上 下
38 / 58

第三十八話 黒き刺客

しおりを挟む
■ジーク視点■

 さて、勢いよく飛び出したはいいが……これだけ巨大な相手の顔にまで近づくのは、中々に骨が折れそうだ。

 先程のように、氷の足場を使って動くのが良さそうだが、相手も馬鹿ではない。きっとそれを読んで抵抗してくるに違いない。

 足を斬って倒すのが手っ取り早いか? だが、既に近隣の木が倒されていたり、動物が巻き込まれたりと、被害を被っている。更に被害が出る事はなるべく避けたい。

『ガ……ア……!』
「自力で兄上の氷から逃れたか……そのまま凍ってくれていれば楽だったんだがな」

 敵は自分の手の一部を分離させて細かくし、俺に向かって飛ばしてきた。その数は……数えきれない。さすがの俺でも、あれを全て捌くのは難しそうだ。

「ジーク! お前は正面だけを見ろ! 左右は私が撃ち落とす!!」

 背後から、兄上の無駄にデカい声が聞こえてくる。それから間もなく、後ろから飛んできた、無数の細かい氷柱が黒い物体を貫いていった。

 全く、デカい声を出すのも、鍛錬以外の荒事なんて不得手の癖に、それを隠し通そうとするのは相変わらずだな。

 まあ……それは今回に限らずか。以前クラスメイト達からシエルを守った時も、後で随分と疲れた顔をしていたからな。鍛錬では容赦ないくせに。

 さて……兄上の覚悟に、俺も報いなければならないな。そして……俺を信じてくれ見守ってくれている奴らの為にも、俺は必ず勝つ。

「ふっ……!!」

 兄上の氷柱から逃れた黒い物体を、俺は次々と斬りながら前進していく。悪いが、一つも逃すつもりはない。俺の後ろには、守らなければならない連中がいるもんでな。

『ガァァァァァァ!!』

 遠距離攻撃では無駄だと判断したのか、雄たけびを上げながら拳を振り下ろしてきた。

 この巨体が迫ってくると中々に迫力があるが、所詮それだけだ。大振りな上に直線的だから、避けるのは造作もない。

 そうだ、これを逆に利用してやればいい。あの拳が地面にまで降りてきたら、そこから登っていけば、比較的簡単に登れそうだ。

「きゃあ!?」

 拳が地面にめり込んだ瞬間、後ろからシエルの悲鳴が聞こえてきた。急いで振り返ったが、どうやら驚いて尻餅をついていただけのようだ。

 シエルめ、変に心配をかけるな……お前に何かあったらどうするつもりだ。せっかく掴んだ平穏な時間を、少しでも無駄にする事は避けるようにしてほしい。

 まあいい。今がチャンスだ。この拳から登って……ん? この腕、凍って地面にくっついてしまっているな。動かそうとしているが、よほど頑丈なのか全く動いていない。

 きっと兄上が、俺に登りやすいようにしてくれたのだろう。手回しが良いというか、おせっかいというか……まあいい。とにかくこれで登りやすくなった!

「いくぞ!」

 俺は敵の腕に乗ると、そのまま顔を目掛けて走り出す。このまま真っ直ぐ行けば、多少は疲れるかもしれないが、顔にたどり着ける。

 だが敵も甘くはない。腕の一部から、ボコボコと泡が立ち……そこには小型の人型魔法生物が行く手を阻んだ。

「雑兵が、俺の邪魔をするな」

 向かってくる敵を斬りながら、俺は前進していく。さすがに登りにくいが、なんとかなってはいる。

 ……それにしても、

「ふんっ!」

 向かってきた敵を斬り、更に顔に向けて登りだす。目標の顔まではもう少しだ。

「……くっ!?」

 もう少しというところで、俺の足元から、黒い触手が出てきたと思ったら、一瞬で俺を拘束してしまった。

 だが、この程度の拘束なら簡単にはがせ――

『ガァ~!』
「なに喜んで……ぐっ!?」

 これは……触手から流される電撃の痛みに加えて、俺の体力が奪われていく……しかも、頭の中までぐちゃぐちゃにされているような感覚だ。

 さっさとこれは剥がさないといけないんだが……体に力が入らない……!

「これは……まずい……」

 意識が段々と遠のいていく中、手に持っていた剣がキラリと光った。

 そうだ……この剣には、兄上の魔法がかけられている。この力を使えば、もしかしたら……!

「兄上の力を受けた剣よ、この触手を斬り落とせ!」

 俺の言葉に反応するように、刃から勝手に斬撃が飛ばされた。そのおかげで、俺を封じていた触手は斬り落とせた。

 なるほどな……こいつの目的は、足止めとは別に、俺達の脳の改変か。それをすれば、クソ王子に反発する人間の筆頭である俺達を、完全に無力化できるというわけか。これをシエルがやられなくて本当によかった。

 認めたくは無いが、こういう時は頭が働く男だ。生まれた環境と育ちかたがよければ……ふん、たらればで話しても仕方ない。今はさっさと決着をつける。

「はああああああ!!」

 先程の攻撃で体力の浪費をしてしまったせいで、さすがに登るのが大変になってきた俺は、いつも出さないような大声を上げながら、顔を目指して進んでいく。

 その途中で黒い連中が腕や肩から生えて邪魔してくるが、不意打ちじゃなければ問題ない。全て……斬る!

「貴様ら程度で、俺を止められると思うな!」

 邪魔をする者を全て斬り、ようやく俺は顔へとたどり着いた。あとは顔にある核を破壊すれば、こいつらは消えてなくなる。

 ……想像以上に面倒な事になったが、早く終わらせてシエルを試験会場に送らなければ。

「これで終わりだ……!」

 俺は肩から勢いよく飛びあがり、顔の真正面に行くと、そのまま剣を振り上げた――が、敵も最後の抵抗として、顔から角のような物をいくつも伸ばして攻撃してきた。

 それ自体には大した威力は無かったが……勢いは止められたうえに、俺の体勢が大きく崩されてしまった。これでは……核を狙って剣を振るのは不可能だ。

「ここまできて……俺は……!」
「ジーク様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 自分の情けなさを嘆いていたその時、俺の事を呼ぶ声が聞こえてきた。涙声で、震えていて……それでも必死に俺を呼ぶ声だった。

 ……何をやっているんだ俺は。俺の後ろには、俺の守りたい女がいるというのに、何を弱気になっている。どんなにカッコ悪くても、無様でも……シエルは俺が守る!

「消え、ろぉぉぉぉぉ!!」

 俺は核を目掛けて、剣を思い切りぶん投げた。すると、剣は顔の中心を目指して真っ直ぐ飛んでいき……回転しながら敵の核を貫いた――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

呪われ令嬢、王妃になる

八重
恋愛
「シェリー、お前とは婚約破棄させてもらう」 「はい、承知しました」 「いいのか……?」 「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」 シェリー・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される29歳の侯爵令嬢。 家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。 「ジェラルド・ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」 「──っ!?」 若き33歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うシェリー。 だがそんな国王にも何やら思惑があるようで── 自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくシェリーは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか? 一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。 ★この作品の特徴★ 展開早めで進んでいきます。ざまぁの始まりは16話からの予定です。主人公であるシェリーとヒーローのジェラルドのラブラブや切ない恋の物語、あっと驚く、次が気になる!を目指して作品を書いています。 ※小説家になろう先行公開中 ※他サイトでも投稿しております(小説家になろうにて先行公開) ※アルファポリスにてホットランキングに載りました ※小説家になろう 日間異世界恋愛ランキングにのりました(初ランクイン2022.11.26)

妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜

雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。 だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。 国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。 「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」 *この作品はなろうでも連載しています。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

追放された令嬢は英雄となって帰還する

影茸
恋愛
代々聖女を輩出して来た家系、リースブルク家。 だがその1人娘であるラストは聖女と認められるだけの才能が無く、彼女は冤罪を被せられ、婚約者である王子にも婚約破棄されて国を追放されることになる。 ーーー そしてその時彼女はその国で唯一自分を助けようとしてくれた青年に恋をした。 そしてそれから数年後、最強と呼ばれる魔女に弟子入りして英雄と呼ばれるようになったラストは、恋心を胸に国へと帰還する…… ※この作品は最初のプロローグだけを現段階だけで短編として投稿する予定です!

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

結婚するので姉様は出ていってもらえますか?

基本二度寝
恋愛
聖女の誕生に国全体が沸き立った。 気を良くした国王は貴族に前祝いと様々な物を与えた。 そして底辺貴族の我が男爵家にも贈り物を下さった。 家族で仲良く住むようにと賜ったのは古い神殿を改装した石造りの屋敷は小さな城のようでもあった。 そして妹の婚約まで決まった。 特別仲が悪いと思っていなかった妹から向けられた言葉は。 ※番外編追加するかもしれません。しないかもしれません。 ※えろが追加される場合はr−18に変更します。

処理中です...