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第四十五話 絶対に離さない
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「とどいて……!!」
私の持てる限りの力を込めてジャンプをして、最大限まで体を伸ばす。
その結果が出るまで、僅か数秒程の時間しかないはずなのに、私にはそれが何時間にも、下手したら一生続いているかのような、奇妙な錯覚に陥ってた。
とはいっても、それはあくまで私が感じている錯覚に過ぎない。だから、このジャンプの結果は、すぐに私に伝えられた。
「くっ……!」
必死に体を伸ばしたおかげで、私は窓の縁に捕まることが出来た。
捕まるといっても、なんとか手が上手く縁に引っ掛かっただけな状況で、体を支えるどころか、よじ登ることなんて、普通は出来ないだろう。
しかし、これくらいのことは、素材採取をする時に、何度も経験している。険しい崖にしか生えない、希少な薬草とかを取る時とか、木登りとかね。
「ま、負けるものですかぁ……!」
とてつもない負荷で震える腕に何とか力を入れて、体を少しずつ持ち上げる。
焦って落ちてしまっては駄目だし、だからといってゆっくりしていたら、誰かに見られてしまうかもしれない。焦らず、でも急いで上らないと!
「うぐぐぐぐ……!!」
なんとか片腕が縁に乗り、もう片腕も同じ様に乗る。そこからは、手だけではなくて腕全体の力を使えたから、そこまで苦労せずに上ることが出来た。
「はぁ……はぁ……な、何とか上手くいったわ……これ、帰りもやらないといけないって思うと、気が重いわね……」
……今からそんな先のことを考えてないで、まずは当初の目的を達成しないとね。
えっと、患者は……あそこね。これだと暗いから、部屋にあるランプを一つだけ点けてっと……。
「意識は無いようね。症状は……咳に発熱……息をするのが少し苦しそうね。目もかなり充血してる……あと、随分と痩せているわね……」
もともとやせ型の人という可能性もあるけど、それにしたってこれは酷い。ほとんど骨と皮しかないじゃない。
「あとは、採血をして病原体を回収しましょう。上手く採れればいいけど……」
腕がとても細いから、注射器で血液を採取するのは簡単だったけど、病原体がもし血液にいなければ、意味が無いのよね。
もっと勉強をしておけばよかったと、今日ほど後悔したことは無い。いくら数百年前が最後の患者の病気とはいえ、それも勉強していれば、もっといい方法があったかもしれないでしょう?
「後悔しても仕方がないか……さて、この目で症状の確認と採血も出来たし、早く帰ろ――」
廊下の方から、カツッ……カツッ……と、誰かの足音が聞こえてきて、咄嗟に言葉を詰まらせた。
もしかしたら、見回りの人がここに来ているのかもしれない。このままでは見つかって、不法侵入者として捕まってしまう!
「……躊躇っている時間は無さそうね」
行きはうまくいったけど、帰りはうまくいくとは限らない。それでも、私には立ち止まっている時間は残されていない。
大丈夫、一度出来たのだから、今度だって出来るはず――そうやって自分を鼓舞した私は、窓から大きくジャンプをして、なるべく太い枝にしがみついた。
入る時とは違い、木に向かって飛び込んだせいで、枝で体中に傷が出来てしまったけど、何とか無事に飛び移れたわ。
って、安心している場合じゃない。このままここにいたら、他の見回りに見つかる可能性がある。
そう思った私は、怪我と疲労で休みたがっている体に鞭を打って、なんとか現場を後にした――
****
翌朝、私は採取した血液と得た情報を持って、ギルド長室に来たのだけど……。
「ね、ねえサイラス様。私がしたことが、危ないことだったことは反省しているし、心配をかけてしまって申し訳ないと思っているから……そろそろ離してくれないかしら……」
「絶対に離さない。離したら、またエリシアが危険なことをするかもしれない」
私の言葉に一切聞く耳を持たないサイラス様は、ギルド長室に置かれた椅子に深く腰をかけながら、私を膝の上に乗せ、私を力強く抱きしめている。
実は、昨晩のことを話したら、サイラス様に凄く叱られてしまった。そして、私を膝の上に置いて、こうしてずっと抱きしめている。
私のことを心配して、片時も離れないって意思表示なのはわかるけど、だからってこんな、ずっとギュってしてなくても……! ああもうっ、ドキドキしすぎて体中の血液が沸騰しそう!
「失礼する……って、何をイチャイチャしているんだ」
「別にイチャイチャなんてしていない。こうしないと、エリシアがまた無茶なことをしてしまうだろうからな」
「よくはわからないが……以前我々に散々心配をかけたお前が、よく言えたものだな。それと、そろそろエリシア様を開放することを強く勧める。彼女、そろそろ限界だろう」
「……? え、エリシア? どうしてそんな顔が真っ赤なんだ!? 熱でもあるのか!?」
だ、誰のせいだと思っているのよ……私が無茶をした罰だと言われれば、それまでかもしれないけど!
「それで、一体何がどうしてそうなっているんだ?」
「ああ、実はエリシアが――」
ようやく解放された私は、ぐったりとした状態でソファに座っている間に、サイラス様が事情を説明してくれた。
それを聞いたレージュ様は、小さく溜息を吐いていた。
「なるほど、それは確かに少々無謀だったかもしれないな。エリシア様、こいつみたいな無謀なことは、もうしないでくださいね」
「わかりました……」
まだボーっとしながらではあるが、弱々しく返事をした後、十分程で復活し、今後のことを二人と話し始めた。
「それで、今後はどうするか?」
「とりあえず、この菌を実験用のマウスに投与してみて、経過を観察しましょう。その間に、手分けしてルーイン病についての資料を少しでも集めましょう」
「僕もその意見に賛成だ。今回の製薬をするにあたって、現状の状態では明らかに不十分だからな」
「わかった。それじゃあ、資料集めはエリシアに任せても良いか? 俺もギルド長の仕事が落ち着いたタイミングで、適時探すから。マウスの方については、レージュに任せる」
サイラス様の提案に、私達は深く頷いて見せた。
明らかに絶体絶命だと思っていたけど、なんとか首の皮が一枚繋がった感じね。このチャンスを無駄にしないためにも、私に出来ることを確実にこなしていきましょう。
私の持てる限りの力を込めてジャンプをして、最大限まで体を伸ばす。
その結果が出るまで、僅か数秒程の時間しかないはずなのに、私にはそれが何時間にも、下手したら一生続いているかのような、奇妙な錯覚に陥ってた。
とはいっても、それはあくまで私が感じている錯覚に過ぎない。だから、このジャンプの結果は、すぐに私に伝えられた。
「くっ……!」
必死に体を伸ばしたおかげで、私は窓の縁に捕まることが出来た。
捕まるといっても、なんとか手が上手く縁に引っ掛かっただけな状況で、体を支えるどころか、よじ登ることなんて、普通は出来ないだろう。
しかし、これくらいのことは、素材採取をする時に、何度も経験している。険しい崖にしか生えない、希少な薬草とかを取る時とか、木登りとかね。
「ま、負けるものですかぁ……!」
とてつもない負荷で震える腕に何とか力を入れて、体を少しずつ持ち上げる。
焦って落ちてしまっては駄目だし、だからといってゆっくりしていたら、誰かに見られてしまうかもしれない。焦らず、でも急いで上らないと!
「うぐぐぐぐ……!!」
なんとか片腕が縁に乗り、もう片腕も同じ様に乗る。そこからは、手だけではなくて腕全体の力を使えたから、そこまで苦労せずに上ることが出来た。
「はぁ……はぁ……な、何とか上手くいったわ……これ、帰りもやらないといけないって思うと、気が重いわね……」
……今からそんな先のことを考えてないで、まずは当初の目的を達成しないとね。
えっと、患者は……あそこね。これだと暗いから、部屋にあるランプを一つだけ点けてっと……。
「意識は無いようね。症状は……咳に発熱……息をするのが少し苦しそうね。目もかなり充血してる……あと、随分と痩せているわね……」
もともとやせ型の人という可能性もあるけど、それにしたってこれは酷い。ほとんど骨と皮しかないじゃない。
「あとは、採血をして病原体を回収しましょう。上手く採れればいいけど……」
腕がとても細いから、注射器で血液を採取するのは簡単だったけど、病原体がもし血液にいなければ、意味が無いのよね。
もっと勉強をしておけばよかったと、今日ほど後悔したことは無い。いくら数百年前が最後の患者の病気とはいえ、それも勉強していれば、もっといい方法があったかもしれないでしょう?
「後悔しても仕方がないか……さて、この目で症状の確認と採血も出来たし、早く帰ろ――」
廊下の方から、カツッ……カツッ……と、誰かの足音が聞こえてきて、咄嗟に言葉を詰まらせた。
もしかしたら、見回りの人がここに来ているのかもしれない。このままでは見つかって、不法侵入者として捕まってしまう!
「……躊躇っている時間は無さそうね」
行きはうまくいったけど、帰りはうまくいくとは限らない。それでも、私には立ち止まっている時間は残されていない。
大丈夫、一度出来たのだから、今度だって出来るはず――そうやって自分を鼓舞した私は、窓から大きくジャンプをして、なるべく太い枝にしがみついた。
入る時とは違い、木に向かって飛び込んだせいで、枝で体中に傷が出来てしまったけど、何とか無事に飛び移れたわ。
って、安心している場合じゃない。このままここにいたら、他の見回りに見つかる可能性がある。
そう思った私は、怪我と疲労で休みたがっている体に鞭を打って、なんとか現場を後にした――
****
翌朝、私は採取した血液と得た情報を持って、ギルド長室に来たのだけど……。
「ね、ねえサイラス様。私がしたことが、危ないことだったことは反省しているし、心配をかけてしまって申し訳ないと思っているから……そろそろ離してくれないかしら……」
「絶対に離さない。離したら、またエリシアが危険なことをするかもしれない」
私の言葉に一切聞く耳を持たないサイラス様は、ギルド長室に置かれた椅子に深く腰をかけながら、私を膝の上に乗せ、私を力強く抱きしめている。
実は、昨晩のことを話したら、サイラス様に凄く叱られてしまった。そして、私を膝の上に置いて、こうしてずっと抱きしめている。
私のことを心配して、片時も離れないって意思表示なのはわかるけど、だからってこんな、ずっとギュってしてなくても……! ああもうっ、ドキドキしすぎて体中の血液が沸騰しそう!
「失礼する……って、何をイチャイチャしているんだ」
「別にイチャイチャなんてしていない。こうしないと、エリシアがまた無茶なことをしてしまうだろうからな」
「よくはわからないが……以前我々に散々心配をかけたお前が、よく言えたものだな。それと、そろそろエリシア様を開放することを強く勧める。彼女、そろそろ限界だろう」
「……? え、エリシア? どうしてそんな顔が真っ赤なんだ!? 熱でもあるのか!?」
だ、誰のせいだと思っているのよ……私が無茶をした罰だと言われれば、それまでかもしれないけど!
「それで、一体何がどうしてそうなっているんだ?」
「ああ、実はエリシアが――」
ようやく解放された私は、ぐったりとした状態でソファに座っている間に、サイラス様が事情を説明してくれた。
それを聞いたレージュ様は、小さく溜息を吐いていた。
「なるほど、それは確かに少々無謀だったかもしれないな。エリシア様、こいつみたいな無謀なことは、もうしないでくださいね」
「わかりました……」
まだボーっとしながらではあるが、弱々しく返事をした後、十分程で復活し、今後のことを二人と話し始めた。
「それで、今後はどうするか?」
「とりあえず、この菌を実験用のマウスに投与してみて、経過を観察しましょう。その間に、手分けしてルーイン病についての資料を少しでも集めましょう」
「僕もその意見に賛成だ。今回の製薬をするにあたって、現状の状態では明らかに不十分だからな」
「わかった。それじゃあ、資料集めはエリシアに任せても良いか? 俺もギルド長の仕事が落ち着いたタイミングで、適時探すから。マウスの方については、レージュに任せる」
サイラス様の提案に、私達は深く頷いて見せた。
明らかに絶体絶命だと思っていたけど、なんとか首の皮が一枚繋がった感じね。このチャンスを無駄にしないためにも、私に出来ることを確実にこなしていきましょう。
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