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第四十二話 これがとっておきの切り札

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「はぁ……はぁ……」

 ルーク君を無事に逃がせた私は、なるべく逃げる時間を稼げるように、上手く隠れながらセシリアを遠くへと来るように誘導していた。

 幸いにも、セシリアは薬の効果で目や鼻があまり使い物になっていないおかげで、誘い出すのはそれほど大変じゃない。

 でも、私もケガをしているせいで、あまり機敏に動くことが出来ない。血もかなり出てしまったのか、意識も少しおぼろげになってきている。

「そこか!」
「きゃっ!」

 瓦礫の陰に隠れていたのに、セシリアは私の元に真っ直ぐ来ると、手に持った短剣を、闇雲に振り回してきた。

 まだ視力が戻りきっていないおかげで、その刃が私に当たることは無かったけど……危うく致命傷を負ってしまうところだった。

「ああもう、さっさと死になさいよ!」
「冗談じゃないわ!」

 口では強がってみせるが、徐々に追い詰められているのがわかる。さっさと遠くに逃げれば良いのかもしれないけど、一人で逃げてたら囮にならないわ。

「はぁ……いたっ……!」

 どんどん強くなる腕の痛みに耐えながら、私は崩れ落ちた小さな建物の中に逃げ込んだ。

 ここは……どうやら元々は民家だったみたいね。家具や衣類が乱雑に置かれている。それらは既に風化していて、なんだかもの悲しさを演出している。

「なにか……なにか無いの……!?」

 元民家の中を、まるで泥棒の様に物色すると、倒れた家具の下に小さな植物が生えているのを見つけた。

 大きな葉っぱに、青白い小さな花を咲かせるその植物は、ゾンポと呼ばれる植物だ。日陰を好む植物で、こういう岩の陰によく生えている。

 名前はちょっとだけ可愛らしいけど、あまり使われることはない植物だ。性質は知っているけど、私も扱ったことは無い。

 でも……今の状況なら、これを切り札に出来る!

「これを近くの瓦礫ですり潰して……出てきた煙を、この袋に……!」

 ゾンポをすりつぶすと、まるで火で燃やしたかのような煙が出てきた。それを、なるべく漏らしが無いように、鞄の中にあった空の小さな袋に詰めた。

 よし、これで準備は整った。あとは外に行かないと……狭い場所で使ったら、自分が誤って吸い込んでしまうかもしれない。そうなったら、確実にやられてしまうわ。

「うっ……!」

 外に出る時に、大きな瓦礫にケガをしている腕をぶつけてしまった。その痛みはすさまじく、まるで腕が一気に燃えているかのような強烈な痛みに襲われた。

 こんな時に私の作った薬があれば、このくらいの傷なら簡単に治せるのに……もっとたくさん用意しておけばよかったと、今更後悔している。

「ふんっ! 見つけたわよ!」

 痛みに耐えながら外に出ると、そこにはセシリアが待ち構えていた。仁王立ちをしながら舌なめずりをするセシリアの姿が、あまりにも禍々しくて……悪魔のように見えた。

「さあ、そろそろ鬼ごっこは終わりよ。目も少しずつ見えるようになってきたし、あんたのケガもだいぶ酷くなっているでしょう?」

 ……どうしよう、完全に追い込まれた。もう逃げられない。もうここまでなのか……ううん、最後の最後まで諦めてたまるもんですか! 私には、まだとっておきの切り札があるんだから!

「…………」
「良くここまで頑張ったと褒めてあげるわ。その褒美として、私に土下座をして忠誠を誓うのなら、この場は見逃してあげるわ」

 忠誠ですって? そんなの誰が……いや、これは使えるかもしれない。この場を乗り切るためなら、土下座でもなんでもしてやるわ!

「……わかったわ」
「あら、急にしおらしくなって。でも、そういう素直な人間は、結構好きよ! おほほほほっ!」

 セシリアは楽しそうに高笑い夜の廃虚に響かせる。

 そんなセシリアの前で両膝をつき、そのまま頭を……下げるわけもなく、さっき用意したものを手に持った

「ん? それはな――」

 セシリアから何かと聞かれる前に、私は煙が入った袋の口をセシリアに向けて、勢いよく袋のおしりの部分を握りしめる。すると、セシリアに向かって、中の煙が勢いよく飛び出した。

「ごほっ、なによこの煙!? むせちゃったじゃない……の……!?」
「さすが、効果が出るのが早いわね」
「が、はっ……な、これ……か、だ……しび、れ……」
「これは……強力な痺れ効果がある毒草……ゾンポの煙よ……!」

 煙を吸い込んで呂律が回らなくなったセシリアは、その場でうつ伏せに倒れた。

 さっき採取したゾンポは、処理をしっかりすれば、麻酔効果がある薬を作れるが、元々麻痺毒がある植物なの。正しい処置をしないと、毒素が残った薬になってしまったり、中の成分が気化して、麻痺毒の効果がある煙が出てしまうの。

 それを知っていた私は、煙を袋に詰めてセシリアに吸わせて、動きを封じようとしたわけ。

 何とか上手くいって……あ、あれ? 私の体にも少し痺れが……少しだけ煙を吸い込んじゃったのかしら?

 更に動きにくくなったけど、セシリアみたいに全く動けないわけじゃないし、痛みの感覚も麻痺してくれたのか、腕の痛みが少し楽になった。不幸中の幸いかも……?

「あとは、オーウェン様と合流して、助けを呼んで……この国の犯罪者って、騎士団に引き渡せばいいのかしら……?」
「なめ、んじゃ……ないわよ!」
「う、うそっ……!?」

 確かにゾンポの煙をまともに吸い込んだはず。なのに、セシリアは立ち上がり、意地でも私を殺そうと向かってくる。

 いや、ここまでくると意地なんて生易しいものじゃない。自分の邪魔をした私のことを絶対に許さないという、一種の怨念のように見える。

「に、逃げなきゃ……きゃあ!」

 もう私には、何も手が残されていない。逃げようにも、さっき吸い込んでしまった麻痺が効いて、思うように動けない。

 それはセシリアも同じのはずなのに、セシリアはガタガタと震えながら、私を仕留めようとしていた。

 もう、打つ手がない……ごめんなさい、オーウェン様、ココちゃん、ルーク君、アンヌ様……私、ここまで頑張ったけど、ダメだったみたいだわ……。

「死ねぇぇぇぇぇ!!」
「っ!!」

 迫りくる死から逃れる為に、私は目を固く瞑る……が、いつまで経っても腕以外の場所が痛くならない。

 一体どうなっているのだろうか……確認するために目を開けると、そこにあったのは……手に持った剣で、私のことをセシリアから守ってくれる、カッコいい騎士様の姿があった。
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