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第五十六話 頼もしい言葉
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「こんなに植物に……サラお姉ちゃん、痛くないの?」
「うん、痛くないわ。ただ、植物になった部分は、もう動かせないの……きっとこのまま全部が植物になって、二度と動けなくなると思う……」
「そんなこと、私が絶対にさせません。治すためにも、いくつか質問をさせてください」
相手が未知の病気だというのなら、まずはほんの小さなことでも見逃さないように、情報を集めるしかない。
そう思った私は、もってきた紙と羽ペンを使って、メモを取る準備をした。
「動かせなくなる以外に、なにか症状はありますか? 例えば熱があるとか、胸が苦しいとか」
「特には……」
念のために、サラ様の生身の場所を触って熱を測ってみたが、確かに熱はないみたい。呼吸も安定してるし、咳やくしゃみといったわかりやすい症状もない。
試しに植物になってしまった足を触ったり、持ち上げたり、力を加えたりしてみたけど、サラ様は表情一つ変えなかった。
この感じだと、折っても何の反応も出なさそうだわ。さすがにそんな野蛮なことを実行するつもりはないけど。
「症状が出始めたのは、いつ頃ですか?」
「確か……三カ月ほど前です。突然両足がこんなになっちゃって、寝たきりに……それから徐々に体全体が植物に……」
「その頃に、何かいつもと違うことをしましたか?」
「特には……いつも通り森に行って、お婆ちゃんのご飯の材料を探しに行きました」
「その森でなにかあったとか、いつもとは違うことはありましたか?」
「……その……特にありません」
……? 急に歯切れが悪くなったわ。何か隠しているような……?
もしかして、その森になにかこうなってしまった原因があるのかもしれない。
「本当に何もなかったの? 本当の本当に?」
「ええ、なにも……」
「…………」
何を隠しているのかはわからないけど、サラ様はこれ以上話すつもりはないみたいだ。自分の命がかかっているというのに、それでも隠したいことってなんなのかしら?
「わかりました。色々聞かせていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ……すみません、話して疲れてしまったので、少し寝ますね」
「ゆっくり休んでね、サラお姉ちゃん」
私はサラ様の服を戻してから、ココちゃんと一緒に部屋を出ると、すぐにヨハンさんが駆け寄ってきた。
「ど、どうでしたか? サラは治りますか!?」
「ヨハンちゃんや、そんなにがっついたら、エリンさんがビックリしてしまうでしょう? 紅茶を淹れたので、少し休憩されてくださいな」
「ありがとうございます、リリアーヌ様」
リリアーヌ様に背中を押されて椅子に座ると、とても良い香りがする紅茶を出してくれた。それを一口飲んだら、少しだけ気分が落ち着いた。
「診てみましたが、ほとんど何もわかりませんでした。なので、もう少し調べたいと思います」
「調べるのはいいが、なにをするんだ?」
「症状が出始めたのが、三ヶ月前だそうです。その頃にサラ様が行った森に、もしかしたら手がかりがあるかもしれません」
「なら、そこに行ってみよう~!」
「……ココちゃんはここに残ってくれるかしら?」
一緒に行く気満々だったココちゃんは、私の言葉を聞いてあんぐりと口を開けた状態で固まってしまった。
「な、なんで~!?」
「前の教会の時と同じ役目をしてほしいの」
「同じ……あっ! もしサラお姉ちゃんに何かあった時に、わたしが伝えに行く!」
「そうよ。お願いできるかしら?」
「本当は一緒に行きたかったけど、わかったよ!」
「ありがとう、ココちゃん」
本当は、前回お留守番をお願いしたココちゃんも連れて行ってあげたいけど、これから行く場所は、未知の病気の原因があるかもしれない場所だ。そんな危険なところに、まだ幼いココちゃんを連れ行くのは、あまりにも危険すぎる。
言いくるめるのは心苦しいけど……わかってもらえてよかったわ。
「リリアーヌ様、サラ様がよく行かれる森はどこですか?」
「オーリボエの東にある大森林です。そこでは多くの果物が採れるので、ワシのためによく行ってくれていて……うぅ、これもワシがサラに甘えて行かせていた罰でしょう。過去に戻れるなら、絶対に行かせないように言いたい……」
「リリアーヌばあちゃんは悪くないって!」
ヨハンさんの言う通りだ。病気は誰かのせいじゃない。やらなければよかったと思うことはあるかもしれないけど、あくまでそれは結果論に過ぎないもの。
とはいえ……自分を責めたくなる気持ちはわかる。もし私がリリアーヌ様の立場で、オーウェン様やココちゃんやハウレウ……他にも知り合いの方達が病気になったら、自分を責めると思う。
「エリンさん、オレも道案内役として行った方が良いですか? それともここに残って、なにかあった時にココちゃんを案内する役目をした方が良いですか?」
「残ってもらえるとありがたいです」
「了解です!」
「そうと決まれば、早速出発しようか」
「任せてしまうのは心苦しいですが……エリンさん、オーウェン先輩、よろしくお願いします! あ、その森への行き方を書いた地図を渡しておきますね!」
「ありがとうございます」
私はヨハンさんに描いてもらった後、オーウェン様と一緒に家を出て、オーリボエの東へと向かって歩き出す。
ここに来る時間と、サラ様の診察の時間が思った以上にかかったせいで、太陽はだいぶ傾いてしまっている。早く行かないと、戻ってくる頃には暗くなってしまうわね。
「意外だったな」
「なにがですか?」
「ココとヨハンに行かないように指示していたから、俺が行くのも止めると思っていたんだ」
「……相手は未知の病気です。何が待ち受けているかわからないので、本当は私一人で行こうと思ってました。でも……」
「でも?」
チラッとオーウェン様のことを見ながら、言葉を一度止めた。
こんなことを言ったら、随分と情けないことを言うんだなと笑われてしまうかもしれないけど……オーウェン様には隠しごとをしたくない。
「オーウェン様を信じていますから。それに……やっぱり一人で行くのは怖いと言いますか……その……オーウェン様といると心強いと言いますか……」
「エリン……」
あまり弱音を吐かないようにしているけど、相手が相手ということもあってか、つい弱音をこぼしてしまった。
だというのに、オーウェン様は私に呆れたり笑ったりせず、その場で抱きしめてくれた。
い、いきなり抱きしめられるのは完全に想定外だった。いくらまだオーリボエに着く前で、人通りがないとはいえ、恥ずかしいことには変わりない。
「気づいてあげられなくて、すまなかった。怖いのに、俺の後輩のために頑張ってくれてありがとう」
「そんな、お礼を言われることはしていませんよ。私は薬師として、たくさんの人を助けたい……ヨハンさんもその一人ですから」
「それでも、礼を言いたかったんだ」
もう、オーウェン様は律義というか優しすぎるというか。そういうところも大好きなんだけどね。
「なにが待ち受けていたとしても、俺の剣で必ずエリンを守るから安心してくれ。それが、たとえ未知の病だったとしても」
「ありがとうございます、オーウェン様」
普通に考えたら、病気を斬ることなんて不可能だ。でも、オーウェン様がそう言うと本当に出来てしまうんじゃないかという頼もしさと、安心感がある。
その安心感は、緊張と不安でいっぱいになっていた私の心を軽くしてくれた。
「オーウェン様のおかげで、元気が出てきました。さあ、行きましょう!」
「ああ。って、そんなに引っ張ったら転んでしまうよ」
口では注意するようなことを言いながらも、優しく微笑むオーウェン様にドキドキしながら、私は無事にオーリボエに到着した。
しかし、そこで待っていたのは……さっき通った時よりも強い、町の人達からの嫌悪感だった。
「うん、痛くないわ。ただ、植物になった部分は、もう動かせないの……きっとこのまま全部が植物になって、二度と動けなくなると思う……」
「そんなこと、私が絶対にさせません。治すためにも、いくつか質問をさせてください」
相手が未知の病気だというのなら、まずはほんの小さなことでも見逃さないように、情報を集めるしかない。
そう思った私は、もってきた紙と羽ペンを使って、メモを取る準備をした。
「動かせなくなる以外に、なにか症状はありますか? 例えば熱があるとか、胸が苦しいとか」
「特には……」
念のために、サラ様の生身の場所を触って熱を測ってみたが、確かに熱はないみたい。呼吸も安定してるし、咳やくしゃみといったわかりやすい症状もない。
試しに植物になってしまった足を触ったり、持ち上げたり、力を加えたりしてみたけど、サラ様は表情一つ変えなかった。
この感じだと、折っても何の反応も出なさそうだわ。さすがにそんな野蛮なことを実行するつもりはないけど。
「症状が出始めたのは、いつ頃ですか?」
「確か……三カ月ほど前です。突然両足がこんなになっちゃって、寝たきりに……それから徐々に体全体が植物に……」
「その頃に、何かいつもと違うことをしましたか?」
「特には……いつも通り森に行って、お婆ちゃんのご飯の材料を探しに行きました」
「その森でなにかあったとか、いつもとは違うことはありましたか?」
「……その……特にありません」
……? 急に歯切れが悪くなったわ。何か隠しているような……?
もしかして、その森になにかこうなってしまった原因があるのかもしれない。
「本当に何もなかったの? 本当の本当に?」
「ええ、なにも……」
「…………」
何を隠しているのかはわからないけど、サラ様はこれ以上話すつもりはないみたいだ。自分の命がかかっているというのに、それでも隠したいことってなんなのかしら?
「わかりました。色々聞かせていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ……すみません、話して疲れてしまったので、少し寝ますね」
「ゆっくり休んでね、サラお姉ちゃん」
私はサラ様の服を戻してから、ココちゃんと一緒に部屋を出ると、すぐにヨハンさんが駆け寄ってきた。
「ど、どうでしたか? サラは治りますか!?」
「ヨハンちゃんや、そんなにがっついたら、エリンさんがビックリしてしまうでしょう? 紅茶を淹れたので、少し休憩されてくださいな」
「ありがとうございます、リリアーヌ様」
リリアーヌ様に背中を押されて椅子に座ると、とても良い香りがする紅茶を出してくれた。それを一口飲んだら、少しだけ気分が落ち着いた。
「診てみましたが、ほとんど何もわかりませんでした。なので、もう少し調べたいと思います」
「調べるのはいいが、なにをするんだ?」
「症状が出始めたのが、三ヶ月前だそうです。その頃にサラ様が行った森に、もしかしたら手がかりがあるかもしれません」
「なら、そこに行ってみよう~!」
「……ココちゃんはここに残ってくれるかしら?」
一緒に行く気満々だったココちゃんは、私の言葉を聞いてあんぐりと口を開けた状態で固まってしまった。
「な、なんで~!?」
「前の教会の時と同じ役目をしてほしいの」
「同じ……あっ! もしサラお姉ちゃんに何かあった時に、わたしが伝えに行く!」
「そうよ。お願いできるかしら?」
「本当は一緒に行きたかったけど、わかったよ!」
「ありがとう、ココちゃん」
本当は、前回お留守番をお願いしたココちゃんも連れて行ってあげたいけど、これから行く場所は、未知の病気の原因があるかもしれない場所だ。そんな危険なところに、まだ幼いココちゃんを連れ行くのは、あまりにも危険すぎる。
言いくるめるのは心苦しいけど……わかってもらえてよかったわ。
「リリアーヌ様、サラ様がよく行かれる森はどこですか?」
「オーリボエの東にある大森林です。そこでは多くの果物が採れるので、ワシのためによく行ってくれていて……うぅ、これもワシがサラに甘えて行かせていた罰でしょう。過去に戻れるなら、絶対に行かせないように言いたい……」
「リリアーヌばあちゃんは悪くないって!」
ヨハンさんの言う通りだ。病気は誰かのせいじゃない。やらなければよかったと思うことはあるかもしれないけど、あくまでそれは結果論に過ぎないもの。
とはいえ……自分を責めたくなる気持ちはわかる。もし私がリリアーヌ様の立場で、オーウェン様やココちゃんやハウレウ……他にも知り合いの方達が病気になったら、自分を責めると思う。
「エリンさん、オレも道案内役として行った方が良いですか? それともここに残って、なにかあった時にココちゃんを案内する役目をした方が良いですか?」
「残ってもらえるとありがたいです」
「了解です!」
「そうと決まれば、早速出発しようか」
「任せてしまうのは心苦しいですが……エリンさん、オーウェン先輩、よろしくお願いします! あ、その森への行き方を書いた地図を渡しておきますね!」
「ありがとうございます」
私はヨハンさんに描いてもらった後、オーウェン様と一緒に家を出て、オーリボエの東へと向かって歩き出す。
ここに来る時間と、サラ様の診察の時間が思った以上にかかったせいで、太陽はだいぶ傾いてしまっている。早く行かないと、戻ってくる頃には暗くなってしまうわね。
「意外だったな」
「なにがですか?」
「ココとヨハンに行かないように指示していたから、俺が行くのも止めると思っていたんだ」
「……相手は未知の病気です。何が待ち受けているかわからないので、本当は私一人で行こうと思ってました。でも……」
「でも?」
チラッとオーウェン様のことを見ながら、言葉を一度止めた。
こんなことを言ったら、随分と情けないことを言うんだなと笑われてしまうかもしれないけど……オーウェン様には隠しごとをしたくない。
「オーウェン様を信じていますから。それに……やっぱり一人で行くのは怖いと言いますか……その……オーウェン様といると心強いと言いますか……」
「エリン……」
あまり弱音を吐かないようにしているけど、相手が相手ということもあってか、つい弱音をこぼしてしまった。
だというのに、オーウェン様は私に呆れたり笑ったりせず、その場で抱きしめてくれた。
い、いきなり抱きしめられるのは完全に想定外だった。いくらまだオーリボエに着く前で、人通りがないとはいえ、恥ずかしいことには変わりない。
「気づいてあげられなくて、すまなかった。怖いのに、俺の後輩のために頑張ってくれてありがとう」
「そんな、お礼を言われることはしていませんよ。私は薬師として、たくさんの人を助けたい……ヨハンさんもその一人ですから」
「それでも、礼を言いたかったんだ」
もう、オーウェン様は律義というか優しすぎるというか。そういうところも大好きなんだけどね。
「なにが待ち受けていたとしても、俺の剣で必ずエリンを守るから安心してくれ。それが、たとえ未知の病だったとしても」
「ありがとうございます、オーウェン様」
普通に考えたら、病気を斬ることなんて不可能だ。でも、オーウェン様がそう言うと本当に出来てしまうんじゃないかという頼もしさと、安心感がある。
その安心感は、緊張と不安でいっぱいになっていた私の心を軽くしてくれた。
「オーウェン様のおかげで、元気が出てきました。さあ、行きましょう!」
「ああ。って、そんなに引っ張ったら転んでしまうよ」
口では注意するようなことを言いながらも、優しく微笑むオーウェン様にドキドキしながら、私は無事にオーリボエに到着した。
しかし、そこで待っていたのは……さっき通った時よりも強い、町の人達からの嫌悪感だった。
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