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第八話 慰めてあげるよ
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「よいしょっと……」
私は、ブラハルト様がお帰りになられた後、いつものボロボロなエプロンドレスに着替えさせられて、庭の草むしりを一人でさせられていた。
ワーズ家の屋敷の敷地はとても広いから時間がかかるうえに、手も汚れるし、中腰でやらないといけないから、疲れるし体が痛くなるのよね……。
しかも、引っこ抜いた草をその辺に置いておくわけにもいかないから、袋に詰めて焼却炉に持っていかないといけない。
これが、想像以上に重労働なのだけど、当然それも私一人でやらなければいけない。
「私一人に任せるよりも、沢山の使用人でやった方が、絶対に効率が良いだろうに……うっ、腰が……」
「あ、いた! エルミーユお姉様、結婚して明日には出て行くって聞いたんだけど、どういうこと!?」
腰の痛みを紛らわせるために、軽く腰を叩いていた私の元に、コレットが息を切らせながらやってきた。
コレットには、結婚のことを話していないのに……お義母様か使用人辺りから聞いたのかしら。
知られたら面倒なことになりそうだから、黙っておこうと思ったのに。仕方がない、一応知らせておこう。
「ええ、そうよ」
「相手は誰なの!? ていうか、せっかく嫌がらせも兼ねて、エルミーユお姉様の婚約者を奪ったのに、すぐ結婚とか意味わかんない!」
「ブラハルト・アルスター様よ。アルスター伯爵家の当主様を務めているお方なのよ」
なにか変なことが聞こえた気がしたけど、あえて聞こえないふりをして答える。
すると、コレットは私が結婚することに驚いていたのに、ブラハルト様の名前を出したら、更に目を丸くさせていた。
「ぶ、ブラハルトって……あのブラハルト様!?」
「多分、あなたの考えているお方で間違いないと思うわ」
「そっかー……ふーん……」
噛みしめるように呟きながら、顔を伏せたコレットは、それから間もなく腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ! やだぁ~エルミーユお姉様ってば、可哀想~! まさか新しい婚約者が、あの悪名高いブラハルト様だなんて! まだ家にいた方が、マシな生活が出来るんじゃない? 呪い殺されちゃっても知らないよ~?」
コレットは、私がブラハルト様と結婚するのがよほど面白かったようで、腹を抱えて笑っていた。
「仕方ないなぁ、あたしは優しいから、慰めてあげるよ」
本当に楽しそうに笑うコレットは、私の頭に手を伸ばす。
いつもなら、反発したら面倒なことになるから、されるがままになるのだが、なぜかブラハルト様を侮辱されたことに腹が立ってしまって……コレットの手を払いのけていた。
「は……? エルミーユお姉様、今何をしたかわかってるの?」
「わかってるわ。それ以上、ブラハルト様を悪く言わないで頂戴。あのお方は、あなた達のような醜悪な人間では、足元にも及ばないくらい、素晴らしいお方よ」
「っ……!!」
いつもなら言わないようなことを、凛とした態度で、きっぱりと言い切ると、コレットは悪魔のような形相を浮かべながら、私のことを突き飛ばすと、私の頭を思い切り踏みつけてきた。
「本当にエルミーユお姉様って馬鹿だよね! 会ってから間もない人間が、素晴らしい人間だってわかるとか、どれだけ頭の中がお花畑なの!? 馬鹿すぎて可哀想だから、あたしが治してあげるよ! 荒療治だけどいいよね!?」
「うぐっ……い、痛っ……!」
「ほらほら、ここがいいのかな~? きゃははっ! お馬鹿さんには、これくらい強い方がいいよね!」
が、我慢よ……今までだって、散々酷いことをされてきても、我慢したんだから……もう少しで、この地獄から逃げられるんだから……我慢しなきゃ……!
「あっ、そうだ! あたし、この後ヴィルイ様と一緒に、劇を見に行く約束があるんだった! エルミーユお姉様の分まで楽しんでくるから! それじゃ、ごきげんよう~!」
コレットは、嫌味ったらしく手をヒラヒラと振りながら、その場を後にした。
あの感じだと、忘れていたと装って、自分とヴィルイ様が仲良くしているのを、自慢したかっただけね。
「ふぅ、酷い目にあった……あんな性格で、よく今まで社交界でボロが出ないなと感心しますわね……って、それよりも早く仕事をしないと」
こんな仕事なんて、当然やりたくない。
でも、せっかく今まで耐えに耐えてきたのに、ここで投げ出して結婚の話がこじれてしまうのだけは避けたいから、最後までしっかりやらないと。
****
翌朝、日の出と共に目を覚ました私は、家を出るために必要な荷物をまとめ始めた。
まとめるといっても、持っていくものは、お母様が残してくれたぬいぐるみと、いまだに何が書いてあるか読めていない、破れた手紙だけ。
それを、お父様が使用人を介して渡してくれた、小さな鞄に詰め込んだ。
「やっとこの家から出られる……本当に長かったわ……」
私には、生まれた時から今までの記憶が全て頭にあるからか、この苦痛に満ちた十八年間が、異様に長く感じた。
でも、それもやっと終わる――ブラハルト様の家で、どんな扱いをされるかはわからないけど、こんな生活より下になることはない。
私はそう信じて、今までずっと生活をしていたボロボロの家を後にして、いつも使っている更衣室へとやってきた。
更衣室には、いつも通り見栄えだけを気にしたドレスと化粧品、身支度をするための道具が置かれているだけで、使用人の一人もいなかった。
「最後の最後まで、さすがというか……期待もしていなかったけど」
旅立ちの日でも変わらない扱いに、思わず苦笑いを浮かべながら、身支度を始める。
今日用意されたドレスと、少し暗めの青いドレスだ。見栄え重視のため、動きにくいし肌寒いけど、期待しても仕方がない。
「今日は、いつも以上に見た目に気を付けないと。手を抜いてブラハルト様に嫌われては、元も子もないわ」
いつも手を抜いているわけじゃないけど、今日はそれ以上に気を付けて身支度を整えた。
うん、どこも変なところはないわね……出発には少し早いけど、なるべくこの屋敷の中にはいたくないし……馬車でのんびりしていよう。
そう思い、早足で玄関に向かうと――
「あれ、エルミーユお姉様! 挨拶も無しに出発するなんて、酷いんじゃないの~?」
声をかけられて振り返ると、そこには数人に使用人を引き連れて、ニヤニヤと笑うお義母様とコレットの姿があった。
私は、ブラハルト様がお帰りになられた後、いつものボロボロなエプロンドレスに着替えさせられて、庭の草むしりを一人でさせられていた。
ワーズ家の屋敷の敷地はとても広いから時間がかかるうえに、手も汚れるし、中腰でやらないといけないから、疲れるし体が痛くなるのよね……。
しかも、引っこ抜いた草をその辺に置いておくわけにもいかないから、袋に詰めて焼却炉に持っていかないといけない。
これが、想像以上に重労働なのだけど、当然それも私一人でやらなければいけない。
「私一人に任せるよりも、沢山の使用人でやった方が、絶対に効率が良いだろうに……うっ、腰が……」
「あ、いた! エルミーユお姉様、結婚して明日には出て行くって聞いたんだけど、どういうこと!?」
腰の痛みを紛らわせるために、軽く腰を叩いていた私の元に、コレットが息を切らせながらやってきた。
コレットには、結婚のことを話していないのに……お義母様か使用人辺りから聞いたのかしら。
知られたら面倒なことになりそうだから、黙っておこうと思ったのに。仕方がない、一応知らせておこう。
「ええ、そうよ」
「相手は誰なの!? ていうか、せっかく嫌がらせも兼ねて、エルミーユお姉様の婚約者を奪ったのに、すぐ結婚とか意味わかんない!」
「ブラハルト・アルスター様よ。アルスター伯爵家の当主様を務めているお方なのよ」
なにか変なことが聞こえた気がしたけど、あえて聞こえないふりをして答える。
すると、コレットは私が結婚することに驚いていたのに、ブラハルト様の名前を出したら、更に目を丸くさせていた。
「ぶ、ブラハルトって……あのブラハルト様!?」
「多分、あなたの考えているお方で間違いないと思うわ」
「そっかー……ふーん……」
噛みしめるように呟きながら、顔を伏せたコレットは、それから間もなく腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ! やだぁ~エルミーユお姉様ってば、可哀想~! まさか新しい婚約者が、あの悪名高いブラハルト様だなんて! まだ家にいた方が、マシな生活が出来るんじゃない? 呪い殺されちゃっても知らないよ~?」
コレットは、私がブラハルト様と結婚するのがよほど面白かったようで、腹を抱えて笑っていた。
「仕方ないなぁ、あたしは優しいから、慰めてあげるよ」
本当に楽しそうに笑うコレットは、私の頭に手を伸ばす。
いつもなら、反発したら面倒なことになるから、されるがままになるのだが、なぜかブラハルト様を侮辱されたことに腹が立ってしまって……コレットの手を払いのけていた。
「は……? エルミーユお姉様、今何をしたかわかってるの?」
「わかってるわ。それ以上、ブラハルト様を悪く言わないで頂戴。あのお方は、あなた達のような醜悪な人間では、足元にも及ばないくらい、素晴らしいお方よ」
「っ……!!」
いつもなら言わないようなことを、凛とした態度で、きっぱりと言い切ると、コレットは悪魔のような形相を浮かべながら、私のことを突き飛ばすと、私の頭を思い切り踏みつけてきた。
「本当にエルミーユお姉様って馬鹿だよね! 会ってから間もない人間が、素晴らしい人間だってわかるとか、どれだけ頭の中がお花畑なの!? 馬鹿すぎて可哀想だから、あたしが治してあげるよ! 荒療治だけどいいよね!?」
「うぐっ……い、痛っ……!」
「ほらほら、ここがいいのかな~? きゃははっ! お馬鹿さんには、これくらい強い方がいいよね!」
が、我慢よ……今までだって、散々酷いことをされてきても、我慢したんだから……もう少しで、この地獄から逃げられるんだから……我慢しなきゃ……!
「あっ、そうだ! あたし、この後ヴィルイ様と一緒に、劇を見に行く約束があるんだった! エルミーユお姉様の分まで楽しんでくるから! それじゃ、ごきげんよう~!」
コレットは、嫌味ったらしく手をヒラヒラと振りながら、その場を後にした。
あの感じだと、忘れていたと装って、自分とヴィルイ様が仲良くしているのを、自慢したかっただけね。
「ふぅ、酷い目にあった……あんな性格で、よく今まで社交界でボロが出ないなと感心しますわね……って、それよりも早く仕事をしないと」
こんな仕事なんて、当然やりたくない。
でも、せっかく今まで耐えに耐えてきたのに、ここで投げ出して結婚の話がこじれてしまうのだけは避けたいから、最後までしっかりやらないと。
****
翌朝、日の出と共に目を覚ました私は、家を出るために必要な荷物をまとめ始めた。
まとめるといっても、持っていくものは、お母様が残してくれたぬいぐるみと、いまだに何が書いてあるか読めていない、破れた手紙だけ。
それを、お父様が使用人を介して渡してくれた、小さな鞄に詰め込んだ。
「やっとこの家から出られる……本当に長かったわ……」
私には、生まれた時から今までの記憶が全て頭にあるからか、この苦痛に満ちた十八年間が、異様に長く感じた。
でも、それもやっと終わる――ブラハルト様の家で、どんな扱いをされるかはわからないけど、こんな生活より下になることはない。
私はそう信じて、今までずっと生活をしていたボロボロの家を後にして、いつも使っている更衣室へとやってきた。
更衣室には、いつも通り見栄えだけを気にしたドレスと化粧品、身支度をするための道具が置かれているだけで、使用人の一人もいなかった。
「最後の最後まで、さすがというか……期待もしていなかったけど」
旅立ちの日でも変わらない扱いに、思わず苦笑いを浮かべながら、身支度を始める。
今日用意されたドレスと、少し暗めの青いドレスだ。見栄え重視のため、動きにくいし肌寒いけど、期待しても仕方がない。
「今日は、いつも以上に見た目に気を付けないと。手を抜いてブラハルト様に嫌われては、元も子もないわ」
いつも手を抜いているわけじゃないけど、今日はそれ以上に気を付けて身支度を整えた。
うん、どこも変なところはないわね……出発には少し早いけど、なるべくこの屋敷の中にはいたくないし……馬車でのんびりしていよう。
そう思い、早足で玄関に向かうと――
「あれ、エルミーユお姉様! 挨拶も無しに出発するなんて、酷いんじゃないの~?」
声をかけられて振り返ると、そこには数人に使用人を引き連れて、ニヤニヤと笑うお義母様とコレットの姿があった。
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