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第三十八話 シスター改め、狂人
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「か、金って……」
「豪華なディナーは? 服と宝石は? どれでもいいから貰えるなら、多少は心を痛めてやるわ。あー痛いですわ。心が痛んで今にも死んでしまいそうですわー」
完全に私を煽ってるようにしか聞こえないくらいの棒読みをするセシリア様は、苦しそうに胸を抑える。しかし、その表情は不敵な笑みを浮かべていた。
「っ……!!」
「あらあら、随分と怒っちゃって。どうしてそんなの怒るのか、さっぱり理解できないわ」
「当たり前じゃない! あなたのやっていることは、悪いことよ!」
「悪いこと……ねえ。この世界は、金が全てよ。そして、弱者は強者の食い物にされる。これは人間だけに留まらず、全ての生き物の中で行われている、不変の事実でしょう?」
……確かにそれは間違っていない。お金が無ければ生活できないし、被捕食者がいるからこそ、生き物の生態系は成り立っている。
でも、この人の言っていることは、それとは少し違っている。
「あなたの言っていることは、間違っていない。でも、それはあくまで一般論で、自分を正当化しているだけにすぎない!」
「それこそ、あんたの価値観を私に押し付けてないかしら? 世界はあんたが思ってるよりも優しくないわ」
「そんなことはない! 確かに私も酷い人は見てきたけど……何人も優しい人に出会い、助けられてきたわ! だから私は……人間の優しい気持ちを信じる!」
「……そう」
セシリア様は、全てを諦めるかのように深々と息を漏らすと、ルーク君の血で染まった短剣の刃先を私に向けた。
「あんたみたいな偽善者を見てると、前のシスターを思い出してイライラするわ」
「前のシスター……行方不明になった人のこと?」
「ええ、そうよ。ガキどもはあの女がまだ生きていると、バカみたいに信じているみたいだけどね。ホント滑稽だわ……あいつはもう死んでいるというのに」
死んでいる? どうしてそれをこの人が決められるのだろうか? 前のシスターは行方不明になっていて、生死がわかっていないのに……ま、まさか!?
「あなた、前のシスターになにかしたの!?」
「大したことはしてないわよ? あいつが死んだ日は、大雨の日だったのは知ってるかしら?」
「ええ。アンヌ様から聞いたわ」
「氾濫する川に人が落ちたと嘘を吹きこんで誘導した後、そのまま川につき落としただけよ」
なっ……どうしてそんな酷いことをしたの!? 驚きすぎて、開いた口が塞がらないわ……。
「う、うそだ……シスターは生きてる……どこかで元気に暮らしているんだ!」
「ぷっ……あはははっ! そんなありもしない希望をまだ抱いているなんて、本当に滑稽だわぁ!」
「う、うわぁぁぁぁ!?」
「ルーク君!!」
セシリア様は、ペロッと舌なめずりをしてから、絶望で顔を青ざめさせるルーク君の傷ついた足を、思い切り踏みつけた。
「ルーク君を解放しなさい!」
「ふんっ……部外者は引っ込んでなさい」
「きゃあ!?」
無我夢中でまっすぐにルーク君の元に走りだしたが、その手が届く前に、セシリア様に蹴り飛ばされてしまった。
あんなに華奢な体で、どこにこんな力が……痛みで一瞬気が遠くなりかけた……。
「どう、して……二人共、仲良しだってのに……どうして!?」
「仲良し? そんなの、全部演技に決まってるじゃない。元々私は、教会への多額の支援金を目当てにシスターになったのよ」
「そんな……お金のため……?」
「そうよ。でも、それをあの女に気づかれちゃったのよ。それなのに、悔い改めればやり直せるから、一緒にやり直そうとか言いだしてね……滑稽で面白かったけど、知られた状態だと後々面倒なことになりそうだから、さっさと始末したわけ」
前のシスターは、セシリア様が悪事に手を出そうとしていたのに、正しい道に戻そうとしていたなんて……本当に素晴らしい人だったのね。
そんな人を、この人は自分のためだけに命を奪ったなんて、最低すぎて反吐が出る。
「うっ……うぅ……シスター……!」
「そうだ、良いことを教えてあげる。あの女ってば、川に流されながらも、自分のことよりも、ガキ共の心配をしていたわよ。本当に慈悲深くて……馬鹿だと思わない!? あははははははっ! 今思い出しても、最高に面白いわ! 変な喜劇を見るよりも断然笑えるわ!」
「黙りなさい! 彼女は最後まで子供の心配をした……まさに人格者だった! でも、あなたは全てを自分のために使う狂人だ! 狂人に彼女を悪く言う資格は無い!」
「狂人? 資格? なぁにそれ? もしかして、金になるのかしら?」
「っ……! どこまでも人を馬鹿にして……!」
「……許さない。絶対に許さないぞ!」
大人しくて、ずっとビクビクしていたルーク君とは思えないくらい、怒りの形相で上体を起こすと、自分の足を踏みつけているセシリア様の足を叩き始めた。
「シスターのカタキ、ぼくが取ってやる!」
足の痛みのせいで、苦悶の表情を浮かべ、脂汗を体中に流しながらも、ルーク君は必死にセシリア様の足を叩片付けた。
しかし、幼いルーク君の力では、セシリア様の顔色を変えることさえ出来なかった。
「弱い。本当に弱くて笑っちゃうわ。所詮あんた達は、私が満足するための道具に過ぎないのよ。弱者は弱者らしく、強者の私の思う通りに動いていれば良いのよ」
「……!!」
「なに、その目? 反抗的で、凄くイライラする。そうだわ、せっかく腕の良い薬師様がいるんだし、もう片方の足を潰しても問題ないわね。ねえ、あなたの役目は人を治すことなんだし、いいでしょう?」
そう言うと、セシリア様は再び短剣を力強く握ると、それをゆっくりと振り上げた。
あの人、またルーク君を傷つけるつもりだ――そう思った瞬間には、蹴られた痛みなど忘れて走り出した。
「ほら、ほらほらぁ、また良い声で鳴いてくれよぉ? うふふふふっ」
「させないっ!!」
ルーク君に目掛けて振り下ろされた短剣は、ルーク君に刺さることは無かった。
代わりに、その短剣は……ルーク君を守るために伸ばした私の左腕に、深々と突き刺さっていた――
「豪華なディナーは? 服と宝石は? どれでもいいから貰えるなら、多少は心を痛めてやるわ。あー痛いですわ。心が痛んで今にも死んでしまいそうですわー」
完全に私を煽ってるようにしか聞こえないくらいの棒読みをするセシリア様は、苦しそうに胸を抑える。しかし、その表情は不敵な笑みを浮かべていた。
「っ……!!」
「あらあら、随分と怒っちゃって。どうしてそんなの怒るのか、さっぱり理解できないわ」
「当たり前じゃない! あなたのやっていることは、悪いことよ!」
「悪いこと……ねえ。この世界は、金が全てよ。そして、弱者は強者の食い物にされる。これは人間だけに留まらず、全ての生き物の中で行われている、不変の事実でしょう?」
……確かにそれは間違っていない。お金が無ければ生活できないし、被捕食者がいるからこそ、生き物の生態系は成り立っている。
でも、この人の言っていることは、それとは少し違っている。
「あなたの言っていることは、間違っていない。でも、それはあくまで一般論で、自分を正当化しているだけにすぎない!」
「それこそ、あんたの価値観を私に押し付けてないかしら? 世界はあんたが思ってるよりも優しくないわ」
「そんなことはない! 確かに私も酷い人は見てきたけど……何人も優しい人に出会い、助けられてきたわ! だから私は……人間の優しい気持ちを信じる!」
「……そう」
セシリア様は、全てを諦めるかのように深々と息を漏らすと、ルーク君の血で染まった短剣の刃先を私に向けた。
「あんたみたいな偽善者を見てると、前のシスターを思い出してイライラするわ」
「前のシスター……行方不明になった人のこと?」
「ええ、そうよ。ガキどもはあの女がまだ生きていると、バカみたいに信じているみたいだけどね。ホント滑稽だわ……あいつはもう死んでいるというのに」
死んでいる? どうしてそれをこの人が決められるのだろうか? 前のシスターは行方不明になっていて、生死がわかっていないのに……ま、まさか!?
「あなた、前のシスターになにかしたの!?」
「大したことはしてないわよ? あいつが死んだ日は、大雨の日だったのは知ってるかしら?」
「ええ。アンヌ様から聞いたわ」
「氾濫する川に人が落ちたと嘘を吹きこんで誘導した後、そのまま川につき落としただけよ」
なっ……どうしてそんな酷いことをしたの!? 驚きすぎて、開いた口が塞がらないわ……。
「う、うそだ……シスターは生きてる……どこかで元気に暮らしているんだ!」
「ぷっ……あはははっ! そんなありもしない希望をまだ抱いているなんて、本当に滑稽だわぁ!」
「う、うわぁぁぁぁ!?」
「ルーク君!!」
セシリア様は、ペロッと舌なめずりをしてから、絶望で顔を青ざめさせるルーク君の傷ついた足を、思い切り踏みつけた。
「ルーク君を解放しなさい!」
「ふんっ……部外者は引っ込んでなさい」
「きゃあ!?」
無我夢中でまっすぐにルーク君の元に走りだしたが、その手が届く前に、セシリア様に蹴り飛ばされてしまった。
あんなに華奢な体で、どこにこんな力が……痛みで一瞬気が遠くなりかけた……。
「どう、して……二人共、仲良しだってのに……どうして!?」
「仲良し? そんなの、全部演技に決まってるじゃない。元々私は、教会への多額の支援金を目当てにシスターになったのよ」
「そんな……お金のため……?」
「そうよ。でも、それをあの女に気づかれちゃったのよ。それなのに、悔い改めればやり直せるから、一緒にやり直そうとか言いだしてね……滑稽で面白かったけど、知られた状態だと後々面倒なことになりそうだから、さっさと始末したわけ」
前のシスターは、セシリア様が悪事に手を出そうとしていたのに、正しい道に戻そうとしていたなんて……本当に素晴らしい人だったのね。
そんな人を、この人は自分のためだけに命を奪ったなんて、最低すぎて反吐が出る。
「うっ……うぅ……シスター……!」
「そうだ、良いことを教えてあげる。あの女ってば、川に流されながらも、自分のことよりも、ガキ共の心配をしていたわよ。本当に慈悲深くて……馬鹿だと思わない!? あははははははっ! 今思い出しても、最高に面白いわ! 変な喜劇を見るよりも断然笑えるわ!」
「黙りなさい! 彼女は最後まで子供の心配をした……まさに人格者だった! でも、あなたは全てを自分のために使う狂人だ! 狂人に彼女を悪く言う資格は無い!」
「狂人? 資格? なぁにそれ? もしかして、金になるのかしら?」
「っ……! どこまでも人を馬鹿にして……!」
「……許さない。絶対に許さないぞ!」
大人しくて、ずっとビクビクしていたルーク君とは思えないくらい、怒りの形相で上体を起こすと、自分の足を踏みつけているセシリア様の足を叩き始めた。
「シスターのカタキ、ぼくが取ってやる!」
足の痛みのせいで、苦悶の表情を浮かべ、脂汗を体中に流しながらも、ルーク君は必死にセシリア様の足を叩片付けた。
しかし、幼いルーク君の力では、セシリア様の顔色を変えることさえ出来なかった。
「弱い。本当に弱くて笑っちゃうわ。所詮あんた達は、私が満足するための道具に過ぎないのよ。弱者は弱者らしく、強者の私の思う通りに動いていれば良いのよ」
「……!!」
「なに、その目? 反抗的で、凄くイライラする。そうだわ、せっかく腕の良い薬師様がいるんだし、もう片方の足を潰しても問題ないわね。ねえ、あなたの役目は人を治すことなんだし、いいでしょう?」
そう言うと、セシリア様は再び短剣を力強く握ると、それをゆっくりと振り上げた。
あの人、またルーク君を傷つけるつもりだ――そう思った瞬間には、蹴られた痛みなど忘れて走り出した。
「ほら、ほらほらぁ、また良い声で鳴いてくれよぉ? うふふふふっ」
「させないっ!!」
ルーク君に目掛けて振り下ろされた短剣は、ルーク君に刺さることは無かった。
代わりに、その短剣は……ルーク君を守るために伸ばした私の左腕に、深々と突き刺さっていた――
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