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第三十六話 事件発生

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 ブラハルト様と同じ部屋で過ごすようになってから、二週間が過ぎた。
 あれから一緒に寝ることに、ほんの少しだけ慣れた私は、何とか寝不足にならずに過ごせている。

 ……とはいっても、たまにブラハルト様が寝返りをうって近くに来た時なんかは、ドキドキして眠れなくなることもある。

「今日も綺麗ですよ、エルミーユ様」
「ありがとう存じます。これも、マリーヌや皆様が手伝ってくれるおかげですわ」
「エルミーユ、もういいかな?」
「はい、どうぞ」

 早朝の着替えをしている間、部屋を出ていたブラハルト様は、部屋に入って私を見ると、満足そうに頷いた。

「うん、今日のエルミーユもとても美しい」
「そんな、照れてしまい――」
「ブラハルト様、一大事でございます!!」

 ゆったりとした空気の部屋の中に、息を切らせた男性の使用人が飛び込んできた。
 その様子は、どう見てもただ事ではないというのは、私にもすぐにわかった。

「どうした、落ち付いてゆっくり話してくれ」
「ぜぇ……はぁ……イリチェ村の橋が、崩落したという報告が!」
「なんだって!?」

 報告を聞いたブラハルト様は、勢いよく立ち上がる。

 イリチェ村の橋って、確か古くなったから工事をしていた橋よね? 一体どうしてそんなことに!?

「怪我人は!?」
「幸いにも、崩落したのが夜明け前だったため、現場に居合わせた者はいなかったようです!」
「そうか、怪我人がいないのは不幸中の幸いだった……とにかく、何があったのか確認をしに行く。マリーヌ、エルミーユのことは任せた」
「ブラハルト様、私も行きますわ! 私に何が出来るかわかりませんが……イリチェ村の方々が心配で、屋敷で呑気に待ってなんていられません!」

 ブラハルト様のことだから、危険があるかもしれないと仰って、私を引き止めるだろう。
 実際に、私の行くという言葉を聞いたブラハルト様は、目を丸くして驚いた後、小さく首を横に振っていたわ。

 でも、それが見えていないフリをして、自分の気持ちを伝えたおかげか、小さな溜息の後、わかったと了承してくれた。

「何があるかわからないから、気を付けていこう」
「わかりましたわ!」

 私はそのままブラハルト様とマリーヌ、それから手が空いている数人の使用人と一緒に、急いで馬車でイリチェ村へと向かった。

 報告では、怪我人はいないとのことだけど、実際にこの目で見たわけじゃない。どうか、皆様無事でいて……!


 ****


「これは……!」

 イリチェ村に無事に着いた私達は、急いで崩落した橋へと向かうと、そこには変わり果てた橋の姿があった。

「おお。ブラハルト様……わざわざお越しになってくださったのですね」
「ダミアン殿、無事でなによりです。報告では、怪我人はいないと報告を受けていますが、その後は?」
「村人達には、かすり傷一つありません。しかし……橋が無くなってしまったら、他の村や町との物流が難しくなってしまいます。それに、心の方は無傷というわけにはいかないようで……」

 ダニエル様の視線の先では、イリチェ村の方々が、橋の近くで悲しんだり怒りに震えていたりと、各々の反応は違っていたけど、とてもつらそうなのは同じだった。

 自分達が大切に使っていた橋が、突然崩落してしまったのだから、落ち込むのは無理もない。
 一度しか見ていない私がショックを受けているのだから、村の方々のショックの大きさは、計り知れない。

「それと、残りの二つの橋も、突然崩落してしまったようで……」
「な、なんだって!? 他の橋もだなんて……一体どうしてそうなったんだ!?」
「我々にもわかりません……」

 珍しく取り乱すブラハルト様は、ダミアン様に詰め寄る。

 こんなブラハルト様は初めて見るわ。それくらい、今回の一件はブラハルト様にとってショックだったのだろう。

「くそっ……ダミアン殿、これからの事を話し合うために、すぐに村の若い衆を、あなたの家に集めててください!」
「坊ちゃま、この混乱に乗じて悪事を働く輩がいるかもしれません。話し合いの前に、騎士団に人員の要請をした方がいいでしょう」
「た、確かにその通りだな……マリーヌ、これからすぐに文書を書くから、騎士団に届けてもらえるか?」
「はい、お任せください」

 マリーヌの的確なアドバイスに対して、ブラハルト様は深く頷いてみせる。

 イリチェ村の非常事態に対して、即座に自分のしなければならないことを判断し、行動にうつせるブラハルト様も、的確なアドバイスが出来るマリーヌも、やはり凄いお方だ。

 私にも、何か出来ることがあるはずよね……無理を言ってついてきたのだから、何か役に立たないと。

「……あれは……」

 自分に出来ることが何か無いか考えていると、ダミアン様の孫娘であるモモちゃんが、橋のことを見つめながら泣いているのを見つけた。

「モモちゃん」
「あっ……お姉ちゃん……来てくれたんだ……」
「ええ、イリチェ村の方々が心配で、ブラハルト様に無理を言って連れて来てもらいましたの。モモちゃんに怪我がなくて、安心しましたわ」
「うん、ありがとう……」

 腫れぼったくなったモモちゃんの目からは、大切な物を失ってしまった悲しみが強く感じられた。

「あたしね、あの橋が大好きだったんだ……おっきくてね、すごく綺麗でね……村の人達も、橋を大切にしてて……でも、急に壊れちゃって……あたし、すごく悲しいの……」
「大丈夫ですわ。きっとブラハルト様と村の大人達が、元通りに直してくださるわ」

 元気になってほしくて励ましたつもりだったけど、モモちゃんにはほとんど効果がなかったのか、嗚咽を漏らしながら、泣き出してしまった。

 よく見ると、近くにいる子供達も、泣いたり不安そうにしていて、とても胸が痛む。

 ……そうだわ、今の私に出来ることは、突然の事件で落ち込んでしまった子供達を、励ましてあげることだわ。
 話を聞いてあげることはもちろんとして、悲しみに染まってしまった心を元気にするためにも、あの約束を果たそう。

「モモちゃん、この前の約束は覚えていらっしゃいますか?」
「約束って、もしかして絵本の話……?」
「ええ。私、沢山の絵本を読んで覚えてきましたの」
「今は、そんな気分じゃないよ……」

 しまった、こんな状況で説明もなく、絵本の話をしてあげると言われたら、子供が相手だって微妙な反応をされるのは当然だ。ちゃんと説明をしないと。

「今だからこそです。落ち込んでいては、なんでも悪い方向に向かってしまいます。だから、楽しいことをして少しでも元気になって、良い方向に持っていきましょう。それに、モモちゃん達が元気になれば、きっと大人の方々も喜んでくださいます」
「そうなのかな……?」
「ええ、きっとそうですわ。さあ、向こうで明るくて楽しいお話をしましょう」

 これ以上橋を見ていたら、さらに気分が落ち込んでしまうと思った私は、モモちゃんや近くにいた子供達を連れて歩きだす。

 その途中で、誰もが悲しみにや怒りの表情をしている中で、私は少し異質な男性を診かけた。
 頬に小さな傷跡があるその男性は、何人もいる村人の中で、唯一無表情で佇んでいた。

「…………?」
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「いえ、なんでもありませんわ」

 不思議そうに私を見上げるモモちゃんに答えている間に、その男性はいなくなっていた。

 どうしてあのお方は、あんなに無表情で冷静でいられるのかしら。もしかして、ショックすぎて呆然としてしまったのかも……?

 もしそうなら、少しでも励ましてあげたかったのだけど、どこに行ったかわからない。
 見た目は覚えたから、今度見かけた時に声をかけてあげよう。
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