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第十話 ヴァンパイアの力の一端

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 まさか私から血を分けるなんて提案をされると思ってなかったのでしょうか。カイン様は目を丸くして驚いておられました。

「まあ……貰えるのは確かにありがたいけど……短期間で血を出すなんて、体の負担が大きい。ただでさえマシェリーは体が強くないんだから、無理はしない方がいいよ」

 ……なんだか両親以外にこんなに優しくされた経験が無いので、ちょっと心配してもらうだけで感動してしまいますわ。

 って、そんなのは後でいくらでもすればいいですわ。今はカイン様を説得するのが先です!

「これからお世話になるのですから、これくらいはさせてほしいんですの! 体調の方は問題ありませんわ!」
「うーん、わかった。そこまでいうなら分けてもらおうかな。正直、今日の訓練と事務作業で、かなり体力を消費してしまったんだ」

 そう言うと、カイン様はそっと私の顎に手をやると、そのまま私の顔を少しだけ上げさせました。

 うぅ、提案したのは良かったですが……またキスをされてしまうと思うと、少々体が強張ってしまいますわ。しっかりしなさい私……食べられるわけじゃないんですから、大丈夫大丈夫……。

「先に言っておくけど、もう口から貰う事はしないよ」
「え、そうなんですか?」
「あの時はかなり切羽詰まっていたのと、君が吐血をしていたから口から貰っただけで、基本的には首に噛みつくんだよ」
「な、なるほど……」

 首に……それはそれで怖いですわ! でも……自分からやるって言いだしたんだから、今更後には引けません。

 それに、これでカイン様がまた元気に活動できるようになると思えば、首の痛みくらい安いものですわ!

「大丈夫、俺に任せて……体の力を抜いて」
「は、はい……」

 そんな事を言われても、初めての事なので緊張して……体に力が入ってしまいます。それにやはり少々怖いので、目も瞑ってしまいました。

「……ううっ……」

 暗闇の向こうから、カイン様の熱を感じます。首筋には、カイン様の息が当たってますし、息遣いも間近に聞こえます。そして、それから間もなく、首筋に痛みが走りました。

 思ったよりかは痛みが少なくて良かったのですが、血を吸われるという感覚は、想像以上に不思議な感覚でしたわ。

「いたっ……」
「ごめん。でもちょっとだけ我慢して」
「は、はい……え、あっ……なんで舐め……ちょっ……んっ!?」

 てっきり噛まれるだけかと思っていたのに、カイン様は唐突に私の首を舐め始めました。そのせいで、声にならない声が漏れてしまいましたわ。

 く、くすぐったいような、変な感じというか……とにかく、こんな感覚は初めてすぎて……頭が真っ白ですわ……。

「終わったよ」
「はぁ、はぁ……噛むだけだと思っていたのに、なんで舐めたんですか……ビックリしましたわ……」
「首、痛むかい?」

 首? そんなの噛まれたんだから、痛いに決まってますわ……って、あら……?

「言われてみれば……今は全然痛くありません」
「ヴァンパイアは、舐めた部分を治癒する力もあるんだ。血を貰う時に噛んだ傷を残さないためにね」
「ぜ、全然知りませんでしたわ……」

 何故急に舐めるのかと思ったら、そんな効果があっただなんて思いもよりませんでした。ちゃんと上げる側の事も考えられているなんて、ヴァンパイアという種族は凄いのですね。

「それで、少しは体調は良くなりましたか?」
「ああ。体がかなり軽くなったよ。本当にありがとう」
「お礼を言われるような事はしておりませんわ。先程もお伝えした通り、住まわせていただいてるお礼ですもの」

 ふふっ、カイン様が元気になって本当によかったですわ。ちょっと痛かったですし、ビックリもさせられてしまいましたが、ちゃんと行動して良かったと思えます。

 ……そういえば、血を分けてからいつも感じる体の重さが、少し軽くなったような……気のせいでしょうか? それとも血が少し減った分、体が軽くなった? そんな事、起こるわけないですわよね……?

「では私はそろそろ戻りますわ。また明日……いえ、もう日が変わってますわね。本日の朝、またお会いしましょう」
「待って。暗い廊下を一人で歩くのは危険だから、部屋の前まで送っていくよ」
「カイン様はまだお仕事があるのでは? それに、屋敷の中だから平気ですわ」
「仕事はすぐに片付くし、俺が送りたいからそうするだけだから、気にしなくていい」
「では、お言葉に甘えて」

 私はカイン様と一緒に部屋を出ると、手を取ってエスコートされる形で、薄暗い廊下を進んでいきます。

 ここだけの話、暗い所はちょっぴり怖いので、こうしてついてきてくれると大変心強くて、安心できますわね。

「送ってくれてありがとうございました。大変有意義な時間を過ごせましたわ」
「こちらこそありがとう。あ、そうだ……まだ血を貰ったお礼をしていなかった」
「だから、あれは私の方のお礼であって――」

 だからお礼はいらない。そう言おうとした矢先、カイン様は握っていた私の手を口元に持っていくと、手の甲に口づけをされました。

 に、二度ならず三度までも口づけをされてしまいましたわ。全部している場所が違いますし、口と頬の時と比べれば、まだ驚きは少ないのが救いかもしれません。

 あれ、よく考えたらさっきの首の一件もありますし……四回? こんな短期間に、そんなに沢山口づけをされるようになるなんて、微塵も思いませんでしたわ!

「え、あの……」
「さっきのお礼だ。あ、この事はセバスには他言無用で頼むよ。また怒られてしまうからね」
「怒られたんですのね……」
「うん。口づけはもっと親しい人間にするものだってね。俺としては、マシェリーは一緒に住むんだから、親しい人間であるんだが……傷つけたくないから、手の甲にしたんだ。さあ、今度こそおやすみ」
「ええ、おやすみなさい」

 今度こそ平和に挨拶が出来た私は、そのままベッドに倒れこんでしまいました。その枕元では、モコが幸せそうにお腹を出して寝ていました。

 なんだか色々あり過ぎて、一気に疲れてしまいましたわ。今日はもう休んで、明日に備えましょう。

 ――寝られるでしょうか? 全く寝られる気がしないのは、きっと気のせいじゃありませんわよね??

 確かに疲れているんですけど、二度の口づけと舐められた影響で、胸がバクバク言ってますし、体が変に熱いせいで、目が冴えてしまってます。

 ああもう、カイン様ってば……せめて舐める事を教えてくださっていれば、少しは驚かずに済みましたのに! 今更な話ですけど!
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