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第二十五話 二人の幸せ

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 エドガー様との一件があった日から一ヶ月後。私は自室で外出をする準備をしていた。

 今日は、ブラハルト様がアルスター家の領地にある、とある村に視察に行かれる日だそうだ。
 だから私も、妻としてそれに同行するために、こうして準備をしている。

 実を言うと、私が絶対にご一緒しないといけないわけではないのだが……ブラハルト様が、自分やご先祖様が愛した地と民をぜひ紹介したいそうだから、喜んでついていくことにしたの。

「今回は社交界のような、堅苦しい所に行くわけじゃないから、あまり気張らなくてもいいよ」
「そういうわけには参りませんわ。ブラハルト様の妻として、恥ずかしくないようにしませんと」

 社交界に行く時よりかは、少し動きやすくてカジュアルなドレスを用意してもらったとはいえ、それ以外のところは、恥ずかしくないようにバッチリ準備した。

「視察が一番の理由ですが、他にも民の皆様へのエルミーユ様のご紹介や、お二人の息抜きも兼ねてますから、そんなに肩ひじを張らず、デート気分で楽しんできてくださいね」
「で、デート!?」

 いたずらっぽく笑うマリーヌの言葉に、思わずドキッとしてしまった。
 私達は夫婦なのだから、デートくらいはしてもおかしくはないけど、改めて言われるとビックリしてしまうわ。

「これも仕事の一環だから、デート気分というのは、少々いかがなものかと思うが……」
「こうでも言わないと、お二人は息抜きが出来ないじゃないですか。特に坊ちゃまは真面目すぎるんです。超が三十個くらい付くほど真面目です」
「この前より増えてないか?」
「気のせいですよ」

 私達の心配をしているからこそ、マリーヌが今回の提案をしてくれているのはわかっている。
 それはブラハルト様もわかっているようで、それ以上マリーヌに何か言うことは無かった。

「さて、そろそろ出発の時間だ。マリーヌ、留守は任せたぞ」
「お任せください」

 今日はお留守番のマリーヌや他の使用人に見送られながら、私とブラハルト様は数人の使用人と共に、馬車に乗って屋敷を出発した。

「ブラハルト様、今向かっているのは、どんな所なんでしょうか?」
「アルスター家の領地にある村の中で、一番大きな村だ。川沿いにあるとても綺麗な所でね。きっとエルミーユも気にいると思うよ」
「そうなのですね。うふふっ……とても楽しみですわ」

 庶民の方達が暮らす村に行くだなんて、初めての経験だから、とてもワクワクするわ。

 ワーズ家も領地は持っていたし、領民もいたけれど、虐げられていた私が彼らにお会いすることも、領地に訪れることも出来なかったの。

「…………」
「どうかしましたか? そんなジッと見つめて……」
「いや、最近のエルミーユは、よく笑うようになったなと思ってな」

 言われてみれば、確かにその通りだ。
 笑ったりした日には、何がおかしいんだと叱られていた実家にいた時と比べて、格段に笑うようになったと思う。

「社交界での凛とした君も、とても美しくて好ましいけど、こうやって楽しそうに笑う君の方が、俺は好きだな」
「んぐっ!?」

 ブラハルト様から向けられた、突然の好意に驚いてしまい、変な声が出てしまった。

「お、おい大丈夫か?」
「大丈夫ですわ……はしたない姿を見せてしまい、申し訳ございません」
「君が無事ならそれでいいよ。でも、急にどうしたんだ?」
「えっ? その、急に好きと仰られて……ちょっと驚いて、ドキドキしてしまいました」
「ドキドキ?」
「はい。最近、ブラハルト様を見てると、ドキドキすることがあるんです」

 ブラハルト様に愛さない理由を聞いたあの日、急にドキドキしたことがあったのだけど、それと似たようなドキドキが起こることが、最近増えてきているの。

「それは苦しくないのか? 痛いとか?」
「ありません」

 突然目が真剣になったブラハルト様は、私の体を調べ始める。
 調べると言っても、ドレスを脱がせて調べるわけではなく、質問で痛いとか苦しいとか聞いてくるだけだ。

「とりあえず、病気や怪我は無さそうでなによりだ。だが、そのドキドキの正体がわからないのは気になるな」
「ブラハルト様でもわからないのですね……」
「だが、実は俺もそうなったことがある」
「ブラハルト様もですか!?」
「ああ。俺もエルミーユを見ている時や、話をした時になんだ」
「わ、私も見ている以外にも、お喋りをしている時とか……一緒にいる時ですら、なることもあります」
「一体何なんだろうな……?」

 二人して首を傾げている姿が面白くて、思わず二人して笑いだしてしまった。
 この胸の高鳴りの正体はわからないけど、確かに言えることがある。それは……。

「私は今……ブラハルト様とご一緒に暮らせて、とても幸せです。あなたはどうですか?」
「俺も、とても楽しくて充実して……幸せだ。これからも、君と充実した日を送りたい」
「私もですわ。確かにこの胸の高鳴りの正体はわかりませんが、私達が幸せなのですから、それでいいのではございませんか?」
「そうだな。これからも充実した毎日を送り、笑って暮らせれば、それでいいな」

 毎日笑って暮らす――簡単に聞こえるかもしれないけど、私にとってはいくら手を伸ばしても届かなかった憧れ……それが、ブラハルト様と一緒に手に入るなんて、こんなに幸せなことは無いわ。
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