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第十一話 激昂

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 結局ほとんど眠れなかった私は、重い瞼を何とか開けながら、メイドに身支度を整えてもらいました。

 こんなに眠いのは、久しぶりですわ……自分で言うのもなんですが、寝つきは良い方ですの。それなのに、昨日は眠れませんでした。

 こういう時は、大抵体の調子が悪くなるのがお決まりなのですが、今日は不思議と調子が良いです。快調というわけではありませんが……寝不足なのに、沢山寝た時と変わりませんの。

「眠気覚ましに、お散歩でも行きましょう」
「ワンッ!!」
「モコは元気そうね。それじゃ行きましょうか」

 私はモコと一緒に屋敷の外に出ると、敷地内のお庭を周り始めました。本当はもっと広い所を走らせてあげたいけど、勝手に出ていったら心配をかけてしますので。

「今日も良い天気ですわね……あら、あそこにいらっしゃるのは……カイン様?」
「……っ! ワンワンッ!!」
「あ、こらモコ!」

 お庭にある噴水の前でどなたかとお話していたカイン様に向かって、モコは吠えながら走っていきました。

 もう、お話を邪魔するような事をしてはいけないのに! モコったら、いつの間にそんなにカイン様に懐いたのかしら!?

「ん? おや、マシェリーにモコじゃないか。おはよう」
「ウー……ワンワン!」
「お、おはようございます! こらモコ、勝手に走ったら危ないでしょう!」

 すぐに追いついた私は、モコを抱っこして叱りますが、モコは一切聞く耳を持たずに、カイン様に吠え続けていました。

 これは……懐いてるどころか、逆に嫌っているのではないでしょうか? こんなに吠えるのなんて、見た事ありません。

 カイン様は少々変わった所はありますが、とても良い人なのに……これからはモコと一緒にいる状態でカイン様とお話しする時は、噛みつかないように抱っこしておきましょう。

「どうやら嫌われてしまったようだ」
「申し訳ございません……こんなに人様に吠える事なんて、普段はないのですが……」
「気にしなくていいよ。嫌われたり恐れられたりするのには慣れてるから」
「…………」

 は、反応に困りますわ……! こういう時は、話題を変えて乗り切るしかありません!

「ところで、何の話をされていたんですか?」
「ああ、彼は庭の管理をしていてね。所々に問題点があったようだから、実際に見ながら、話をしてたんだ」
「そうだったんですね。お二人共、朝早くからお疲れ様ですわ」
「ありがとうございます。では坊ちゃま、私はこれにて」
「うん、よろしく頼むよ」

 深々とお辞儀をしてから、カイン様と一緒におられた男性は、屋敷の中へと戻っていかれました。

 普段から騎士団のお仕事もされて、屋敷の事もされて……本当にカイン様はご多忙な方なんですね。これだけ動いていたら、疲れて血が足りなくなるのも頷けます。

 頑張っているカイン様に、なにか力になりたいですわ……私に出来る事は無いでしょうか? 血は昨日差し上げましたし……。

「あの、この後って時間はございますか?」
「時間? 朝食を食べて、城に行くまでは特に予定はないかな」
「それなら、一緒にお散歩しませんか? ゆっくり歩いてると、気分が良くなるんですのよ。あっ、でも……カイン様には、お日様の下はおつらいでしょうか?」
「大丈夫だよ。折角のお誘いだし、是非ご一緒させてほしい」
「良かったですわ! では参りましょう!」

 私はモコを地面に降ろしてから、上機嫌で歩き出します。すると、カイン様が私の前に立ち、手をそっと取ってきました。

「カイン様、どうして私の手を取ってるんですの?」
「男性が女性をエスコートするのは当然だからね。昨晩もしているだろう?」

 そのお気持ちは大変嬉しいですわ。でも、昨晩は廊下が暗かったからという理由がありました。今はただの散歩……エスコートは必要ないと思うんですが……せっかくのご厚意ですし、素直に受け取るとしましょう。

「こうして何の目的も持たずに、ただ散歩するなんてあまり経験が無いけど、とても良いものだね。清々しい気分になる」
「それは何よりですわ。私も嫌な事があった時、こうしてモコと一緒にのんびりお散歩したんですのよ」
「そうだったんだね。そこに俺が加わっても良かったのか? 彼はちょっと不満げそうだけど」
「はふっ!!」
「もう、モコったら……」

 どうしてモコはそんなにカイン様の方が嫌いなんでしょうか? 別にカイン様は、モコに意地悪な事をしたわけじゃありませんのに。

「せっかくですし、屋敷の外をお散歩しませんか? この辺りの事を教えていただきたいですし」
「……申し訳ないけど、それは遠慮するよ。俺が外に出ると、みんな俺を怖がるからね」
「ヴァンパイアの血があるからですか? でも、見た目は普通の殿方ですわよね?」
「あまり嬉しくないけど、俺は変に有名でね。特にこの目が目印となっているそうだ」

 カイン様の目……? そういえば、カイン様の目はオッドアイでしたわね。私は特に気にはしておりませんでしたが、言われてみれば普通の方の中では、稀な特徴です。

「あいつは血を吸って人を殺すとか、バケモノの血があるとか、目が普通じゃないとか……あくまで一例だけど、そんな感じで恐れられてる。そんな俺が、意味もなく外を歩いてたら、みんなを怖がらせてしまうからね」
「……なんですのそれ」

 黙ってお話を聞いておりましたが、私は内心で怒りの炎を燃やしておりました! もう我慢できませんわ!

「納得がいきませんわ! 未知なものを恐れる気持ちはわかります! ですが、騎士団長をするような方が、殺すまで血を吸うはずがあるわけないでしょう!?」
「ま、マシェリー?」

 ここまで言ったら、もう止められません。いえ、そもそも止めるつもりもありません!

「バケモノの血? それも納得できませんわ! カイン様のご両親は、それはとてもご立派な方と聞いております! それを知りもしないで酷い事だけを言うなんて、虫唾が走りますわ! あと目の色! これが一番納得がいかなくて、腹立たしいですわ! 目の色が違うから何なんですの!? とても個性的ですし、お美しいではありませんか!」

 元王族としての正義感が災いしてるのか、誰かがが苦しんでるのを、黙って見てるなんて出来ませんわ! 相手が心優しい方なら、尚更放っておけません!

「もっと自信を持ってくださいまし! あなたは頑張っているのだから! って……こ、こんな大声を出して……申し訳ございませんわ」
「……君は、俺がヴァンパイアだと分かってからも一緒にいるけど、俺が怖くないのか?」
「……? いえ、特には。少々変わった人だなって思うくらいですわ」
「……そうか。ずっと嫌われ、恐れられ、いくら頑張っても騎士団のみんなは心を開かない。そんな状態だったから、君のその反応は不思議だよ」
「私は、助けてくれた恩人にそんな事は絶対に思いません。それに、国や民の為に頑張るカイン様を、賞賛する事はあっても、貶すような事は絶対にいたしません」

 私の言葉がよほど意外だったのか、カイン様は目を丸くされておられました。

 頑張っている方が、正当な評価をされないで不当な扱いをされているのは、本当に残念ですし、心が痛みますし、腹立たしいですわ。三時間くらいお説教をする場を設けてくれないでしょうか?

「ふぅ……そろそろ朝食ができてるかもしれませんね。戻りましょう」
「俺は後から行くから、先に食堂に行っててほしい」
「わかりましたわ」

 カイン様と別れると、食堂のある方へと向かって歩き出しました。

 カイン様が慕われるようになる為に、私に出来る事って無いでしょうか? うーん、カイン様の良さを伝えて回るとか? 何か良い案があればいいんですが……。




「急に何だ……胸と顔が熱い。マシェリーとの散歩がとても楽しくて、もっと一緒にいたい。それに、あんなに俺の為に怒ってくれて……凄く嬉しい。笑った顔や、他の顔が見たい。こんな気持ちは初めてだ……これがセバスの言っていた……そうか、俺は……」
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