さんを助けるのは当たり前のことだよ! 私こそ、中々帰ってこれなくてごめんなさい」
「謝らないで、エリン。こうして帰ってきてくれただけで、お母さんはとっても嬉しいのよ」
……謝りたくもなるよ。だって本当なら、私がずっと一緒にいてあげて、お母さんや村を支えたり、お母さんの看病をしてあげないといけなかったのに。
それに、これはもしかしたらの話だけど……私がいなくならなければ、お母さんは病気にならなかったかもしれないでしょう? そう思うと、申し訳なさで一杯になってしまうの。
「そんな悲しそうな顔をしていたら、せっかくの幸せが逃げちゃうわ。ほら、笑顔笑顔!」
「お母さん……」
笑いながら私に伝えてくれた言葉は、私がお母さんを励ます時に使った言葉だった。
そうよね、せっかくお母さんと一緒の穏やかな時間を手に入れたのだから、笑ってなきゃ勿体ないわよね。
「えへへ、こうかな?」
「素敵よ、エリン。あなたは世界で一番可愛い、自慢の娘だわ」
「も、もう……大げさだよ~」
「大げさなものですか。親なんだから、そう思うのは当然なのよ?」
そういうものなのかしら? こればっかりは、親になったことがない私にはわからないことだ。
いつかオーウェン様との間に子供が出来たら、私もお母さんの様になるのかな? もしそんな日が来るのがわかったら、お母さんにどうすれば良いお母さんになれるか、アドバイスを貰わなくちゃ!
「そうだ、お母さんに一つお願いがあるの」
「お願い? 一つと言わずに、たくさんお願いしても良いのよ? お母さんに出来ることなら、なんでもしてあげるわ」
「お母さんは優しいね。あのね……今日、一緒に寝てもいい?」
「それはもちろん構わないけど……このベッド、小さいしボロボロだし、とても綺麗とは言えないわよ?」
「全然いいよ! その……お母さんに甘えたいっていうか……」
「エリン……そうね、久しぶりに一緒に寝ましょうか」
「いいの? やったー!」
私はあまりにも嬉しくて、その場でピョンピョンと跳ねて、喜びを前面に押し出してみせた。
実は、密かな夢として……お母さんと一緒に寝たいっていうのがあったの。それで、たくさん甘えて……お母さんというものを感じたかったの。そう思うくらい、私がお母さんと引き裂かれていた時間は、長くてつらくて苦しいものだったの。
「失礼する。おや、食器を取りに来たら、随分と楽しそうだ」
「あ、オーウェン様! 今日の夜、お母さんが一緒に寝てくれるって言ってくれて!」
「それは良いね。俺の分まで、たくさん甘えるといいよ」
「あっ……」
そうだ、オーウェン様には、もうご両親はいないんだった。それなのに、オーウェン様の前で子供みたいにはしゃいで……私のバカ!
「どうかしたか?」
「……オーウェン様はもうご両親がいないのに……その……」
「気にしないでくれ。俺はエリンやココがいるから、何も問題はないよ」
「そ、そうなんですか? よかった……私、オーウェン様を傷つけちゃったのかもと思って」
「心配してくれてありがとう」
互いに顔を見合わせて笑っていると、それを見ていたお母さんも、優しく微笑んでいた。
今更だけど、笑ったお母さんの顔、凄く綺麗で……まるで聖母みたい。私もいつか、あんな綺麗な顔になれるのだろうか? もしなれたら、オーウェン様は喜んでくれるかしら?
「オーウェンさんは、とてもお優しい方なのですね」
「いえいえ、自分なんてお褒めの言葉をいただけるような人間ではありません。その言葉は、ぜひエリンに伝えてあげてください」
「わ、私!?」
「もちろん伝えますよ。でも、あなたにも伝えたいのです」
「なるほど。ではそのお言葉に、心からの感謝を込めて……こちらをどうぞ」
オーウェン様は懐の袋から、緑色の小さなフワフワした丸いものを取り出した。
これは……食べ物よね? 草の良い香りがして、とてもおいしそうだわ!
「まあ、これは草餅? この地の風土料理を、ご存じなのですか?」
「村長のモルガン殿から教わって作ってみました。それと、こちらはハーブディーです。せっかくの再会に茶も菓子も無いのは、少々寂しいと思いましてね」
そっか、オーウェン様は私達のことを気にして、より良い団欒の時間にしようとしてくれているのね。
そんなことをされたら……もっともっと好きになっちゃうよ。オーウェン様、優しい……すきぃ……えへへぇ……。
「あらあら、こんなメロメロな表情もするのね」
「実はそうなんですよ。少ししたら我に返るので、気長に待ちましょう」
「ええ、わかったわ。それにしても……あなたはとても愛されているのね」
「はい。もちろん俺も彼女を愛しています。天国だろうが地獄だろうが、どこにだってついていく所存です」
「本当に素晴らしい旦那様ね」
「あっ……二人共、何を話しているの?」
ふと我に返ると、なにやらオーウェン様とお母さんが、ヒソヒソと内緒話をしていたわ! もう、私抜きで内緒話なんて……お互いに、変なことを言ってたりしないわよね?
そう思っていると、家の扉がゆっくりと開いた。そこには、モルガン様をはじめ、まだこの村に住む、数人の老人がやってきた。彼らにも、薬の素材集めを手伝ってもらったのよ。
「アトレの調子はどうじゃ?」
「おかげさまで、回復に向かっています」
「みなさん、この度は協力してくれて、本当にありがとうございました」
「何を言っておるのじゃエリン。村の皆は家族と同じ。家族を助けるのは当然じゃ」
皆さんでお母さんの回復を喜び合っている場面を、私とオーウェン様は、寄り添い合いながら眺める。
「とても暖かい村だな。エリンの優しくて正義感のある性格は、この村があったからこそなのだろうな」
「ふふっ、そうかもしれませんね。私……この村に生まれてきて、本当に良かったです」
「ああ、俺もだよ。いつかは、この村に負けないくらいの家庭を作らないとな」
「そ、それって……」
「そういうことだ」
いつかは……この村に負けないくら、優しい子供達と一緒に、世界一穏やかで優し家族を作る。とても良い計画だ。
今の私の目標である、たくさんの人を助けること、そして故郷に帰ってくる……は達成済みだから、新しい二つ目の目標に入れよう!
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