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第五十九話 オレがバカでした

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 重い足取りでオーリボエに戻ってきた頃には、既に辺りは暗くなっていた。

 はぁ……ヨハンさんとリリアーヌ様に、何て説明をすればいいのだろう……考えただけで気が重くなる。でも、ちゃんと話さないと……。

「あ、おかえり~! 遅いから心配してたよ!」
「……ただいま、ココちゃん」
「あれ、どうしたの? 元気ないけど……もしかして、なにも手がかりがなかったの?」
「いや、手がかりはあった」
「あったの!? それならもっと喜ばないと! ほらほら、中でヨハンお兄ちゃん達が待ってるよ!」

 お留守番をしてくれていたココちゃんに手を引かれて家の中に入ると、ヨハンさんとリリアーヌ様が、夕食の準備をしている姿が目に入った。

「エリンさん、オーウェン先輩、お疲れ様です! もうすぐ夕食の準備が出来ますよ!」
「ヨハンちゃん、あとはワシがやっておくから、お二人と話をしておいで」
「それじゃあ任せたよ、リリアーヌばあちゃん! それで、どうでしたか?」
「…………」

 料理をする手を止めて私達の前に来たヨハンさん。その目は期待と不安が入り混じったものだった。

「それが、その……」
「俺から説明しよう」

 なんて言えばいいか考えていると、オーウェン様が私の代わりに話してくれた。

 森に行って精霊様に出会ったことや、サラ様が森を破壊していたこと、そして怒った精霊様の手で呪われた結果、今の病気になってしまったことも。

「精霊? 呪い? 森の破壊? ははっ……オーウェン先輩、しばらく会わないうちに冗談を言うようになったんですか? もうちょっと時と場合を選んでほしかったな……」
「冗談ではない。俺達は確かにこの目で精霊を見て、この耳で精霊から聞いたんだ」
「いい加減にしてください! そんなの信用できるわけないでしょう!? サラは人一倍大人しくて、誰よりも森を愛しているんです! サラが森を傷つけるはずがない!」

 ヨハンさんは、鬼気迫る形相でオーウェン様の肩を掴み、その強い想いをぶつけてきた。

 こんな話、いきなり信用しろという方が無理な話なのは、重々承知だ。でも、これは紛れもない真実だから……伝えないわけにはいかない。

「ヨハンちゃん、オーウェンさんが困っておるじゃろ」
「リリアーヌばあちゃんは、悔しくないのかよ! サラが悪く言われているんだぞ!? そもそも、精霊様と話すなんて、普通は無理な話だ! どうやって話したのか、説明してください!」
「……オーウェン様」
「ヨハンなら信頼しても大丈夫だ。俺が保証する。それに、そろそろココにも教えておいた方が良いだろう」

 私の力は特別なものだ。なるべく他の人に知られないようにしてきたけど、今の私の話を信じてもらうには、ちゃんと話さないといけないわね。

「ヨハンさん、リリアーヌ様。実は……私には聖女の力があるんです」
「聖女? それは、不思議な薬を作れて、精霊様と心を通わせられるという……?」
「まさか、仮にそうなら、どうして普通に薬屋なんて開いているんですか? 普通なら、聖女は王家や貴族に保護されているはずです!」
「仰る通り、最初はとある場所で保護されて、薬を作っていましたが……事情があって、逃げだしたんです。それからは、多くの人を救うために、聖女というのは隠しながら、薬屋を開いたんです」

 端的に伝えたけど、それでもヨハンさんは納得していないのか、苦虫を噛み潰したような顔で私を睨みつけてきた。

「エリンお姉ちゃん、もしかして……前に言ってたおまじないって……聖女様の力なの?」
「ええ、そうよ。隠していてごめんね」
「ううん、全然いいよ!」

 ずっと隠されていたというのに、ココちゃんは怒るどころか、笑って許してくれた。それが嬉しくて、そして申し訳なくて、ココちゃんのことをギュッと抱きしめてしまった。

「……ひとまず夕食を食べて落ち着いてから、話の続きをしましょう。さあ、丁度スープも出来ましたよ」
「リリアーヌばあちゃんは、なんでそんな冷静なんだよ……呪いとか、精霊とか、聖女とか……オレ、もうわけわかんないよ」
「ワシだって、全てを理解したわけではない。ただわかっていることもある……サラはそんな子じゃないということと、ヨハンちゃんが尊敬するオーウェンさんも、エリンさんも嘘はついておらんということじゃ」

 自分の孫が、森の守り神である精霊様に呪われているなんて知ったら、普通は慌ててもおかしくないはずなのに、リリアーヌ様は冷静だった。

 これも、長年生きてきた中で培ってきた冷静さなのか、この場の空気をこれ以上悪くしないための知恵なのか……なんにせよ、とても尊敬できることには違いない。

「きっと精霊様もわかってくださるよ。さあ、スープをお食べ」
「ありがとうございます。せっかくですから、皆でいただきましょう」

 私、オーウェン様、ココちゃん、ヨハンさんの順番にスープを並べたリリアーヌ様は、隣の部屋にいるサラ様に、スープを渡しに行った。

「今日もリリアーヌばあちゃんのスープはうまいなぁ……ガキの頃、サラと食べた時と変わらない……」

 最初はおいしそうに食べていたヨハンさんだったが、次第にその速度は遅くなっていった。

 その代わりに、ヨハンさんの目から大粒の涙が零れ、スープの中にぽちゃん……と落ちた。

「うっ……ううっ……サラは、サラはもう助からないのか……? 精霊の呪いなんて、どうすりゃいいんだよ……くっそぉ……!!」
「なんとかします。どうすればいいか、まだ何もわかっていませんけど……私は絶対に諦めません」
「俺もだ。ヨハン、諦めた時点で全てが終わりだ。万が一治る可能性はゼロでも、俺達がそれをゼロから一にしてみせる」
「絶対にサラお姉ちゃんは大丈夫だよ!」

 さっきあれだけ私に突っかかった後だから、ヨハンさんはまた突っかかってくると思っていた。

 しかし、ヨハンさんは突然スープをがぶ飲みして平らげると、勢いよく立ち上がり、そして大きく頭を下げた。

「オレがバカでした。皆さんの話、信じさせてください!」
「信じてくれるんですか……!?」
「はい。情けなく泣いて、品もなく飯を食って、子供のように当たり散らして……バカなオレですけど、皆が励ましてくれたおかげで、冷静になれました」

 まさに吹っ切れたというやつね。やり方なんてどうでもいい。私は、ヨハンさんが信じてくれたことが、何より嬉しいわ。

「オレの頼みを聞いてくれたのに、酷いことを言ってしまって、本当に申し訳ありません!」
「気にしないでくれ。俺だって、エリンやココが同じ目に合ってたら、同じようになってたさ」
「お、オーウェン先輩でもそんなことが……!?」
「むしろ、わたし達を守ってくれる時のお兄ちゃんって、鬼気迫る感じだよね?」
「そうね。でも、その時の頼もしさとカッコよさは凄いんだからね」
「ごほんっ。とにかく、次の行動を決めよう」

 露骨に話の流れを変えたオーウェン様が少しだけ面白くて、私達はようやく笑うことが出来た。

 とはいえ、楽観的に考えている余裕はない。あとどれくらいの時間が残っているかわからない以上、時間は無駄には出来ない。

「私、気になってたんですけど……この件、エクシノ様が悪い意味で関わってると思うんです」
「それはありえるな。俺も彼には聞きたいことがある」
「なら、その人のところに行けば、何かわかるかもしれないよ?」
「うーん……なんとかエクシノ様にお会いできないでしょうか?」
「今は騎士団を辞めて家長になったと言っていたから、屋敷に行けば会えるかもしれない」

 そうと決まれば、善は急げだ。今日はもう暗くなってしまったから、明日の朝にグランディーゾ家の屋敷に行ってみよう。

 ……あれ? 行くのはいいけど、場所とか全然知らないんだけど……ど、どうしよう?
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