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第十三話 可愛らしい一面
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「……うぅん……?」
小さく声を漏らしながら目を開けると、全く見慣れない天井と、ヒラヒラした布が、私の視線に入ってきた。
ここはどこなのかしら……私、一体どうしてこんな所で寝ているのかしら……?
「……そうだ。私、アルスター家の屋敷に住み始めたんだったわ」
ぐっすり眠り過ぎていたのか、頭が寝ぼけていて状況がすぐに判断できなかった。
今何時なのかしら……とりあえず、太陽の光を浴びてスッキリしよう。
「うぅぅぅん……はぁ。ベッドがフカフカだからなのか、いつも以上によく眠れましたわ」
大きく体を伸ばしながら、太陽の光を浴びたおかげで、だいぶ目が覚めてきた。
それと同時に、自分の体の変化に気が付いた。
「……あら……? 体が少し変だわ」
自分の体の違和感……というか、なにかが巻かれているような感覚に首を傾げながら、右腕を確認してみると、綺麗に包帯が巻かれていた。
それは右腕だけではなく、体中にある傷の全てに、手当てが施されている。体の違和感の正体はこれだろう。
「い、いつの間にこんな手当てが……? 手当ては足だけだったはずなのに……ちょっと待って。そもそも私、昨日は一体なにを……?」
昨日は……アルスター家に来て、ブラハルト様とお話して、マリーヌに足の手当てをしてもらって、その後お風呂に……お、ふろ……?
「そこから先の記憶が、全くない……あぁ!? そうだ、洗ってもらっている時に眠くなって……そのまま……!?」
全てのことを忘れることが出来ない私が思い出せないのだから、寝落ちしてしまったのは、紛れまない事実だろう。
「ど、どうしよう……初日から早々に、多大な迷惑をかけてしまいましたわ……!」
最低でも、体の傷の手当てに、浴室からここに運んでもらっているのは間違いない。
それに、今私が着ている、この凄く肌触りの良いピンクのネグリジェ……きっとこれも、眠った後に着せてもらった物よね?
「ああもう、私の馬鹿! 早くブラハルト様とマリーヌに、お礼と謝罪をしないと……って、もうお昼!? 嘘でしょう!?」
歴史を感じる古い時計の針は、既にお昼過ぎを示していた。
ずっと歩き通しで疲れていたとはいえ、こんな時間まで眠っていたなんて、信じられない。どれだけ失敗を積み重ねれば気が済むのよ!?
「は、早くブラハルト様の元に……」
焦る気持ちを必死に押し殺し、姿見で自分の格好に変な所がないかの確認をする。いくら急いでるとはいえ、だらしない格好で行ったら、失礼になってしまうからだ。
寝癖は無いし、よだれの跡もない。本当は、ちゃんとしたドレスに着替えてから挨拶した方が良いのだろうけど、今はその時間すら惜しい。
「とりあえず大丈夫そう……ごほんっ。落ち着いて、いつも通りの感じで行けば大丈夫」
私は、背筋を伸ばしてゆっくりと部屋を後にすると、すぐ隣の部屋の扉の前に立ち、扉を小さくノックをした。
「エルミーユです。ブラハルト様、いらっしゃいますか?」
「はい、どうぞ」
ブラハルト様の返事を聞いてから、部屋の扉を開ける。
中では、ブラハルト様が机に向かって、書き物をしているところだった。その隣には。マリーヌが立っている。
「おはようございます、エルミーユ嬢。よく眠られていたようですね」
「おはようございます、ブラハルト様、マリーヌ。その……申し訳ございませんでした。色々していただいたうえに、まさかこんな時間まで眠ってしまうなんて……」
「ご実家から歩いてお越しになられて、疲れがたまっていたのでしょう」
「で、ですが……こんなにしていただいたのに……」
ブラハルト様に謝罪をしながら、手当てをしてもらった右手を少しだけ上げてみせた。
「傷の方はいかがですか? マリーヌや、女性の使用人達にお願いして、手当てをしてもらったのですが」
「おかげさまで、以前より痛みが引いています。ありがとう存じます、マリーヌ」
「いえいえ」
「そうだ、きっとエルミーユ嬢が起きたら、ここに来ると思ってまして、来たらこれを渡すつもりだったんです」
そう言うと、ブラハルト様はなにかが入った大きな袋をプレゼントしてくれた。
あれ……この重さと、布越しから感じる感触……まさか!?
「あ、開けていいですか!?」
「はい、どうぞ」
やや食い気味になってしまったが、ブラハルト様から許可を貰って袋を開けると、中にはお母様が残してくれた、あのぬいぐるみが入っていた。
それも、ちゃんと首の部分が直っている状態で。
「こ、これは……! ど、どうして!?」
「マリーヌから、それが大切なものだったけど、お越しになる前に壊れてしまったと聞いていたので、俺が預かって直させてもらいました。もう一つの品は、あなたの部屋の引き出しにしまってあります」
「っ……!」
私のためにブラハルト様が直してくれたことも、大切なぬいるぐみが直ったことも嬉しくて……本当に嬉しくて。それを表すように、ぬいるぐみを強く抱きしめた。
「エルミーユ嬢? もしかして、お気に召しませんでしたか? 余計なことをしてしまっていたのなら、謝罪を――」
「そんなことはございません! 本当に大切な品だったので、綺麗に直してもらえたのが嬉しくて! あぁ、良かった……お母様のぬいぐるみ……!」
コレットに壊されてしまった時は、感情が制御できなくなるくらい、本当に深く傷ついてしまった。
でも、ブラハルト様がこんなに綺麗に直してくれたおかげで、心の傷がとても癒された。
って……嬉しいのはいいけど、人様の前で無邪気に喜んでいたら、はしたなく思われてしまうわね。
「ブラハルト様、直してくださり、本当にありがとう存じます。それと、嬉しさのあまり、取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「嬉しいのなら、喜ぶのは普通ではありませんか。どうして謝るのですか?」
「貴族の令嬢たるもの、無暗に感情を出すのはみっともないと、両親にきつく言われて育ったもので……」
喜んだら叱られ、怒ったら叱られ、哀しんだら叱られ、楽しんだら叱られ……そんな生活を送らされていた私は、社交界では常に落ち着いた令嬢であれと言われてきた。
だから、思わず感情を表に出してしまったことを、すぐに謝罪するに至ったというわけだ。
「なるほど、社交界での気品を感じる立ち振る舞いは、その成果なのですね。しかし、あなたは既にアルスター家の一員なのですから、好きに感情を出しても良いのですよ」
「……はい」
感情を出しても良いと言われても、突然色々な感情を出すのは難しい。
少しずつ、気軽に感情を言葉や表情に出せるようになれば、ブラハルト様とのコミュニケーションも円滑に進められるかしら。
いくら愛し合っていない結婚とはいえ、コミュニケーションは大事だものね。よし、そうと決まれば――
「少なくとも、俺は先程のあなたの笑顔が、とても好きですよ」
「っ……!?」
とりあえず今まで通りのところから、少しずつ感情を出そうと思っていたのに、突然感情をグチャグチャにしてきそうな単語が襲ってきた。
え、笑顔が好きって……そんなの、愛の告白のようなものじゃ……さ、さすがに飛躍しすぎ? いや、そもそも結婚は既にしているんだった。
「そうそう。婚約を申し込んだ時も、本当に嬉しそうで……今でも印象に残ってます」
「あ、あれは興奮しすぎたと言いますか……わ、忘れてください!」
必死に冷静さを保とうとしたのに、さらに襲い掛かってくる照れと恥ずかしさで、顔がとても熱くなっているのが、自分でもわかる。
家を出てから間もなく、こんな今まで感じたことがないような強い感情を覚えるなんて、思ってもなかったわ。
「その、ブラハルト様も……とてもお優しくて、素敵なお方だと思いますわ」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
ブラハルト様にも私の気持ちを伝えたくて、素直な言葉を贈ったが、逃げるように視線を書類に向けてしまった。
あ、あれ……もしかして、嫌だったのかしら……? なんか頬も少し赤くなってるし、怒ってしまったのかもしれない。
「あの、お気に触ってしまったのなら、謝ります」
「えっ? 謝る必要なんてありませんよ」
「ですが、私から視線を逸らしたじゃありませんか」
「その……笑わないでくださいよ?」
「はい」
「……昔からこんな顔つきなんで、家の人間以外に、優しいお方だなんて言われた経験がなくてですね。年甲斐もなく照れてしまって」
「…………」
初めてお会いした時の威圧感や冷たい感じ、それに恐ろしい噂なんて、ここにはない。
あるのは、照れてしまったことを隠そうとする、優しくて可愛らしいブラハルト様の姿だった。
小さく声を漏らしながら目を開けると、全く見慣れない天井と、ヒラヒラした布が、私の視線に入ってきた。
ここはどこなのかしら……私、一体どうしてこんな所で寝ているのかしら……?
「……そうだ。私、アルスター家の屋敷に住み始めたんだったわ」
ぐっすり眠り過ぎていたのか、頭が寝ぼけていて状況がすぐに判断できなかった。
今何時なのかしら……とりあえず、太陽の光を浴びてスッキリしよう。
「うぅぅぅん……はぁ。ベッドがフカフカだからなのか、いつも以上によく眠れましたわ」
大きく体を伸ばしながら、太陽の光を浴びたおかげで、だいぶ目が覚めてきた。
それと同時に、自分の体の変化に気が付いた。
「……あら……? 体が少し変だわ」
自分の体の違和感……というか、なにかが巻かれているような感覚に首を傾げながら、右腕を確認してみると、綺麗に包帯が巻かれていた。
それは右腕だけではなく、体中にある傷の全てに、手当てが施されている。体の違和感の正体はこれだろう。
「い、いつの間にこんな手当てが……? 手当ては足だけだったはずなのに……ちょっと待って。そもそも私、昨日は一体なにを……?」
昨日は……アルスター家に来て、ブラハルト様とお話して、マリーヌに足の手当てをしてもらって、その後お風呂に……お、ふろ……?
「そこから先の記憶が、全くない……あぁ!? そうだ、洗ってもらっている時に眠くなって……そのまま……!?」
全てのことを忘れることが出来ない私が思い出せないのだから、寝落ちしてしまったのは、紛れまない事実だろう。
「ど、どうしよう……初日から早々に、多大な迷惑をかけてしまいましたわ……!」
最低でも、体の傷の手当てに、浴室からここに運んでもらっているのは間違いない。
それに、今私が着ている、この凄く肌触りの良いピンクのネグリジェ……きっとこれも、眠った後に着せてもらった物よね?
「ああもう、私の馬鹿! 早くブラハルト様とマリーヌに、お礼と謝罪をしないと……って、もうお昼!? 嘘でしょう!?」
歴史を感じる古い時計の針は、既にお昼過ぎを示していた。
ずっと歩き通しで疲れていたとはいえ、こんな時間まで眠っていたなんて、信じられない。どれだけ失敗を積み重ねれば気が済むのよ!?
「は、早くブラハルト様の元に……」
焦る気持ちを必死に押し殺し、姿見で自分の格好に変な所がないかの確認をする。いくら急いでるとはいえ、だらしない格好で行ったら、失礼になってしまうからだ。
寝癖は無いし、よだれの跡もない。本当は、ちゃんとしたドレスに着替えてから挨拶した方が良いのだろうけど、今はその時間すら惜しい。
「とりあえず大丈夫そう……ごほんっ。落ち着いて、いつも通りの感じで行けば大丈夫」
私は、背筋を伸ばしてゆっくりと部屋を後にすると、すぐ隣の部屋の扉の前に立ち、扉を小さくノックをした。
「エルミーユです。ブラハルト様、いらっしゃいますか?」
「はい、どうぞ」
ブラハルト様の返事を聞いてから、部屋の扉を開ける。
中では、ブラハルト様が机に向かって、書き物をしているところだった。その隣には。マリーヌが立っている。
「おはようございます、エルミーユ嬢。よく眠られていたようですね」
「おはようございます、ブラハルト様、マリーヌ。その……申し訳ございませんでした。色々していただいたうえに、まさかこんな時間まで眠ってしまうなんて……」
「ご実家から歩いてお越しになられて、疲れがたまっていたのでしょう」
「で、ですが……こんなにしていただいたのに……」
ブラハルト様に謝罪をしながら、手当てをしてもらった右手を少しだけ上げてみせた。
「傷の方はいかがですか? マリーヌや、女性の使用人達にお願いして、手当てをしてもらったのですが」
「おかげさまで、以前より痛みが引いています。ありがとう存じます、マリーヌ」
「いえいえ」
「そうだ、きっとエルミーユ嬢が起きたら、ここに来ると思ってまして、来たらこれを渡すつもりだったんです」
そう言うと、ブラハルト様はなにかが入った大きな袋をプレゼントしてくれた。
あれ……この重さと、布越しから感じる感触……まさか!?
「あ、開けていいですか!?」
「はい、どうぞ」
やや食い気味になってしまったが、ブラハルト様から許可を貰って袋を開けると、中にはお母様が残してくれた、あのぬいぐるみが入っていた。
それも、ちゃんと首の部分が直っている状態で。
「こ、これは……! ど、どうして!?」
「マリーヌから、それが大切なものだったけど、お越しになる前に壊れてしまったと聞いていたので、俺が預かって直させてもらいました。もう一つの品は、あなたの部屋の引き出しにしまってあります」
「っ……!」
私のためにブラハルト様が直してくれたことも、大切なぬいるぐみが直ったことも嬉しくて……本当に嬉しくて。それを表すように、ぬいるぐみを強く抱きしめた。
「エルミーユ嬢? もしかして、お気に召しませんでしたか? 余計なことをしてしまっていたのなら、謝罪を――」
「そんなことはございません! 本当に大切な品だったので、綺麗に直してもらえたのが嬉しくて! あぁ、良かった……お母様のぬいぐるみ……!」
コレットに壊されてしまった時は、感情が制御できなくなるくらい、本当に深く傷ついてしまった。
でも、ブラハルト様がこんなに綺麗に直してくれたおかげで、心の傷がとても癒された。
って……嬉しいのはいいけど、人様の前で無邪気に喜んでいたら、はしたなく思われてしまうわね。
「ブラハルト様、直してくださり、本当にありがとう存じます。それと、嬉しさのあまり、取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「嬉しいのなら、喜ぶのは普通ではありませんか。どうして謝るのですか?」
「貴族の令嬢たるもの、無暗に感情を出すのはみっともないと、両親にきつく言われて育ったもので……」
喜んだら叱られ、怒ったら叱られ、哀しんだら叱られ、楽しんだら叱られ……そんな生活を送らされていた私は、社交界では常に落ち着いた令嬢であれと言われてきた。
だから、思わず感情を表に出してしまったことを、すぐに謝罪するに至ったというわけだ。
「なるほど、社交界での気品を感じる立ち振る舞いは、その成果なのですね。しかし、あなたは既にアルスター家の一員なのですから、好きに感情を出しても良いのですよ」
「……はい」
感情を出しても良いと言われても、突然色々な感情を出すのは難しい。
少しずつ、気軽に感情を言葉や表情に出せるようになれば、ブラハルト様とのコミュニケーションも円滑に進められるかしら。
いくら愛し合っていない結婚とはいえ、コミュニケーションは大事だものね。よし、そうと決まれば――
「少なくとも、俺は先程のあなたの笑顔が、とても好きですよ」
「っ……!?」
とりあえず今まで通りのところから、少しずつ感情を出そうと思っていたのに、突然感情をグチャグチャにしてきそうな単語が襲ってきた。
え、笑顔が好きって……そんなの、愛の告白のようなものじゃ……さ、さすがに飛躍しすぎ? いや、そもそも結婚は既にしているんだった。
「そうそう。婚約を申し込んだ時も、本当に嬉しそうで……今でも印象に残ってます」
「あ、あれは興奮しすぎたと言いますか……わ、忘れてください!」
必死に冷静さを保とうとしたのに、さらに襲い掛かってくる照れと恥ずかしさで、顔がとても熱くなっているのが、自分でもわかる。
家を出てから間もなく、こんな今まで感じたことがないような強い感情を覚えるなんて、思ってもなかったわ。
「その、ブラハルト様も……とてもお優しくて、素敵なお方だと思いますわ」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
ブラハルト様にも私の気持ちを伝えたくて、素直な言葉を贈ったが、逃げるように視線を書類に向けてしまった。
あ、あれ……もしかして、嫌だったのかしら……? なんか頬も少し赤くなってるし、怒ってしまったのかもしれない。
「あの、お気に触ってしまったのなら、謝ります」
「えっ? 謝る必要なんてありませんよ」
「ですが、私から視線を逸らしたじゃありませんか」
「その……笑わないでくださいよ?」
「はい」
「……昔からこんな顔つきなんで、家の人間以外に、優しいお方だなんて言われた経験がなくてですね。年甲斐もなく照れてしまって」
「…………」
初めてお会いした時の威圧感や冷たい感じ、それに恐ろしい噂なんて、ここにはない。
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