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第三話 暖かい家族

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 屋敷からかなり遠くにある家にたどりついた頃には、私は既に息は絶え絶えになり、足も服も泥だらけになっていた。
 ここに来るまでに、なんども足をもつれさせて転んでしまったのだから、こうなるのも仕方がない。

「はぁ……はぁ……」

 数年ぶりに帰ってきた我が家は、支援を受けているとは思えないほどボロボロで、人が住んでいるようには全く見えない。

「パパ……ママ……!」

 大切な家族のことを呼びながら、力なく家のドアを叩くと、中から小柄な女性が出てきた。

「どちら様……えっ? そんな……まさか……あ、アイリーン?」

「ママ……!」

 数年ぶりに会ったママは、ここを出た時に比べて随分と痩せてしまっている。どうみても、まともに食事を摂っているようには見えない。

 やっぱり……ゲオルク様が言っていた、支援していないというのは本当だったんだ……私は、ずっと騙されていたんだ……!

「ああ、アイリーン! 会いたかったわ……!」

「ママ、ごめんなさい! 私、私……!」

「いいの、何も言わなくていいわ。そんなにボロボロで……疲れたでしょう? 早く中で休みなさい」

 久しぶりにママに会えた嬉しさや、ずっと騙されていたゲオルク様達への怒り。そして私が不甲斐ないせいで、パパとママにつらい思いをさせてしまった申し訳なさで、ただ涙を流すことしか出来なかった。

 家の中は、あの頃と何も変わっていない……質素で、最低限の家具しか置かれていない。壁や屋根には所々穴が開いていて、人が住めるような状態ではない。

「こんなに怪我をして……綺麗な足が台無しだわ。私が昔みたいに魔法を使えれば、こんな怪我なんてすぐに治してあげるのに……」

「ママ、そんな顔をしないで。その気持ちだけで、私は凄く嬉しいよ」

 久しぶりのママとの会話、そして素を出しても怒られないという状況は、私に安らぎを与えてくれた。

「アイリーン、一体何があったの? どうして突然帰ってきてくれたの?」

「実は、さっき色々聞いちゃって……」

 私は、婚約者とその家族が、私を騙していたことや、もう何年にも渡ってゲオルク様に愛されていないこと、三つ子に毎日酷いことをされていること……全てのことを、ママに話した。

 その間、ママはとても真剣に聞いてくれて……途中から私がまた泣いてしまった時は、昔と同じように私を抱きしめながら、そっと頭を撫でてくれた。

「そうだったのね……私達のために、そんな苦労をさせてしまって……本当に、ごめんね……アイリーン……」

「私こそ、本当にごめんなさい……私が不甲斐ないばかりに、パパとママはつらい思いを……」

 ママの顔を見るのもつらくなってしまって、顔を俯かせていると、ママの手がそっと私の頬を撫でながら、優しく私の顔を上げさせた。

「アイリーン。私達の愛しい子。私もあの人も、一度たりともつらいと思ってなどいないわ。私達のために、好きでもない人の家に嫁いでいったあなたの優しさを、誇りに思っているの」

「ママ……」

「おーう、帰った……はぁ!? あ、ああ、アイリーン!?」

 家の中に入ってきたのは、きらりと光る頭とガタイのよさが特徴的な男性だった。
 彼こそ、私の育ててくれたもう一人の大切な家族だ。

「パパ……!」

「どうしてここに……そうか、これは夢だな! もうアイリーンには……あ、会えねぇんだからよぉ……!」

「パパ、夢じゃないよ。今まで帰ってこれなくて、本当にごめんなさい……!」

「あ、アイリィィィィィィンンンン!!!!」

 パパは大号泣しながら、私のことを遠慮なしに力強く抱きしめた。

 力が強すぎて痛いし、無精ひげがジョリジョリしてそれも痛いけど、それが懐かしくもあり、嬉しくもあって……そして、申し訳なさもあって……やっぱりまた泣いちゃった。


 ****


「なるほど。事情はよ~くわかった。とりあえず、あのバカ貴族をボコボコにすりゃいいってことだな!」

「ぜんぜんわかってないよね!?」

 すっごくムカついてるのは私も同じだから、出来るならボコボコにして、この尻尾でベシンベシン叩きたいけど、さすがにそれは……ね。

「まあ、ボコボコは置いとくとして……アイリーン、もう頑張らなくていいから、この家に帰ってきなさい」

「で、でも、私が帰って来たら、ただでさえ大変な生活費がかさんじゃうんじゃ? もちろん、前みたいに仕事を探すつもりだけど……見つかるまで、時間はかかっちゃう。それに、ゲオルク様達がなにをしてくるか……」

「それなら心配はいらん! ママ、あれってどこにあったっけ?」

「そこの棚の奥にあるわよ」

「??」

 パパとママの会話についていけないでいると、私の前に小さな箱が置かれた。

 この箱、懐かしい……私がまだ子供の頃、二人がなけなしのお金で私に買ってくれたお菓子の空き箱だ。

 あの時のお菓子の味や思い出は、今でも忘れられない。少ないクッキーを三人で分け合いながら、おいしいおいしいって笑い合ってたっけ……。
 あの頃は、確かに生活は苦しかったけど、パパとママと一緒なら何とかなると信じてた。それが、とても幸せだった。

 でも、私は……ゲオルク様の甘い誘いに、まんまと乗せられて……二人に寂しい思いをさせて……本当に最低だ。

「開けてみなさい」

「これは……お金?」

「あなたが家を出てから、一時期支援されていたのは本当よ。これは、そのお金」

「もしアイリーンに何かあった時に、すぐに助けられるように、貯金しておいたんだ。ほら、順調にいったら結婚式とかやってたかもだろ? その時のプレゼントの費用に使うことも出来るし、今回みたいな非常時でも使えるしな! あーでも、さすがにお前がずっと通いたがってた、セレクディエ学園の学費には……ちょっとな……」

「私の、ために……?」

 支援のはずなのに、あまり入っていない箱の中には、両親の暖かい心と、それに相反するようなゲオルク様の悪意が入っているように思えた。

「ごめんね、パパ、ママ……私、間違えてた。あんな人の力なんて借りないで、三人で力を合わせて生活するのが一番だったんだ……なのに、目の前の甘い誘惑にそそのかされて、二人の気持ちも考えないで……勝手に決めて……!」

「アイリーン……」

「気にすんな! 俺達家族がいれば、貧乏なんてなんのその! 寄り添って過ごせば、ずっと笑顔だぜ! だからよぉ……帰ってきてくれないか? お前がいないと、寂しいんだわ」

 パパの言うことももっともだ。私だって、早く帰りたい。でも……。

「すぐにでも帰りたいけど、今回の件をゲオルク様に問い詰めなくちゃ。どうなるかはわからないけど……絶対に屋敷を出て、ここに帰ってくるから」

「そんな、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、ママ」

「……わかったわ、アイリーン。いってらっしゃい……気を付けてね」

「頑張れ、俺達の愛娘! お前なら絶対に出来る! ダメなら俺とママが屋敷に殴りこんでやるから、安心しろ!」

 少し心配そうに私の頭を撫でるママと、胸をドンと叩いて自分の力の強さを示すパパ。この二人がいれば、私はきっと大丈夫。

 だから……もう一度だけ、行ってきます!
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