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第三十一話 材料調達

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 翌日の早朝、私はオーウェン様とココちゃんと一緒に、薬の素材を手に入れるために、廃墟の町から少し離れたところにある川へとやってきた。

 教えてくれたセシリア様が言うには、この辺りの川は過去の戦いで汚れてしまったが、今でも多くの魚や水草が生息しているとのことだ。

「なんか、汚れた川って事前に聞いてたけど、普通に綺麗だね?」
「あの戦いから、何年も経っているからな。だが、その戦によって川は汚れ、当時住んでいた魚や植物に影響があったのは間違いないだろう」

 ……争いによって、無関係のものが巻き込まれ、傷ついた……考えただけで、心が痛くなってくる。みんな仲良く暮らせればいいのに……。

「それで、何を探せばいい?」
「あ、はい。とりあえずは、栄養失調に効く栄養素が含まれるものなら、なんでも良いです。その中でも、ナールフィッシュという魚と、ニュトリという水草がいいですね。どちらも栄養が豊富で、薬の材料として役に立つんです。川なら広く分布しているので、薬の材料として重宝されてます」

 私はその場にしゃがみ込むと、落ちていた木の棒を使ってナールフィッシュとニュトリの絵を描いてみせた。

 言葉で説明をするよりも、その姿を見せる方が早いでしょう? 私にしては、良いアイディアだと思うわ。

「……すまない、エリン。素人の俺達にはよくわからない」
「これってお魚なの……? なんかウネウネしてるけど……」
「うーん、案外絵だと説明が難しいのかしら……ナールフィッシュは青い魚で、お腹の部分が白いのが特徴です。ニュトリは一見すると緑色の普通の水草だけど、葉の先がギザギザしています。浅瀬に群生する特徴があるから、見つかりやすいと思います」
「わかった。俺が魚を探してくるから、二人には水草を任せるよ」

 そう言うと、オーウェン様は動きやすいように上着を勢いよく脱ぎ捨て、上半身を外界に晒した。

「ひゃあ!?」
「ど、どうかしたか?」
「いえ! なんでもないです!」
「そうか。それならいいんだが……」
「エリンお姉ちゃん、ほっぺが赤いよ?」
「そ、そんなことないわよ?」

 うぅ、急に脱ぎだすから驚いて変な声が出ちゃったわ……男の人の裸なんて、見たことないし……。

 ……少しだけ見てしまったオーウェン様の体、凄くたくましくて惚れ惚れしちゃうくらいだったけど、所々に古傷のような跡があったのが気になる。騎士をしていた頃に出来た傷なのだろうか?

「あ、あの。探すといっても、どうやって捕まえるんですか?」
「潜って、捕まえるだけだ」

 口では簡単に言えるけど、道具も無しにどうやってやるのだろう。そんなことを思っている間に、オーウェン様は静かに川の中に入ると、突然目にも止まらない早さで、水を斬るように腕を振った。

「逃げられたか。思ったより素早いな」
「オーウェン様、さすがにそのやり方では難しいと思いますけど……」
「ふふーん、お兄ちゃんを信じて見てるといいよ! きっとビックリするから!」

 まさか、本当にこんな直接的なやり方で、魚が獲れるの? にわかには信じられないけど……ココちゃんがそう言うなら、オーウェン様を信じてみよう。

「……ここだ」

 再び水の中に手を入れ、ブンッと手を振り上げる。すると、魚が宙を舞って、そのまま川辺に叩きつけられた。

「す、すごい……本当に魚を獲っちゃった……」
「ねっ、ビックリしたでしょ?」
「ええ、ビックリしたわ! オーウェン様、凄いです!」
「さすがお兄ちゃん、カッコいい~!」
「本当にカッコイイ――あっ」

 思わず口に出てしまった言葉を、咄嗟に口に手を当てて止めたけど、もう遅かったようで……ココちゃんがニヤニヤしながら、私のことを見つめてきた。

「あれあれ、今なんて言ったの? カッコいいって聞こえたような?」
「な、なんでもないわよ! ココちゃんの聞き間違えよ!」
「照れちゃうエリンお姉ちゃん、かわいい~! 素直にお兄ちゃんに伝えたら、きっと喜んでくれるよ?」
「そ、そんなことないわよ。ほら、私達も仕事をしないと」
「は~い」

 露骨に話題を逸らしている自覚を感じながら、ココちゃんと一緒に、流れが緩やかな浅い場所で、ニュトリを探し始める。

 思ったより水が冷たいし、探してみると見つからないものね。城にいる時は、素材に関しては調達してもらってたから、自分で探す大変さが、改めて身に染みるわ。

「中々見つからないね~」
「そうね。でも、諦めずに探していればきっと見つかるわ。もし寒くなったら、休んでていいからね」
「全然へっちゃらだよ~。あ、これかな!?」

 ココちゃんが私に見せてくれた水草は、ギザギザは一切無い、綺麗な曲線を描く水草だった。これは明らかにニュトリではない。

「って、全然ギザギザしてないや! 緑色だから、早とちりしちゃった」
「そういう時もあるわ。急がなきゃいけないけど、焦ったら見逃しちゃう可能性もあるから、落ち付いて探そうね」
「わかった!」

 ——それから探し続けること三十分。なかなかお目当ての魚も水草も見つけられなかった私達は、少しずつ場所を移動しながら探し続ける。

 自分で焦らないようにって言っておいてなんだけど、一つも見つからないと、やっぱり焦ってしまう。落ち着いて、私。薬を作る時だって、焦っても良いことはなかったじゃない。

「……エリン、ちょっとこれを見てくれ」
「どうかしましたか?」
「今獲れた魚なんだが、ナールフィッシュと特徴が一致していないか?」

 オーウェン様はザブザブと音を立てながら、川辺に打ち上げさせた魚を一匹持って私に見せてくれた。

 その特徴は、私がさっき説明したナールフィッシュと同じものだった。

「そうです、これです!」
「やった~!」
「見つかってよかった。それと、この魚がいた所に水草があったんだが……」
「もしかして、ニュトリですか?」
「おそらく。持ってくるから、確認してほしい」

 さっきまでいた所に戻り、川底から引っこ抜いて見せてくれた水草の葉の先には、特徴的なギザギザがあった。

「どうだ?」
「はい、これがそうです!」
「わわっ、見つかる時って一気に見つかるんだね!」
「運が良かったな。まだたくさんあるみたいだ」

 そう仰ったオーウェン様は、川底からたくさんのニュトリを採取してくれた。

 これだけあれば、数日は持ちそうね。ひとまずは安心ってところだ。

「これだけあれば、足りると思います。ナールフィッシュは、今の私達には保存する術が無いので、今日は一匹だけにしておきましょう」
「ニュトリはどうする?」
「乾燥させて保存させますから、大丈夫です」
「わかった。目的の物は手に入ったし、教会に戻ろうか」
「その前に、お腹すいたよ~……さっきとった別の魚を食べようよ。教会で食べると、怒られちゃうし」

 ココちゃんの言うことももっともだ。空腹で仕事なんて出来ないし、だからといって教会で遠慮なく食べるのは、あまり宜しくない。それなら、ここで食べてしまおうということだ。

「それなら、間違えて捕まえてしまった魚を、責任をもって食べるよとしよう」
「やった~!」
「オーウェン様、水草を切るために借りてきたナイフがありますが、魚を捌くのに使いますか?」
「とても助かるよ。是非使わせてほしい」

 私はナイフをオーウェン様に渡すと、大小様々な魚を捌きはじめた。その手つきは一切の無駄が無いというか……もはや芸術品を見ている錯覚を覚えるくらい、綺麗だった。

 こんなことまで完璧にこなしてしまうなんて、本当に非の打ち所が無くて……あまりにもカッコいい。なんて思っていたら、いつの間にか準備されていた焚火の火で、魚を焼き始めていた。

 ……わ、私……なにも役に立ててないわね……手伝いたいけど、料理なんて全くしたことが無いから、手伝いたくても、どうやればいいのかすらわからない。

 はぁ……自分の能力の無さが恨めしい。この先も、きっとオーウェン様の能力に惚れ惚れし、同時に自分の力の無さに呆れるのだろう。

 いや、呆れてても仕方ないわよね。私だって、オーウェン様の手を煩わせないよう、出来ることをしないと。

 そうだ、もし何かあった時のために、空いた時間を使って、自衛用の薬を作ろうかしら。それを作って持っておけば、いざという時にオーウェン様の負担を減らせるわね。

 そうと決まれば、帰り道で使えそうな薬草を採っておこう。

「……ちょっと食べてみるか?」
「えっ?」
「ジッと俺の顔を見ていたから、食べたいのかと思ってな。さっき焼いた中に、小魚が……はい、どうぞ」
「そ、そういうわけでは……でも、いただきます……って、自分で食べられますから」
「まあいいから。そのまま頭から食べるといい」

 魚を差し出したオーウェン様は、ニッコリ笑いながら、私に出し続ける。それに観念した私は、ほっぺを少し赤くしながら、魚に食らいついた。

 ……ドキドキしてたせいで、味はよくわからなかったけど、お腹と心は満たされたから、良しとしましょう。
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