上 下
54 / 115

第五十四話 うとうとエリン

しおりを挟む
「はふぅ……」
「エリンお姉ちゃん、最近眠そうだね?」
「ええ、ちょっと寝不足で」

 ヨハンさんと約束をした五日後の朝、私は小さく欠伸をしながら、ヨハンさんが来るのを、ココちゃんと一緒に待っていた。

 今日から難しいお仕事が待っているというのに、オーウェン様と一緒の部屋で寝る緊張と、未知の病気に対する緊張で、あまり眠れていないの。

「あまり無理はしないでね?」
「うん、ありがとう」
「おはようございま~す!」
「あ、ヨハンお兄ちゃん! おはよう!」
「おはようございます」

 今日も元気一杯なヨハンさんは、オーウェン様と一緒に家の中に入ってきた。

「どうでしたか?」
「なんとか正式な依頼として受理してもらえたよ」
「お~! さっすがお兄ちゃん!」
「凄かったんですよ! ダメだっていうギルドの職員に、怯まずに何度も何度も頭を下げて頼み込んで――」
「余計なことは言わなくていい」
「いっでぇ!?」

 オーウェン様の会心のデコピンを後頭部に受けたヨハンさんは、その場でうずくまってしまった。

 きっとオーウェン様のことだから、ヨハンさんが後で面倒なことにならないように、無理にでも正式な依頼にして、面倒事を減らしてあげたかったのだろう。

 それと……これはあくまでこっちの事情だけど、ギルドを通した正式な依頼なら、アトレの実績にもなるわ。

 だからといって、照れ隠しでデコピンをするのは良くないと思うけどね。

「よーっし、今回のお仕事も張り切っていこう~!」
「そうだ、ヨハンさんの幼馴染がいる場所ってどこですか?」
「それも含めて、今から少し説明をする」

 そう言うと、オーウェン様はテーブルの上に、クロルーツェの地図を広げて見せた。

「俺達が住んでいる場所は、クロルーツェのやや西に位置する場所だ。それで、目的地のオーリボエと呼ばれる地域は、クロルーツェの南側に位置している」
「オーリボエ……そこに患者がいるんですね」
「なんだか遠そうだね~」
「ああ、それなりの距離があるから、徒歩で行くのは無理だ。だから、パーチェに一度行き、オーリボエとパーチェを行き来している馬車に乗って移動する予定だ」

 地図上でも、かなり遠そうに見える距離を、歩いていくのは無理じゃないかって思ってたけど、その辺りはさすがはオーウェン様って感じだ。

「結構遠いでしょう? 気軽に帰れないから、幼馴染とは中々会えなくて、手紙のやり取りをしてたんです! それで、最近返事が無いから、気になって会いに行ったら……」
「そうだったんですね……早くその人のところに行ってあげましょう」
「よーっし、それじゃあ出発だ~!」
「おっ! ココちゃん、オレも負けないぞ~!」

 意気揚々と家を飛び出したココちゃんに続いて、ヨハンさんも家を飛び出していく。その姿が、同年代の子供が遊びに行くような微笑ましい光景で、思わず緊張が少し緩んだ。

「なんだか、俺よりも仲の良い兄妹みたいに見えるな」
「そんなことないですよ。ココちゃんのお兄さんは、オーウェン様以外にあり得ません」
「ありがとう。まあ、誰がなにをしようとも、ココをやるつもりはないけどな」

 オーウェン様、それはなんていうか……前にハウレウから少し聞いたことがある、溺愛しすぎて絶対に嫁に出すのを許さない父親みたいよ? 

 でも、そう思うくらいココちゃんのことが大事で、愛しているということね。

 私も……それくらいオーウェン様にたくさん愛されてみたいな……なんて、変なことを考えてないで、早く二人を追いかけないと。目的地は同じだから、大丈夫だとは思うけどね。


 ****


「エリン、そろそろ起きろ」
「……はぇ?」

 体を揺さぶられるような感覚に反応して、私はゆっくりと目を開けた。そこは、少し見慣れた家の天井ではなく、とてもこじんまりとした空間だった。

 ……ああ、そうだ。あの後無事にパーチェについて馬車に乗ったはいいけど、ここ最近の寝不足のせいで、うとうとしちゃって……その後の記憶がない。

「ご、ごめんなさい! つい居眠りを……! それに、オーウェン様に寄りかかっちゃって……!」
「別に俺は気にしていないよ」
「オレも同じく全く気にしてないんで!」
「お兄ちゃんに寄りかかってる間のエリンお姉ちゃん、凄く幸せそうだったよ~。寝てるのに、自分からくっつきにいって……」
「こ、ココちゃん!?」

 わ、私ってばそんな恥ずかしいことをしていたの!? 無意識とはいえ……は、恥ずかしすぎて死んじゃいそう!

「そんな急いで離れることは無いだろう。ほら」
「はわぁ!?」

 私の肩に、オーウェン様の腕が優しく回ると、そのまま私を更に抱き寄せてきた。

 あぁ……もう恥ずかしいとかどうでもいいかも……今は、オーウェン様の温もりや吐息、優しさをこの身に受けて幸せを噛みしめたい……。

 ……いやいや、しっかりしなさい私! こんなところでフニャフニャしてたら、依頼の成功なんて夢のまた夢だわ!

「それでヨハンお兄ちゃん、続きは?」
「続き? 何の話?」

 ココちゃんの注意がヨハンさんに向かった瞬間を見逃さなかった私は、話をそらすために何のことかを聞いてみた、

「実は、ココが退屈しないように、ヨハンが物語を聞かせていたんだ」
「オレの大好きな物語をココちゃんに話したら、すっごい気にいってくれて! ファンが増えてくれて、オレも嬉しいですよ!」
「ねえねえ、続きは!? 主人公のジャックスと、怪盗の決着は!?」
「それはまた今度しようか! ほら、もう到着だ!」

 到着? 私ってば、想像以上に眠ってしまっていたのね……おかげで少し寝不足は解消された。さた、改めて気をしっかり引き締めないとね!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

【完結】虐待された少女が公爵家の養女になりました

鈴宮ソラ
ファンタジー
 オラルト伯爵家に生まれたレイは、水色の髪と瞳という非凡な容姿をしていた。あまりに両親に似ていないため両親は彼女を幼い頃から不気味だと虐待しつづける。  レイは考える事をやめた。辛いだけだから、苦しいだけだから。心を閉ざしてしまった。    十数年後。法官として勤めるエメリック公爵によって伯爵の罪は暴かれた。そして公爵はレイの並外れた才能を見抜き、言うのだった。 「私の娘になってください。」 と。  養女として迎えられたレイは家族のあたたかさを知り、貴族の世界で成長していく。 前題 公爵家の養子になりました~最強の氷魔法まで授かっていたようです~

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。

蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。 しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。 自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。 そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。 一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。 ※カクヨムさまにも掲載しています。

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?

仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。 そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。 「出来の悪い妹で恥ずかしい」 「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」 そう言ってましたよね? ある日、聖王国に神のお告げがあった。 この世界のどこかに聖女が誕生していたと。 「うちの娘のどちらかに違いない」 喜ぶ両親と姉妹。 しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。 因果応報なお話(笑) 今回は、一人称です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

処理中です...