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第二話 婚約者と友人の本当の関係

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「ど、どうしてカーティス様とバネッサが……!?」

 あまりのショックで体が震えながらも、私は見つからないように物陰に隠れて、二人の様子を伺う。

 既に口づけは終わっていたけど、やっぱり抱き合っているのは変わらない。それは、恋人同士がするものにしか見えなかった。

「カーティス様、こんな所を誰かに見られたら、どうされるおつもりですの?」
「問題無い。城の連中は僕に逆らえないように、弱みを握っているからね。もし僕の邪魔をするのなら、極刑にするだけだ」
「っ……!?」

 いつもの穏やかで優しいカーティス様とは思えないような言葉は、私に更なるショックを与えてきた。

「それならいいのですが。それにしても、私達の関係をエリンが知ったら、一体どんな反応をするでしょうね?」
「さあね。僕は君との愛が育めればいいから、あんな女のことなんてどうでもいい。あいつはバカだから、適当に愛想良くして、婚約者だって言っておけば、勝手にしっぽを振って、国の資金作りに貢献してくれるだろう? これ以上都合のいい金づるはいない。時期を見計らって婚約を破棄して、君と改めて結婚するつもりさ」

 か、金づる……? カーティス様は、一体何を仰っているの……?

「国王様が勝手に結んだ婚約が、功を奏したたいうことですわね。確か、民のために作らせていた薬の大部分を独占して、上流階級の方々に売っていらっしゃるんですよね?」
「そうだ。やつらは自尊心だけは一人前のバカばかりだが、貧乏で無能な連中と違って金はあるから、高値で買い取ってくれるからね」

 じ、自分の国の人間になんて酷いことを言うの? これがあのカーティス様だというのが、信じられない……。

 それに……私が作っていた薬が、民の手に行き渡っていないなんて……幼い頃にお母さんと無理やり引き離されて、猛勉強をさせられて、民のために頑張って作っていた薬は……カーティス様達が贅沢に過ごすための道具だったの!?

「まあ、なんて人。そういうところ、嫌いじゃありませんけど」
「ははっ、君だって見てみぬふりをして、僕と愛を育んでいる時点で、同類じゃないか」
「そうですわね。私もあなたと同じ……民もエリンもどうでもいいですわ。愛しいあなたと裕福に暮らせれば、それでいいのです」

 カーティス様だけじゃなく、バネッサもそんなことを思っていたなんて……ショックすぎて、空いた口が塞がらない。

「ああ、任せてくれ。君は僕を愛し、僕を崇拝すればいい。そうすれば、もう一生金の心配は無くなる。もうこの城に来る前のような、底辺の生活をすることもない。ああ、そうだ、今日の夜に行うパーティーの後は空いてるんだ。だから……」
「かしこまりました。では夜に伺わせていただきます」

 カーティス様とバネッサは、楽しそうに笑いあってから、もう一度口づけを交わした。その光景に耐えきれなくなった私は……その場から逃げ出した。

 酷い……こんなの、あんまりだ! そ、そうだ……これはきっと夢だ! 疲れて悪い夢を見ているだけだ! ほら、ほっぺたをつねっても全然……痛く……。

「……痛い……なんで、どうして……!!」

 ほっぺたから伝わってくる痛みを信じずに、私は一心不乱に走って部屋に戻って来ると、頭から布団に包まった。

 部屋の外から、ハウレウの心配する声と、扉を叩く音が聞こえているけど、反応する元気も余裕も無かった。

「これは夢だ、これは夢! これは夢!! カーティス様とバネッサが……私の婚約者と友達が、あんな酷い人なはずがないもの!」

 自分に言い聞かせるように、現実から逃げるように、何度も何度も夢だと言い聞かせた。しかし、悪夢のような現実は終わることは無い。

 これは夢じゃない……カーティス様も、バネッサも……ずっと私を利用するために、演技をしていたのね。

「うぅ……どうして……」

 カーティス様の優しい笑顔が好きだった。忙しいのに私に会いに来てくれる時間が好きだった。たまに私の頭を撫でながら労ってくれるのが好きだった。でもそれは、私を欺くための演技だった。

 バネッサとおしゃべりする時間が好きだった。どんな話でも楽しそうにしている笑顔が好きだった。絶対に私達は必ず幸せになろうと意気込む前向きさが好きだった。でもそれも、私を欺くための演技だった。

「ははっ……あはははっ……全て、演技……全て、嘘……!!」

 ポロポロと涙を流しながら、乾いた笑い声を部屋に響かせる。

 婚約者として、一人の異性として、カーティス様を愛していた。大切な友人として、バネッサを愛していた。

 でも……深い悲しみによって、二人に対する暖かい気持ちは無くなり、全てが怒りと悲しみに変わった。ただ許せないとしか思えなくなった。

 私を利用し、親しい関係になっていたことも許せないけど、それと同じくらい……いや、それ以上に、民に必要な薬を利用して、私腹を肥やしていることが許せなかった。

「そうだ、さっきカーティス様は、今日の夜にパーティーがあると仰っていた。そこでカーティス様とバネッサの罪を告発すれば……!」

 王家が主催するパーティーには、たくさんの人が出席をする。そこで罪を告発すれば、きっとカーティス様もバネッサもただでは済まない。

 私も罪に問われるかもしれないけど……そんなことを恐れていたら、今の状況は変えられない。

「そうと決まれば、泣いてる場合じゃない。行動をしなくちゃ」

 頭からかぶっていた布団から抜け出すと、外は既に暗くなっていた。私が思っていた以上に、長い間泣いていたみたいだ。

「精霊様、どうか私を見守っていてください」

 行動の前に、いつも祈りをささげている精霊様の像の前に行き、両手を組んで祈りを捧げてから、ヒールの高い靴を脱いだ私は、勢いよく部屋を飛び出して走りだした。

「え、エリン様!? どちらに行かれるのですか!」
「ごめんなさい!」
「お待ちくださ……ぐはっ、急に動いたら腰が……」

 ハウレウの制止を振り切って走る。行き先は、城でパーティーをする時に使われるダンスホールだ。場所は前にカーティス様から聞いたことがあるから、問題はない。

 当然だけど、兵士の人達が続々と集まって、私を捕まえに来ている。こうなるかもしれないと思って、念のためヒールの高い靴を脱いできたんだけど、正解だったわ。

「エリン様!? お待ちください!」
「はぁ……はぁ……ごめんなさい!」

 次々に止めに来る兵士達を、するりとかわしながら、ダンスホールに向かう。どうやら兵士達も、聖女である私に何かあったら不味いと思っているようで、全力で止めにこなかったのが幸いだった。

「……着いた!」

 無事にダンスホールの入口に到着した私は、入り口の見張りをしていた兵士が、呆気に取られている隙を突いて、勢いよく扉を開けた。すると、中で談笑をしていた貴族の方達の視線が、一斉に私に向いた。

「え、エリン? どうしてここにいるんだ? 勝手に部屋を出てはダメじゃないか」
「っ……!」

 いち早く私の元に来て声をかけてきたカーティス様は、諭すように優しくそう言いながら、私の肩に手を置いた。その手を払いのけてから、私は口を開く。

「皆様、聞いてください! 私は聞いたのです! カーティス様とバネッサは……本来民に行き渡るはずの薬を、自分達の私腹を肥やすために利用していたんです! それどころか、カーティス様は私と婚約をしているのに、バネッサと浮気をしていたんです!」

 ……言った。言い切った。これできっと、貴族の方達に二人の悪事が広まって、そこから多くの人に知れ渡るだろう。そうすれば、二人はタダでは済まないはず。

 そう思っていたのだけど、貴族の人達から向けられたのは、驚きの言葉でも同情の言葉でもなく、冷ややかな視線だった――
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