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第八十話 ドキドキな食事

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「わぁ、おいしそう!」

 宿屋を一旦後にして、夕食を食べに出かけた私達は、近くにあった酒場にやってきた。そこで、宿屋のご主人がおススメしてくれた料理を注文した。

 注文からそれほど待たずに出てきたものは、大きなパンで大きな魚のフライを挟んだ魚サンドに、野菜たっぷりのスープだ。ちなみに、オーウェン様は魚サンドに、コンソメスープだ。

 ふんだんに使われたソースと、カラッと揚がったフライの良い香りが、食欲をそそる。スープもゴロゴロした野菜がたくさん入っていて、とても栄養と食べ応えがありそうだ。

「こんな大きなパンにかぶりつくのは、ちょっとはしたないですよね……ナイフとフォークを借りたりできるのでしょうか?」
「ガハハハッ!! 嬢ちゃん、酒場に来て周りを気にしてちゃ、おちおち飯も食えねーぜ!!」
「あ、そ……そうなんですね」

 オーウェン様と話をしているつもりだったのに、近くでビールを浴びるように飲んでいた男性が代わりに答えた。

 あービックリした……って、さっきの船の船長様じゃない! 隣の席で食事をしていたのに、全然気づかなかった! 急に話しかけられたというのもあるけど、大声だったから尚更ビックリしてしちゃったわ!

「なるほど。アトレ、せっかくの現地の人のアドバイスだ。その通りに食べようじゃないか」
「えぇ!? でも……はしたない姿をオーウェン様に見られてしまいます」
「なら、俺が先に食べるとしよう」

 オーウェン様は、本当にナイフもフォークも使わずに、魚サンドを大きな口でかぶりついた。

 ……今のオーウェン様、なんだかいつもと違ってワイルドな感じで、とっても良かったわ。いつもの落ち着いたオーウェン様も大好きだけど、ワイルドなオーウェン様も好きだ。

「アトレには、俺の姿がはしたなく見えたか?」
「全然! いつもと違うワイルドな姿に、見惚れてしまいました!」
「そ、それはなによりだ……ごほんっ。俺がはしたなく見えなかったのなら、アトレだって大丈夫さ」
「そうでしょうか……わ、わかりました」

 オーウェン様の後押しのおかげで、なんとか魚サンドに手を伸ばした私は、出来る限り大きく口を開いて、思い切りかぶりついた。

 いつもはこんなに一口で食べないから、口の中が大変なことになっているけど……これは……!

「思った以上にさっぱりしてて、おいしいです! このソースのおかげなのかしら? 揚げ物なのにしつこくないから、いくらでも食べられそう……あっ……その、大丈夫でしたか?」
「…………」
「オーウェン様? や、やっぱりはしたな――」
「いや、違う。小さな口で一生懸命かぶりつこうとするアトレが、あまりにも可愛らしすぎて……新しい何かに目覚めてしまいそうだ」
「あ、あまりにも想定外な反応!?」

 ……ま、まあとにかく、これでとりあえず食べ進めることが出来る。いっぱい食べて、体力をつけなきゃ。

「オーウェン様! このスープ、すごくおいしいですよ! 一口食べませんか?」
「それじゃあいただこうかな」
「では……あ、ああ、あーん……」

 前々からちょっとやってみたかった、あーんを実行に移す。これでスープをオーウェンに飲んでもらうという寸法だ。

 こっちはただ差し出しているだけで、こんなに緊張しているんだから、貰う方はもっと緊張するだろう。

 そう思っていたのだ……オーウェン様は緊張するどころか、とてもにこやかな笑みで、差し出したスプーンを口に入れた。

 ……あれ? これって間接キスになるわよね……? あ、あーんがしたいってことしか頭になくて、全然気づかなかった……恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。

 本人と直接キスをしてるのに、何を言ってるんだって思われるかもしれないけど、恥ずかしいものは恥ずかしいの!

「顔が赤いが、どうかしたのか?」
「な、なんでもありませんよ! あはは……それで、おいしいですか?」
「うん、これもおいしいな。この酒場の料理は、どれも素晴らしい」
「わ、私も素晴らしいと思います。でも……」
「でも?」
「その……私はオーウェン様の作る料理が一番おいしいと思います」

 改めて言うのは恥ずかしいけど、やっぱり私はオーウェン様の料理がこの世界で一番おいしいと思う。

 料理の腕が高いというのもあるけど、なんていうか……オーウェン様の料理は、愛情を感じられて、何倍もおいしく感じられるの。け、決してオーウェン様に惚れちゃったからとかじゃないわよ?

「それはとても光栄だな。それなら、これからもアトレにとっての一番になりつづけるためにも、寝る間も惜しんで腕を磨かないといけないな」
「えぇ!? ダメですよ、ちゃんと睡眠はとらないと!」
「冗談さ。ちゃんと睡眠はとるよ。ああ、一番になり続けるのは本当だけどな」
「もう、オーウェン様ったら……」

 こういう何気ない会話の中でも、私への気持ちを伝えてくるオーウェン様の愛情や優しさが、好きで好きでたまらない。なんとかだらしない顔をしないようにしてるけど、ちゃんと表情に出さずにいられてるだろうか……?

 こういう時は、とりあえず話題を変えるべきだ。そうじゃないと、このままではいつかは私が耐えられなくなって、公共の場でだらしない顔になってしまうもの。

「お二人さん、ずいぶんと見せつけてくれるじゃねーの! おかげさんで、飲んでる酒が砂糖水かと思うくらいだぜ!」
「おや、船長殿。これは大変失礼した」
「ひっく……謝る必要はねーよ! 船乗りなんてしてると、こういう甘酸っぱいものが全くねーからよ! いいもん見させてもらったわ! あーあ、いつになったら俺様のところに、こんな人形さんみたいな可愛い女が来るんだー!?」
「なに言ってんすか船長、そんな強面で彼女が出来る未来なんて、絶対ありえないっすよ!」
「やかましいわ! 部下なら少しは上司を持ち上げやがれ!」

 船長様は、口では怒っている雰囲気だけど、とても楽しそうに笑いながら、これまた楽しそうに笑う部下の方の頭にゲンコツをめり込ませた。

 突然絡んできたけど、終始楽しそうな船長様を見ていると、なんだか元気がもらえる気がする。

「そうだ、いいものを見せてもらった礼に、一杯奢らせてくれや!」
「そんな、申し訳ないですよ」
「気にすんなって嬢ちゃん! こういう場では、遠慮はむしろ失礼になるんだぜ!」
「そうなんですか!?」
「失礼になるかはわからないが、せっかくの好意を無下にするのも申し訳ないな。アトレ、ご馳走になろう」
「……わかりました」
「よっしゃ、そうこなくっちゃな! おーい注文だー!」

 終始押されぱなっしではあったが、とりあえず奢ってもらうことになってから数分後、私達の前に一つずつ飲み物が置かれた。

 私の方は紫色の飲み物が、オーウェン様の方は黄金色でシュワシュワした飲み物だった。

「この辺りでは有名なビールだ! あ、もしかして兄ちゃんは酒飲めないか?」
「問題ありませんよ。普段は飲みませんが、飲めないわけではないので」
「私のは、ぶどうジュースですか?」
「おう! これもこの町では人気の飲み物で、特に女のファンが多いからよ!」

 もしお酒だったら、一度も飲んだことが無いし、ちゃんと飲みきれるか不安に思ってたけど、至って普通のジュースみたいだし、これなら大丈夫そうだ。

「わあ、ちょっとだけ独特な香りだけど、甘くておい……し……?」

 口の中にぶどうの芳醇な香りが広がったとほぼ同時に、頭がグルグルし始め、オーウェン様の顔が三つに見えはじめた。

 それどころか、周りの景色もぐにゃぐにゃするし、なんだか体がどんどん熱くなって……な、なにこれぇ……?
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