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第三話 婚約破棄
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貴族達の冷ややかな視線を向けられた私は、思わず目を見開きながら後ずさりをした。
私の予想では、動揺の声が上がったり、糾弾する声が上がるものだと思っていたのに……どこからもそんな声は上がらない。むしろ、私がカーティス様とバネッサをはめようとしている、悪者みたいな雰囲気だ。
「エリン様、急にお越しになられたと思ったら、一体何を仰っているのですか? 私もカーティス様も、そんなことをするはずがありませんわ」
「私は見たんです! カーティス様が落としたハンカチを届けようとしたら、あなた達が中庭で仲睦まじく過ごしている姿を! そして、私をだまして笑っていました!」
「そんな……どうしてそんな酷い嘘を仰るのですの? 私達、気の合う友人じゃありませんか……」
私は何も嘘は言っていない。なのに、バネッサは大粒の涙を流して、その場に座り込んでしまった。
……どうしてそんな態度が取れるの? 私のことをだましていた悪者はそっちのはずなのに、どうして私が悪者みたいにするの?
「お優しいカーティス様が、そんな酷いことをするはずがないわ」
「その通りだ。聖女だからって、言って良いことと悪いことがある!」
「…………!!」
一部の貴族の非難の声を皮切りに、どんどんと私を非難する声が高まっていく。
どうして誰も……いや、ちょっと待って。そういえばカーティス様が、薬は高値で買ってくれる貴族に売っていると言っていた。それは、あくまで一部の貴族だけだと思っていたけど……もしかして、ここにいる人達の全員が、その恩恵を受けている?
もしそうなら、私の告発なんて聞き入れるはずがない。だって、カーティス様を敵に回したら、不利益を被るからだ。
迂闊だった……頭に血が上っていて、少し考えればわかるようなことが、全然わからなかった。
「まったく……イタズラなのか、それとも別の思惑があるのか……なんにせよ、いくら未来の妻でも、許されることではない。皆の者、カーティス・アンデルクはここに宣言する。僕のありもしない罪をでっちあげ、陥れようとした聖女、エリンとの婚約を破棄する! もちろん僕を陥れようとした罪は重い! 処罰は追って伝えるものとする!」
高らかに宣言するカーティス様を賛美するように、会場に拍手の音が鳴り響いた。
どうして……私は真実を伝えに来ただけなのに。どうして私が悪者になって、本当の悪者が称えられるの? こんな理不尽なこと、認められるはずがないじゃない!
「あなた達は、心が痛まないんですか!? 真の悪者と結託して、民達に行き渡るはずの薬を独占して! 多くの人が苦しむかもしれないのは、少し考えればおわかりのはずでしょう!?」
「……おい、もう黙れ」
必死にこの納得がいかない現状に逆らっていると、カーティス様は静かに私の耳元に顔を近づけて……背筋が凍り付く程の冷たい声で、ボソッと言った。
「兵達よ、エリンを部屋に連れて行け」
「はっ!!」
「いやっ、離してください!」
私の必死の説得も虚しく、兵士の人達に離宮の自室に連れ戻されてしまった。
部屋の中は、しんと静まりかえっている。それが、私のこれからの人生を物語っているかのように感じて、涙が溢れてきた。
「エリン様、どうされたのですか? 突然出ていかれたと思ったら、多くの兵に連れ戻されて……」
「だ、大丈夫ですので……一人にしておいてください」
部屋の外で心配しているハウレウに返事を返してから、私は枕に顔をうずめた。
「……くそっ……くそっ! くそっ!!」
裏切られたことに対する激しい憤りや悲しみを発散させるように、私は泣きながら枕の中で叫んだ。
ずっとカーティス様とバネッサに騙されていたというのに、気づけないで笑顔を向けて、慕っていたのが悔しい。
身勝手な人達のせいで、薬が行き渡らなくて、苦しんでいる民がいるかもしれないのに、何も出来ないのが悔しい。
お母さんとの平和な日常を壊されてやらされていたのが、階級が高い人達だけが幸せになるだけのことだったのが悔しい。
「お母さん……私、悔しいよ……会いたいよ……!」
幼い頃に別れたお母さんに助けを求めるように、声を絞り出した。
私、もうこんな所にいたくない。ここにいても、良いことなんて何もないもの。外に出て、今度こそ私の薬で多くの人を助けたい。それに、もう一度だけでいい……お母さんに会いたい。故郷に……帰りたい……!
「……なんとかして外に出よう。私のやりたいように生きよう。今まで出来なかった分、たくさん……! そして、いつになるかはわからないけど……故郷に帰って、お母さんに会うんだ!」
そうと決めたのはいいけど、どうやってここを出よう? あんな事態を引き起こしたのだから、私に対する警戒は強まっている。無理やり逃げても、数の暴力で取り押さえられそうだ。
それなら窓からこっそり? それも無理だ。この部屋は離宮の最上階にある部屋……飛び降りでもしたら、大ケガは免れない。打ちどころが悪ければ死んでしまうだろう。
ロープみたいのでもあれば別だけど、もちろんそんなものは無い。
「……これ、打つ手がないような……?」
どう頑張っても、この部屋はから逃げることは出来ない。そんな嫌な考えが頭に過ぎったけど、頭を横にブンブン振って、嫌な考えを払拭した。
諦めたら、そこで全ては終わりだ。薬を作る時だって、こんな薬効のある薬なんて作れないって思ったことは何度もあった。でも、諦めずに頑張ったら、ちゃんと作れた経験がある。
まあ……その薬も、どこかの貴族の元に行ってしまったと思うけど。
「とにかく考えなきゃ。カーテンを結んでも、全然長さは足りない。なら固形になる薬を作るとか? でも、私の体重に耐え切れる強度のあるものなんて、作れるのかしら……?」
薬の中には、混ぜると特殊な反応をするものがたくさんある。その中には、混ぜたら固体化するものがあるから、それで頑丈なロープを作ろうと考えたけど、長さも強度も問題が無いものを作る知識はない。
「……やっぱり……」
いや、諦めてはダメだわ。部屋の中にある山のような書物の中を漁れば、もしかしたら作り方があるかもしれない――そう考えた私は、部屋の中にある山のような本を物色し始めた。
「カーティス様、ただいまエリン様は体調がすぐれない様子なので、日を改めて――」
「邪魔だ!」
調べ物をしようとすると、部屋の外が騒がしいことに気がついた。それとほぼ同時に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは……私のことを見下すように見つめるカーティス様と、その腕に抱きつきながら同じ様な目をしている、バネッサだった。
私の予想では、動揺の声が上がったり、糾弾する声が上がるものだと思っていたのに……どこからもそんな声は上がらない。むしろ、私がカーティス様とバネッサをはめようとしている、悪者みたいな雰囲気だ。
「エリン様、急にお越しになられたと思ったら、一体何を仰っているのですか? 私もカーティス様も、そんなことをするはずがありませんわ」
「私は見たんです! カーティス様が落としたハンカチを届けようとしたら、あなた達が中庭で仲睦まじく過ごしている姿を! そして、私をだまして笑っていました!」
「そんな……どうしてそんな酷い嘘を仰るのですの? 私達、気の合う友人じゃありませんか……」
私は何も嘘は言っていない。なのに、バネッサは大粒の涙を流して、その場に座り込んでしまった。
……どうしてそんな態度が取れるの? 私のことをだましていた悪者はそっちのはずなのに、どうして私が悪者みたいにするの?
「お優しいカーティス様が、そんな酷いことをするはずがないわ」
「その通りだ。聖女だからって、言って良いことと悪いことがある!」
「…………!!」
一部の貴族の非難の声を皮切りに、どんどんと私を非難する声が高まっていく。
どうして誰も……いや、ちょっと待って。そういえばカーティス様が、薬は高値で買ってくれる貴族に売っていると言っていた。それは、あくまで一部の貴族だけだと思っていたけど……もしかして、ここにいる人達の全員が、その恩恵を受けている?
もしそうなら、私の告発なんて聞き入れるはずがない。だって、カーティス様を敵に回したら、不利益を被るからだ。
迂闊だった……頭に血が上っていて、少し考えればわかるようなことが、全然わからなかった。
「まったく……イタズラなのか、それとも別の思惑があるのか……なんにせよ、いくら未来の妻でも、許されることではない。皆の者、カーティス・アンデルクはここに宣言する。僕のありもしない罪をでっちあげ、陥れようとした聖女、エリンとの婚約を破棄する! もちろん僕を陥れようとした罪は重い! 処罰は追って伝えるものとする!」
高らかに宣言するカーティス様を賛美するように、会場に拍手の音が鳴り響いた。
どうして……私は真実を伝えに来ただけなのに。どうして私が悪者になって、本当の悪者が称えられるの? こんな理不尽なこと、認められるはずがないじゃない!
「あなた達は、心が痛まないんですか!? 真の悪者と結託して、民達に行き渡るはずの薬を独占して! 多くの人が苦しむかもしれないのは、少し考えればおわかりのはずでしょう!?」
「……おい、もう黙れ」
必死にこの納得がいかない現状に逆らっていると、カーティス様は静かに私の耳元に顔を近づけて……背筋が凍り付く程の冷たい声で、ボソッと言った。
「兵達よ、エリンを部屋に連れて行け」
「はっ!!」
「いやっ、離してください!」
私の必死の説得も虚しく、兵士の人達に離宮の自室に連れ戻されてしまった。
部屋の中は、しんと静まりかえっている。それが、私のこれからの人生を物語っているかのように感じて、涙が溢れてきた。
「エリン様、どうされたのですか? 突然出ていかれたと思ったら、多くの兵に連れ戻されて……」
「だ、大丈夫ですので……一人にしておいてください」
部屋の外で心配しているハウレウに返事を返してから、私は枕に顔をうずめた。
「……くそっ……くそっ! くそっ!!」
裏切られたことに対する激しい憤りや悲しみを発散させるように、私は泣きながら枕の中で叫んだ。
ずっとカーティス様とバネッサに騙されていたというのに、気づけないで笑顔を向けて、慕っていたのが悔しい。
身勝手な人達のせいで、薬が行き渡らなくて、苦しんでいる民がいるかもしれないのに、何も出来ないのが悔しい。
お母さんとの平和な日常を壊されてやらされていたのが、階級が高い人達だけが幸せになるだけのことだったのが悔しい。
「お母さん……私、悔しいよ……会いたいよ……!」
幼い頃に別れたお母さんに助けを求めるように、声を絞り出した。
私、もうこんな所にいたくない。ここにいても、良いことなんて何もないもの。外に出て、今度こそ私の薬で多くの人を助けたい。それに、もう一度だけでいい……お母さんに会いたい。故郷に……帰りたい……!
「……なんとかして外に出よう。私のやりたいように生きよう。今まで出来なかった分、たくさん……! そして、いつになるかはわからないけど……故郷に帰って、お母さんに会うんだ!」
そうと決めたのはいいけど、どうやってここを出よう? あんな事態を引き起こしたのだから、私に対する警戒は強まっている。無理やり逃げても、数の暴力で取り押さえられそうだ。
それなら窓からこっそり? それも無理だ。この部屋は離宮の最上階にある部屋……飛び降りでもしたら、大ケガは免れない。打ちどころが悪ければ死んでしまうだろう。
ロープみたいのでもあれば別だけど、もちろんそんなものは無い。
「……これ、打つ手がないような……?」
どう頑張っても、この部屋はから逃げることは出来ない。そんな嫌な考えが頭に過ぎったけど、頭を横にブンブン振って、嫌な考えを払拭した。
諦めたら、そこで全ては終わりだ。薬を作る時だって、こんな薬効のある薬なんて作れないって思ったことは何度もあった。でも、諦めずに頑張ったら、ちゃんと作れた経験がある。
まあ……その薬も、どこかの貴族の元に行ってしまったと思うけど。
「とにかく考えなきゃ。カーテンを結んでも、全然長さは足りない。なら固形になる薬を作るとか? でも、私の体重に耐え切れる強度のあるものなんて、作れるのかしら……?」
薬の中には、混ぜると特殊な反応をするものがたくさんある。その中には、混ぜたら固体化するものがあるから、それで頑丈なロープを作ろうと考えたけど、長さも強度も問題が無いものを作る知識はない。
「……やっぱり……」
いや、諦めてはダメだわ。部屋の中にある山のような書物の中を漁れば、もしかしたら作り方があるかもしれない――そう考えた私は、部屋の中にある山のような本を物色し始めた。
「カーティス様、ただいまエリン様は体調がすぐれない様子なので、日を改めて――」
「邪魔だ!」
調べ物をしようとすると、部屋の外が騒がしいことに気がついた。それとほぼ同時に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは……私のことを見下すように見つめるカーティス様と、その腕に抱きつきながら同じ様な目をしている、バネッサだった。
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