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第三十二話 カッコイイ人

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■コレット視点■

「はぁ~……退屈だな~」

 エルミーユお姉様がいなくなってからしばらく経ったある日、あたしはベッドの上でゴロゴロしながら、溜息を漏らした。

 婚約者と住む場所を失ったエルミーユお姉様を見るのは楽しかったけど、いじめる相手がいなくなったせいで、暇つぶしが出来なくなっちゃって、退屈な時間が増えちゃったんだよね。

 それに、エルミーユお姉様から奪ったヴィルイ様……優しいのはいいけど、想像以上に堅物人間なせいで、魅力が全くない。

 まあ、堅物だってのは前からわかっていたから、文句を言うなって話なんだけどさ……婚約をした後なのに、手を繋いだり、腕に抱きついたり、露出の多いドレスで誘惑しても手を出さないのは、さすがに堅物すぎると思うんだよね。

「あたしの嘘を信じ込ませるために、裸を見せた時も手を出さなかったしなぁ……あそこで手を出されてれば、もっとエルミーユお姉様を傷つけられたかもしれないのに。本当に残念」

 エルミーユお姉様から婚約者を奪い、あたしの方がエルミーユお姉様より全てが勝っていると証明しつつ、取り乱すエルミーユお姉様をたくさん見たかったんだけど、中々人生ってうまくいかないね。

「まあいいや。適当に頃合いを見つけて、もっとカッコよくて面白い愛人を見つけよっと。そうだ、お母様にお願いすれば、よさげな人を見つけてくれるかも!」

 お母様は、あたしのことを溺愛してくれている。だから、あたしがお願いをすれば、なんだって用意してくれる。それが例えお金でも、ドレスでも、宝石でも。
 そんなお母様なら、カッコいい愛人を用意するのも簡単だよね!

「そうと決まれば、早速お願いしに行こ~っと!」

 あたしは軽やかな足取りで部屋を後にして、お父様の部屋へと向かう。
 この時間なら、お母様はお父様の部屋で仕事をしているはずだからね。

「しつれいしま~す! お母様、いる~?」
「あら、コレット。どうかしたの? 」
「うん、あたし欲しいのがあるんだ。ちょっと用意が難しいものかもしれないけど……」
「もちろんいいですわよ」
「やったぁ! あたし、カッコよくて、話してて面白い愛人が欲しいの!」
「あ、愛人だと? コレット、愛人を作るのはいいが、ちゃんとしないと後々面倒なことになるから、気をつけろ」

 さすがお父様、あくまであたしのことを尊重したうえで、自分の経験から得た注意もしてくれるなんて、本当に優しいな!

「うーん、それはさすがに、すぐに用意するのは難しいですわね……」
「え~!? そんなぁ! あたし、このままじゃ退屈すぎて死んじゃうよ!」
「おやおや、なんだか随分と楽しそうな相談をしているんですねぇ」

 全然楽しく無いよ! 欲しいものがすぐに手に入らないなんて、そんなのムカつくし!

 って……ちょっと待って。今、誰かが自然に会話の中に入ってきていたような……?

「やあ、こんにちは~!」

 しれっと会話に混ざっていた男性は、赤い目と金の髪が特徴的な、ビックリするほどのイケメンだった。

「わぁ、カッコいい人! ところで、どちらさま? お父様の知り合い?」
「貴様、誰だ!? どこからこの屋敷に侵入した!?」
「侵入だなんて、そんな恐れ多いこと出来ませんよぉ~。ほら、怒鳴られてこんなに手が震えちゃってる男が侵入なんて、とてもとても!」

 カッコいい人は、笑顔のまま両手をスッと上げる。その両手は、小刻みに震えていて、ちょっとかわいそうに見えた。

「そんな芝居で騙されるとお思いですの!? そこのあなた、早く兵を呼んで――」
「まあまあ、そんなに怒らないでください。せっかくの美人が台無しですよぉ」

 カッコイイ人は、ポケットの中からハンカチを取り出すと、部屋の中にいた女性の使用人の口にあてた。すると、使用人はその場で膝から崩れ落ち、すやすやと寝息を立て始めた。

「どうです? お友達が用意してくれた、とっておきの睡眠薬の効果は凄いでしょう? ふふっ、君の寝顔は可愛いでちゅね~。このままお持ち帰りしちゃいたいでちゅね~」
「何から何までふざけて……!」

 怒りと驚きで表情を歪ませるお父様とお母様とは対照的に、カッコいい人は怖い怖いと呟きながら肩をすくめると、あたしの元に近づいてきた。

 きゃっ、近くで見ると更にカッコいいじゃん! 突然現れたイケメンに連れられて、愛の逃避行とかも面白そう!

「やめろ、娘に手を出すな!」
「出しませんよぉ。ボクは彼女に挨拶がしたいだけですから。こんにちは、美しいご令嬢様。あなたのような美しい方と再会できた幸運を、神に感謝しなければなりませんね」

 さっきまでの態度とは一転して、キザったらしい台詞を並べながら、あたしの手の甲にキスをした。

 今まで社交界でこういうことをされた経験はあるけど、その時はいつも嫌だった。
 でも、この人が相手だったら、むしろ手の甲じゃなくて唇にしてほしいくらい! それくらいカッコイイし、あたし好みだよ!

 ……でも、再会ってどういうこと? あたし、この人のこと知らないんだけど?

「本当は、そちらの見目麗しい淑女にも、ちゃんとしたご挨拶をしたいところですが……これ以上は当主様に怒られちゃいそうなんで、やめておきましょ~かね」

 再びふざけたような態度に戻ったカッコイイ人は、無許可でソファにドスンっと腰を下ろした。

「ああ、さっきの話ですけど~……別に大事にしてくれても、ボクは一向に構いませんよぉ? その代わりに、あなた方の秘密をバラしちゃいますけどね」
「秘密? そんな脅しでどうにかできると思っているのか?」
「脅しだなんて、そんな勘違いをしちゃう当主様、か~わ~い~い~! なんて言ってみたり? あははっ」

 軽い雰囲気になったり、女児っぽい話し方になったり、急に真面目になったり、色々と忙しい人だね。見てる分には、とっても面白いけど!

「ちなみになんのネタで脅そうとしたか、ヒントを上げますよ。そ・れ・は……エルミーユと、彼女の出生! あ、ついでに出血大サービスとしてこれも教えちゃいましょうか! この家でのエルミーユの扱いとか、エルミーユの前の婚約者とか!」

 エルミーユ。その名が出た瞬間に、部屋の中の空気が張り詰めた。

 今の言い方……もしかして、この人はワーズ家がエルミーユお姉様にしたことを知っているの?

「どうしてそれを……貴様、一体何者だ!? それに、どこからその情報を!?」
「あ~……やっぱりわからないですよねぇ。ボクってば、社交界にはほとんど出てないし、最後に出た時よりも身長が伸びたし、髪色もコロコロ変えてるし」

 ……? もしかして、あたしが気づいていないだけで、本当にこの人とは会ったことがあるの?
 でも、もしそうなら、こんなイケメンを忘れるはずが無いと思うんだけど……。

「あ、ちなみにこの情報は、エルミーユのことを調べるために、ワーズ家の屋敷に通って働いているお姉さんと仲良くしたら、教えてくれましたよ。顔と体が良い女性を雇いたい気持ちは十分理解できますけど、もう少し口の堅い女性を用意するべきでしたねぇ。まあ、ボクとしてはやりやすかったし、素敵な一夜を過ごせたから良いんですけどね」
「……ふん、その馬鹿は後で処分するとして……もう一度問う。貴様は何者だ?」

 お父様の質問に対して、カッコイイ人はボソッと自分の名前を口にした。

 ボクの名は、エドガー・アルスターだと――
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