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第八十六話 お母さんは私達が!

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 一旦話を切り上げた私は、まずお母さんの容体を見るために、オーウェン様と一緒に実家の中へと入った。

 中では相変わらずお母さんが寝てたけど、目だけこちらに向けて、とても嬉しそうに笑ってくれた。

 うぅ……あの笑顔、確かに私の記憶の底に刻まれているものと同じだ……ずっと、ずっと優しかったお母さん……ぐすっ……。

「おはよう。あら……どうしたの? 泣いてるの……? 悲しいことがあったなら、お母さんに話してみなさい」
「悲しくないよ。お母さんが笑ってくれたのが、嬉しくて」
「エリン……私もあなたの素敵な笑顔が見れて、とても幸せよ」

 幸せと言ってくれるのは嬉しいけど、きっと今だって苦しいはずだ。現に脂汗を流しているくらいだからね。

 それでも、私達との会話を少しでも続けようとしてくれる姿勢を見ていると、よけいに涙が出てくる。

「お母さん、私達がお母さんを治すわ」
「そんな、エリンに……? おやめなさい。これはこの地の風土病なの。もしかしたら、あなた達にもうつってしまうかも……ごほっごほっ」
「それは百も承知です。ですが、我々は薬師として、病に屈するわけにはいかないのです」
「なんて頼もしいお方……エリン、本当に素敵な方を見つけたのね」
「うんっ! 自慢の彼氏なのよ!」
「なら、彼との子供を見るまでは死なないようにしたにとね」

 子供っ!? 子供って……うぅ、確かに早く見せてあげたい気持ちはあるけど、簡単にできるものじゃないし……うぅぅぅぅ!!

「いつになるかはお約束できませんが、なにかあったらすぐにご連絡しますよ」
「まあ、ありがとう。とっても楽しみだわ」
「お、オーウェン様まで……とにかく、診察しましょう!」

 ゆっくりと、なるべく刺激しないようにお母さんの体を調べる。やっぱり全体的に痩せているのを見るに、栄養失調になっているのはわかるけど……。

「ごほっごほっ!!」
「大丈夫、お母さん?」
「大丈夫よ、本当に優しい子ね、エリンは」

 この咳が厄介だ。栄養失調に咳の症状はない。きっと、何か別の病気もあるのかもしれない。

 こういう時にもっと詳しく調べる技術があればいいのに……所詮私は薬屋だから、体の中を調べる特別な医者じゃないとわからないような病気は、調べようがない。

 ……だからなに? それなら泥臭く、今の症状に効く薬を片っ端から試そうじゃない! それでダメなら十倍試す! それもダメなら千倍!

 とにかく、絶対に諦めるつもりは無い! 必ずお母さんの病気を治してみせるわ!


 ****


「ふう、これだけ色々あれば大丈夫かな……?」

 既に外がだんだんと暗くなってきた頃、ほとんど何もなかった実家の中には、いつも持ち歩いている薬を作る道具と、植物や鉱石に虫といった、たくさんの薬の材料が置かれていた。

 これは、私とオーウェン様とモルガン様、そして他の数人の村の人達に手伝ってもらって集めたものだ。

 ちなみにオーウェン様は、モルガン様の家で夕食の準備をしてくれているから、今この場にいるのは私とお母さんだけだ。

「エリン、それは?」
「お母さんの薬の材料だよ。私の勉強不足のせいで、お母さんの病気の正体がわからないから、効きそうな薬を片っ端から作っていくの。もちろん複数の薬を飲んでも、体の負担が少ないものを調合するから、安心してね」
「私の知らない間に、立派になって……お母さん、嬉しいわ」

 えへへ、お母さんに褒められちゃったわ。嬉しくて、年甲斐もなく照れちゃうよ。

「でも、あんまり無理はしないでね」
「全然大丈夫だよ! 城にいた時は、もっとたくさん作ってたから!」
「……そうなの?」
「あっ……」

 お母さんを心配させたくなかったのに、ついポロッと口に出してしまった。案の定、お母さんは心配そうな目を私に向けている。

「連れていかれた後、どうなったの?」
「えーっと……」
「エリン」
「うぅ、ちゃんと話すよ……でも、今はオーウェン様と一緒で幸せだって前提で聞いてね」

 私は一つ目の薬を作る準備をしながら、なるべくこれ以上お母さんに心配をかけないように前置きをしてから話し始める。

 ――城に連れていかれ、薬の勉強をさせられ、毎日尋常じゃない量の薬を作らされたうえ、婚約者と友人に騙されていたけど、逃げた先で出会ったオーウェン様やココちゃんと幸せに暮らしている。

 その話を聞いていたお母さんは、私に視線を向けるだけで、ずっと黙って聞いてくれていた。

「とっても苦労したのね……お母さんがちゃんと守ってあげられなかったから……ごめんね……本当にごめんね……」
「お母さんのせいじゃないよ! それに、さっきも言ったけど、私は凄く幸せなの! だって、お仕事は充実してるし、大切な人に出会えて、お母さんにもまた会えたんだもの!」
「エリン……」
「そうだ、聞いてよお母さん! オーウェン様と出会った後にも、色々あったんだ!」

 薬を作る手は止めず、でもお母さんのことをしっかり見ながら、私はオーウェン様との出会いや、その後に薬屋アトレを開いて頑張ったことを話した。

 どれも大変で、大切な思い出だ。それを聞いたお母さんは、少しだけ表情が優しくなった。

「それでそれで、オーウェン様とデートをして、綺麗な景色が見えるところで告白してもらって、恋人になったんだ!」
「そうだったのね。よかったわね、エリン」
「うんっ! あ、薬が出来たみたい。ちょっとだけ待っててね」

 お母さんと楽しくおしゃべりをしてる間に完成した薬に、聖女の力をふんだんに込め始める。

 お母さんが元気になりますように。自由に動けるようになりますように。また一緒に幸せに暮らせますように――そんな想いと願いを、たくさんたくさん薬に込めた。

「出来たよ、お母さん。飲ませてあげるね」
「ありがとう、エリン」

 零れないように、少しずつ薬を飲ませる。栄養失調と咳に効果がある植物と虫を使って調合をしたものなんだけど、これで効果があれば……。

「調子はどう?」
「……凄いわね、エリン。とても気分が良くなったわ」
「本当に……!?」
「ええ、本当よ」

 一瞬だけ喜んでしまったけど、それがお母さんの優しい嘘だというのがすぐにわかった。だって、その言葉を言った途端に酷く咳き込んだし、見た目だって何一つ変わっていないもの。

 そんなに早く改善するはずがないと言われればそれまでだけど、私の薬には聖女の力が宿っている。効果が高いだけでなく、即効性もある薬を飲んでも、何一つ改善されないのなら、その薬では効果が無いということだ。

「……ごめんね、お母さん。この薬じゃダメみたい」
「エリン……」
「大丈夫! まだまだ可能性がある薬の案はたくさんあるから! でも、一日に何度も飲むと、さすがに負担が少ない薬でも、体に負担がかかるから、また明日にしようね」
「苦労をかけてごめんね、エリン……」
「なに言っているの! 私は全然大丈夫! ほら、弱気になってたら病気は治らないよ! 笑顔笑顔!」

 いきなり失敗してしまったけど、落ち込んでいても仕方がない。そう思った私は、精一杯の笑顔をお母さんに向けた。

 まだまだ効く可能性がある薬の作り方はある。絶対に諦めてたまるものですか!
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