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第八話 熱意は伝わらず

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 翌日、私はカイン様と一緒に馬車に乗り、とある場所へと向かっておりました。

 その場所とは、エルピス国の中心にあるお城におられる、王様の元ですの。

 今回の一件で、私は不正入国をしてしまった以上、しっかりと説明をする義務があると考え、こうして謁見に赴いております。

 ちなみに、カイン様経由で今朝ご連絡をさせていただいたところ、すぐにお会いしてくれると仰っていただけました。本当に感謝しかございません。

「城に着いたら、俺は騎士団の訓練に行くから、王への謁見は一人で頼めるかな」
「わかりましたわ。国王様には何度かお会いした事があるので、ご心配なさらず」
「頼もしいね」

 フッと笑うカイン様に微笑み返してから、それほど時間がかからないうちに、私は無事にお城へと到着すると、謁見の間へと通されました。そこには真っ赤な髪と、緑の目が特徴的な若い男性が、玉座に座っておられました。

「お久しぶりにございます、エドワード様。息災のようで何よりでございます。お父上はお元気ですか?」
「ああ、君も元気そうでなによりだ。父も元気が有り余っている」

 私はドレスの裾を持って深々とお辞儀をすると、エドワード様は少しだけ表情を柔らかくしてくださいました。

 本当は体調が悪いので、元気というわけではないのですが、わざわざそれを伝えて心配をかける必要は無いでしょう。

「大まかな事情はカインから聞いているが、念の為そなたからも聞いてよいだろうか?」
「はい、もちろんでございます」

 私は先日カイン様に説明した時と同じ様に、自分の身に起こった事を話すと、エドワード様は眉間にしわを寄せながら、考え込むように顔を俯かせました。

「なるほど、まさかグロース国でそのような事が……イザベラ殿とコルエ殿が、どのようなお考えなのかは私にはわかりかねるが……なんにせよ、そなたが無事でなによりだ」
「ありがとうございます」
「さて、知っていると思うが、他国への入国は基本的に正式な手続きが無いと、不法入国として投獄されるが、今回は事情が事情だから不問と致す。それと、本国に帰すわけにもいかない。よって、しばらくはカインの屋敷で生活するように」

 カイン様の所で? 私といたしましては、とてもありがたい申し出ではあるのですが、カイン様のご迷惑にならないかが心配ですわ。

「この事については、事前にカインと話をしてある。本人の了承も得ている」
「私の考えなど、お見通しというわけですね」
「一体何年の付き合いだと思っている? そなたが赤ん坊の頃から知っているのだぞ?」
「それもそうですわね、ふふっ」

 なんだかこうしてエドワード様とお話していると、幼かった頃を思い出しますわ。友人がいなかった私にとって、たまにお越しになるエドワード様は、唯一の遊び相手だったと言っても過言ではありませんので。

「陛下、そろそろお時間の方が……」
「おっと、そうだったな。すまないマシェリー、もっと思い出話をしたいのだが、この後会議が立て込んでいるのだ」
「そんなお忙しいのに、わざわざ時間を割いてくださったのですか?」
「緊急事態のようだったからな。何よりもマシェリーの為だ……これくらいはさせてほしい」
「……ありがとうございます、エドワード様」

 ずっとお義母様とコルエに嫌がらせをされ、味方なんていなかった私には、エドワード様の優しさがとても胸に染みて……胸と目頭が熱くなってしまいましたわ。

 さて、これ以上はお邪魔になってしまうので、お暇させてもらいましょう。

「ではエドワード様、ごきげんよう」
「ああ、また会おう」

 エドワード様に再び頭を下げてから、謁見の間を出た私は、お城の兵士様の案内の元、騎士団の訓練場へと案内していただきました。

 カイン様はいらっしゃるでしょうか……あ、いましたわ。兵士の方と、剣の訓練をしているのでしょうか? 沢山の方が、互いに剣同士をぶつけ合っている光景は、とても凄い迫力ですわ!

「太刀筋が甘い! それに力み過ぎだ!」
「は、はい!」
「そこまで! 次、来い!」

 ……なんというか、この数日で見てきた大人しいカイン様とは、まるで別人かと思ってしまうくらいの気迫ですわ。訓練の時は、こんなに違うものなんですね。

「よし、五分休憩した後、もう一度剣の訓練を行う。各自休憩中にペアを作っておくように」

 私が来てからずっと剣の訓練をしていたのに、まだ続けるなんて……本当に騎士団って大変ですのね。部下と思われる方々が、ヘロヘロになっているところを見るに、私が来る前もずっと訓練をしていたようですわ。

「あ、目が合いましたわ……」

 カイン様に頭を下げると、あちらも小さく頭を下げてくださいました。どうやらこちらに気づいてくださったようですわ。

 さて、せっかくですし、邪魔にならない所で見学させてもらいましょう。カイン様がどのような訓練をされるのか、この目で見てみたいですしね。


 ****


「今日の訓練はここまで。各自しっかり休んで、次の訓練に備えるように」

 結局日が沈むまで訓練をしていた騎士団の皆様は、重い足取りで解散されました。

 それも仕方のない事でしょう。短い休憩こそありましたが、基本的に筋力トレーニングや剣の稽古といった訓練を、ずっと続けていたのですから。

 それにしても、カイン様は凄い方ですわ。指示するだけではなく、自分もずっと一緒に筋力トレーニングや剣の稽古をしていたのに、顔色一つ変わっておりません。私だったら、最初のメニューで倒れる自信がありますわ。

「あー疲れた……全く隊長め、相変わらずきついトレーニングだぜ」
「あいつ、自分がヴァンパイアの血のおかげで体力があるくせに、俺達に同じ様な訓練を押し付けるもんだから、ついていけねえっての」
「わかるわかる。しょせん半分バケモノだから、俺達人間の気持ちなんてわからんのさ。あの目とか、気持ち悪いったらありゃしねえ。きっと俺達を見下してるから、あんな変な色になってんだろうよ」
「…………」

 騎士団の数人の方が、私の横を通りながら愚痴を零していましたわ。

 愚痴を言いたくなる気持ちは、わからなくもないですが、陰でコソコソ言うその根性はいただけません。それに、指示するだけならまだしも、カイン様は一緒に訓練をされているんですから、つらいのは同じでしょうに。

 あと、カイン様は好きでヴァンパイアの血があるわけではないのに、そこに嫌味を言うだなんて……自分の事じゃないのに、自分が言われた以上に腹が立ちますわ!

「マシェリー、待たせてすまなかった。なんだか怒っているようだが……どうかしたのか」
「あ、いえなんでも! それよりも、訓練お疲れさまでした。本当はタオルでも用意できればよかったんですが……良かったらこれをどうぞ」
「ありがとう、とても嬉しいよ」

 私はハンカチを手渡すと、カイン様は嬉しそうに受け取ってくださいました。

 ほら、ごらんなさい。こんなに汗をかいて、疲れたように息を漏らしているこのお姿を。カイン様だって、頑張って指導されている証拠ですわ。なのに彼らときたら……!

「本当に何があった? もしかして、俺がまた何か……」
「いえ、カイン様は何もされてませんし、何も悪くありませんわ。この後のご予定は?」
「今日の訓練の報告書を書いて終わりだ。さほど時間はかからないから、馬車で待っててくれないか? 来た時と同じ場所に来ているはずだから」
「わかりましたわ。それではまた後で」

 あれだけ頑張っておられたのに、まだ仕事があるなんて……屋敷でも仕事をされているカイン様が、あのような悪口を……ああもう、なんだかモヤモヤいたしますわ!

 自分が虐げられていた時は、こんな事は思いもしなかったのに、モコやカイン様といった、自分以外の方が貶されていると、どうしてこんなに腹立たしいのかしら!?
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