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第三話 再会

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 墓地を後にした私は、お母さんをボロボロのバッグに入れて背負い、スラム街を抜け、城下町へと戻ってきました。ここで馬車に乗って、あの方が住むお屋敷へと向かうつもりです。

 とは言っても、お金なんてほとんど持ってないので、馬車で行ける所まで行って、後は徒歩で行きます。

 そんなの大変じゃないかって? 私には六年の巡礼の旅で培った、サバイバル技術があるので大丈夫です。山の中を周り、真っ白な髪が泥で染まるくらい動いて食料を探した経験もありますので。

「わぁ……お母さん、綺麗な景色だよ」

 馬車に乗り、動きだしてから少し経った頃、私はお母さんが入ったバッグを抱えながら外を見ました。そこには、青々とした草が、風に撫でられて気持ちよさそうにサワサワと音をたてていました。

 草原の光景は、今まで巡礼の中で沢山見て来ましたが、お母さんと見るといつも以上に綺麗に見えるから不思議です。

 これが生きている頃なら……綺麗だねって言いながら、私の頭を……うぅ……お母さん……。

「ぐすっ……」

 さっきあれだけ泣いたのに、まだ涙が溢れてきます。どれだけ泣いても、涙も悲しみも尽きないものなのでしょうか……?

「さっきからうるせえぞ、そこの汚いクソガキ」
「あっ、申し訳ありません……」
「ちっ、気味悪い髪だし汚いし、最悪じゃねーか。もしかしてそのバッグに死人の骨でも入ってるんじゃねーだろうな!?」
「…………」

 一緒に馬車に乗っていた男性から、あまりにもつらい言葉を浴びせられてしまった私は、逃げるように馬車から降りてしまいました。

 本当なら、もう少しお母さんと一緒に馬車の旅を楽しめたはずなんですけど……仕方ないですよね。あそこにいたら、お母さんまで酷い事を言われちゃいます。

 ……私? 私は慣れっこですから大丈夫です。スラムでは気味が悪いと罵られ、巡礼の時も陰口を叩かれる事もあったので、慣れちゃいました。慣れって怖いですね。

「って、思い出に浸ってる場合じゃないですよね。早くお屋敷に行かなきゃ」

 昔に比べてだいぶ軽くなったお母さんと一緒に、私は街道をまっすぐ歩き始めます。私の記憶が正しければ、道なりに真っ直ぐ行って、次は右に行って……うん、多分大丈夫です。

「よいしょ……よいしょ……ふふっ、お母さんとこんな風にお散歩できるなんてね」

 誰もいない街道の歩きながら、私は背中のお母さんに語り掛けました。

 五歳の時に、お母さんが凄く調子が良かった日があって、それで一緒にお散歩をした覚えがあります。とはいえ、スラムの中を少し歩いただけだったので、綺麗なものではありませんでしたが。

「本当なら……アンドレ様と結婚して、お母さんが楽できるようになって、成長した私の力で治して……幸せなせいか……つを……」

 もう叶わぬ夢。それは一人の男に騙された事で、あまりにも脆く崩れ去ってしまいました。後悔しても遅いのは分かってますが、それでも……何度も考えてしまうんです。私はなんて愚かな女なのでしょう……。

「ひっく……わっとと……」

 泣きながら歩いていると、バッグの中からゴトゴトと音がしました。しかも、私の背中にぶつかったような衝撃も感じました。

 ……もしかして、中のお母さんが私を励ましてくれた……なんて事は無いですよね。きっと偶然でしょう。偶然……だとしても、なんだかお母さんとお話できたみたいで……嬉しいなぁ……。

 さあ、いつまでもここでジッとしてるわけにはいきません。早くお屋敷について、お母さんを休ませてあげなきゃ。

 ……私? 私はどうでもいいです。とにかくお母さん第一ですから。


 ****


「はぁ……ふぅ……ふぅぅぅぅ……やっと着いた……」

 どれだけ歩いていたのでしょう? 高かったお日様がほとんど傾き始めた頃、ようやく目的地のお屋敷に到着しました。

 ここに来るのは三年振りですね。私の記憶が間違ってなければ……うん、大丈夫です。

 さあ、まずはノックですね……この玄関のドアに彫られてる動物、苦手なんです……コンコンッと

「どちら様ですか? 本日はもう面会のご予定はございませんが」
「と、突然申し訳ございません。怪しいものじゃなくて……シエル・マリーヌと申します」

 玄関から出てきたメイド服の女性は、私の姿を見るや否や、目を丸くして驚いていた。

「シエル……!? それはもしや、奥様を救ってくださった聖女様!?」
「はい、元聖女ですけど……」
「しょ、少々お待ちを!」

 凄い勢いで屋敷の中に入っていくと、中から聖女様が来てくれましたよー!! って、凄い声が聞こえます。

 よくわからないけど……迷惑じゃないんでしょうか……? そんな事を思っていると、玄関から見覚えのある男性が出てきました。

 真っ黒な髪と、対照的に激しく燃えているような赤い目を持つ男性です。目つきはやや鋭いけど、あまり怖くはありません。

「シエル、久しぶりだな。会えて嬉しい」
「お久しぶりです、ジーク様」

 ジーク・ベルモンド様――この一帯を総べる領主である、ベルモンド家の次男です。あまり口数が多く無くて、表情も乏しい方ですが、とてもお優しい方です。

「巡礼、終わったのか?」
「はい。ですが……その後に色々あって、お城を追い出されて……家も家族も……なので、頼れるのがここしか無くて……」
「……落ち着け。話すのは後でゆっくりで構わない。それよりも……そんな泥だけで、服も汚れていては、気分が悪いだろう。すぐに風呂に入ってこい。誰か、サポートを」
「かしこまりました、ジーク坊ちゃま」
「え、え……?」

 あれよあれよと決まってしまい、屋敷の中に招かれた私は、とても綺麗な大浴場に放り込まれてしまいました。そして、メイドの方々に隅から隅まで洗ってもらって……ピカピカのポカポカになりました。

 こんな綺麗なお風呂に入ったの、何年振りでしょうか? スラムにいた時はもちろん、巡礼の時に何回か入れてもらったくらいです。基本的に川とか湖で済ませていたので。

「あの、お風呂ありがとうございました。凄くさっぱりしました」
「恐縮です。客間にてジーク坊ちゃまや旦那様方がお待ちです」
「わ、わかりました」
「ではご案内いたします」

 メイドさん達に綺麗な青いドレスを着せてもらった私は、客間に向かってゆっくりと歩き出しました。

 突然押しかけておいて、お風呂で綺麗にして貰った挙句、こんな素敵なドレスを着させてもらって……図々しいにも程がある気がします。後で怒られても、なんの文句も言えません。

「どうかされましたか?」
「あ、いえ……その、このドレス綺麗だなって」
「ありがとうございます。ジーク坊ちゃまが急いで選んだものでして。これならシエル様に似合うだろうと仰ってました。ふふっ、あんなに真剣なジーク坊ちゃまを見るのは、鍛錬以外では珍しかったですわ」
「は、はぁ……」

 どういう意図で、そんなに真面目に選んでくださったのでしょうか? 私にはわかりませんが……ドレスなんて一生着る機会なんて無いと思ってたから、少々心が躍ってしまってます。不謹慎ですよね、反省します……。

「そうだ、私の荷物ってどこにありますか? 凄く大切な人なんです」
「お荷物は私共で大切に保管しておりますので、ご安心ください」
「そうなんですか……よかった」

 お母さんが無事でホッとしたのも束の間、私は凄く大きな扉の前に連れて来られました。ここがきっと客間なのでしょう。

「では中へどうぞ。旦那様、シエル様をお連れ致しました」
「ご苦労。下がってよい」
「かしこまりました」

 中に入ると、豪華な装飾品で彩られた部屋が私を出迎えてくれました。どこもキラキラと輝いて見えるせいか、まるで別世界の様です。

 そして、そこにいたのは……ジーク様を含めた、四人のお方でした。
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