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第六十九話 末路

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■エクシノ視点■

「まったく、まだジュリィは見つからないのですか?」
「は、はい。もうしばらくお待ちくださいませ」
「早く見つけなさい。今朝に姿を消してから、だいぶ時間が経っているではありませんか」

 グランディーゾ家の諜報部隊ではあるものの、まだ若輩者である無能な男を踏みつけながら、はぁと溜息を漏らした。

 こんな無能が、我がグランディーゾ家の諜報部隊に入れるなんて、部隊長は何を考えているのでしょう。とりあえず、この男は後で部隊から抹消して、部隊長には何故こんな男を入隊させ、ジュリィの捜索に任命したのか聞かなければなりませんね。

 ……せっかく作戦が全てうまくいき、邪魔な森を破壊できたというのに、気分を害されてしまった。この鬱憤は、別のことで晴らすといたしましょう。

「失礼いたします。ジュリィ様がお戻りになられました」
「なんだと?」

 僕の部屋にやってきたメイドの後ろには、確かにジュリィが立っていた。逃げたにもかかわらず、いつもの調子を全く崩していないのは腹立たしいが、僕の元に戻ってきた誠意は認めなければいけませんね。

「我が主、この度は申し訳ございませんでした。少々気が動転してしまい……主を裏切るような真似をしてしまいました」
「ふん、私を恨んでいたその罪は、今回だけはその誠意に免じて許しましょう。ですが、今夜も覚悟しておきなさい」
「かしこまりました……そうだ、戻ってくる途中に衝撃的なものを目撃してしまいました」

 衝撃的なもの? 随分と大げさな言い方をしますね。どうせ大したものではないに決まって――

「サラ様が、元気に町を歩いていたのです」
「なんだって!?」

 バカな、サラは精霊に呪われて動ける体ではないはずだ! それなのに、どうして呑気に町に行っているんですか!?

「ジュリィ、まさか僕を騙して憂さ晴らしをしようとしているのではないでしょうね!?」
「本当でございます。私が信用できないと仰るのなら、ご自身の目でお確かめください」
「くっ……! 僕は少々外出してきます!」

 ジュリィに煽られた僕は、急いで町に向かって走り出した。

 サラが元気になったということは、僕がサラを脅したことをバラされてしまうかもしれません。そうなってしまっては、少々面倒なことになるでしょう。早く確認をしなくては!

「はぁ……はぁ……あれは!」

 町にやって来てサラを探していると、町の商店街で買い物をしている集団がいるのを発見した。

「サラ様、結構歩いていますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ずっと寝たきりだったので……少しは運動しないと」
「つらかったら、すぐにオレに言うんだぞ!」
「ありがとう、ヨハン君」

 私が見ているとはつゆ知らず、サラはヨハンとリリアーヌ、そして例の薬屋の連中と一緒に、楽しそうに買い物を楽しんでいた。

 本当に治っている……バカな、あの呪いは精霊が自ら呪いを解かない限り、決して治らないはずです! その精霊だって、僕が契約した連中が森を破壊したから、もう既に死んでいるか、瀕死になっているはず!

 もしかして、精霊が死んだら呪いも解けるのか? それともまだ生きているのか? それとも森の破壊が甘かったのか?

 考えていても仕方がない。奴らはこの手で直接葬りたいが、今は森と精霊を確認しなければ!

「や、やっと追いつきましたわ……我が主は想像以上に足が速いのでございますね……」
「何を呑気なことを言っているのです! すぐに力を使って、精霊の居場所を突き止めなさい!」
「かしこまりました……こちらです」

 ジュリィの案内の元、僕は町の東の大森林に向かった。そこは既に荒らされていて、自然が見るも無残な姿になっておりました。

 家長の仕事もあるのと、僕が今回の件に関わっていると勘繰られないために、確認をしに来るのは控えていたのですが……これを見る限りでは、奴らはしっかりと仕事をしていたようですね。

「ジュリィ、精霊を呼び出しなさい!」
「はい、ただいま」

 ジュリィはいつもの様に、両膝を汚い地面につけて祈り始めると、荒れ果てた地面から、大きな木が生え、動き始めた。

 ……ちっ、やはり生きていましたか。思った以上に元気なのは、正直予想外ではあるが……。

「ジュリィ、精霊と話せるようにしなさい!」
「かしこまりました」

 再び祈り始めると、僕の体が光に包まれる。この状態になれば、精霊と話をすることが出来るのです。

 基本的に役に立たない人間ですが、見た目と精霊に対する力だけは、評価できるでしょう。

「精霊よ、これは一体どういうことなんですか!? どうしてあの罪人が元気に歩いているのですか!」
『知りたければ、自分の胸に聞いてみるといい』
「ふざけないでください! 今は真剣なんです!」
『なら答えてやろう。我は真相を知った。汝が悪人で、あの少女が善人だということも、汝が私欲で森を破壊しようとしたのも知っている』

 い、いつのまにそこまで……僕は誰にも情報は流していないのに……まさか!?

「ジュリィ! 貴様、脱走した時になにをしていた!」
「さあ、疲れで覚えておりませんわ」
「下手糞な演技を……! 精霊よ、私は断じて関与しておりません!」
『我は既に、そこの女に事細かに色々話を聞いている。呪いをかけた少女も、脅されていたと涙ながら語っていた』
「そんなの証拠になりません!」
「そんなに証拠が欲しいなら、こちらをどうぞ」

 ジュリィは書類を取り出す。その書類には、見覚えがあった。

「これは、主の私室の引き出しにあった書類です。ここには、計画の実行犯である彼らとの契約書と、ゴルフ場の建設の見積書がございます」
「そ、それがどうしてここにある!? その書類は、いつも僕の引き出しに厳重に……はっ!?」
「急いで出て行かれた隙に、こっそりと拝借いたしました」

 しまった、いつもは外出をする際に必ず引き出しに鍵をかけるのに、気が動転して完全に忘れていた!

 それに、まさか僕の引き出しを勝手に開けるバカが屋敷にいるのも、想定外だったと言わざるを得ない。

 くそっ……こうなったら、少々乱暴ではありますが!

「……ええ、そうですよ。全て僕の仕組んだことです。ですが、バレてしまっては仕方がない。精霊よ……あなたは確かに人間を超越しているが、力が弱まっている今なら、僕には勝てない!」

 僕は地面から木の根っこを生み出すと、ウネウネしながら精霊に巻き付く。しかし、その根っこは精霊に触れるや否や、ふにゃふにゃになってしまい、まるで役に立たなくなってしまった。

『無駄だ。植物は全て我の支配下にある』
「植物がダメなら、これならどうだ!」

 今度は地面の下に根っこを生やし、地上に出てくる際に岩を持ち上げ、それを精霊に投げつける。

 この岩自体は植物じゃないから、これで攻撃が通るはず――

「ふんっ!」
「よいしょぉ!!」

 確実に決まったと思ったのに、枯れ木の陰から二つの影が出てきた。そいつらは、僕が投げた石を、剣で粉々に壊してしまった。

「オーウェン殿……それに、ヨハン……!?」

 こいつら、確か街で買い物をしていたではありませんか!? どうしてここにいるんですか!?

「こんな所で会えるとは、奇遇だな」
「奇遇なものですか! 先程買い物をしていたじゃありませんか!」
「あんたのことをつけてきたんですよ!」
「どいつもこいつも……! ゴミの分際で、僕の計画の邪魔をするな!」

 計画を邪魔された怒りを全て力に変えて、精霊の力を行使する。すると、僕の後ろには、とんでもない大きさの大木が出現した。

「これだけの大樹、精霊でもそいつらを守りながら対処をするのは難しいだろう!」
『舐められたものだ。だが、確かに絶対ではない。だからこそ、汝の番だ』
「はいっ! えーい!!」

 もう増援はいないと思っていた。しかし、その期待を裏切るように、枯れ木の陰から出てきた人間は、黄色の薬が入った瓶を大樹に投げつけた。すると、当たった部分から木が腐食し始めていき……みるみるうちに、大木が枯れ果て、腐り落ちた。

「貴様は……落ちこぼれの薬師……! 一体何をした!?」
「これは精霊様を助ける時に出来た副産物です。この薬には、強力な除草効果があります。それを私の力で更に強化したんです」
「ふ、ふざけるな! たかが薬一つで、この力を……」

 信じられない気持ちを裏切るように、大木はその場で完全に枯れ果て、静かに消えていった。

 ふざけるな……僕の力が、こんな小娘の薬程度で消されるなんて! こんなところで、僕の計画が邪魔されてたまるものですか!

「まだだ、まだ次の攻撃を……!」
「させるとでも?」

 いつの間にか僕に接近したオーウェンは、躊躇なく僕に剣で攻撃してくる、もちろん斬られないように、自分の剣で応戦はするが、最近少し体が鈍っている影響で、反応がほんの少し遅れてしまった。

「ふんっ! はぁ!!」
「くそっ、忌々しい……あなたはいつもそうだ! いつもあなたの剣は……いや、多くのことで僕の上を行く! それが忌々しくて仕方がない!」

 必死にオーウェン殿の剣を受け止め、僕からも攻撃を仕掛けるが、何一つ有効打にならなかった。

「それが、俺を執拗に敵視していた理由ですか、エクシノ殿。何とも情けない」
「ええ、そうですよ! 今回こそあなたを倒し、僕が上だと証明してみせる!」

 僕は一旦オーウェン殿から距離を取ると、もう一度精霊の力を使うために、全身に力を込めた。

「無駄です! 薬はたくさんありますから、何回やっても枯らしちゃいます!」
「そんなもの、タネがわかれば怖くもなんともない!」

 彼女の薬は、認めたくありませんが、確かに強力です。しかし、所詮は瓶に入った液体にすぎません。一つの大きさや力は減少しますが、数を増やしてしまえば対処できる。

 そう思った瞬間、僕の意志とは裏腹に、体の力が抜けて、その場で膝を地面につけてしまった。

「な、なんだ……力が抜ける……?」
『愚かな奴め。その力は無限ではない。か弱い人間が使えば、体力を著しく消耗する』
「くそっ……な、何だこの光は!?」
『汝に与えた力を、我に戻しているのだ。我の力も弱まっている以上、汝が弱らないと力を回収できなかった』
「ふざけるな! それは僕の力だ!」
『案ずるな、代わりのとっておきのものを与えよう』

 精霊の言葉は、今の僕にとっては希望になるはずのものだ。なのに……なぜか全身に悪寒が走った。

 その予感は、的中していました。なぜなら……僕の体は、足からどんどんと植物に変化していったのです

「な、なんだこれは!? 体が植物に!?」
『汝は森と民を裏切った罪人だ。罪人には罰を与えるのは当然だろう?』
「ふざけるな! 今すぐ止めなさい!!」
『断る。潔くその身が朽ちるまで、そこで一生を過ごすがいい』
「い、いやだ! 植物になんてなりたくない!!」

 僕は精霊から逃げるように背を向けたが、既に太ももまで植物になってしまい、一切動くことは出来なかった。

 植物になるなんて、冗談じゃない! 僕はグランディーゾ家の当主だぞ!? こんなところで一生を終える人間じゃない!

「ジュリィ! 早く精霊を説得して、この呪いを解かせなさい! これは命令です!」
「謹んでお断りいたします」
「き、貴様ぁ!!」

 体がどんどんと植物になっていく。植物になった部分は全く動かず、感覚すらなくなっている。

 いやだ……誰か僕を助けないさい! 今助ければ、望むものは何でも与えましょう! 金だって、地位だって、女だって……だから……だから!

「誰か僕を助けろ! 誰か、誰か助けてくれぇぇぇぇ!!!!」
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